宵闇の魔法使いと薄明の王女45 2章:1話;始まりの学び舎(4)
1話:始まりの学び舎(4)
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サツキと別れた後、二人は学舎の廊下を通り抜け、中庭と思しき場所に辿り着いた。
中庭と呼ぶには広く、中央の芝生の周りを花壇がロの字型に取り囲んでいる。
吹き抜けになっている空からは太陽の光が充分に降り注ぎ、とても明るい。
育てられている植物も心なしか嬉しそうに見えた。
「ここで薬草も育てられているのね」
近くの花壇に近づくと、マリスディアは植っている植物の葉に手で触れた。
「これは、葉から出る露が火傷に効くお薬になるはずよ」
「そうなんだ」
珍しそうに覗き込みながらジルファリアが首を傾げた。
「花って言っても、いろいろ種類があるんだな」
「きっと植物学の時間に教えていただいたりするんでしょうね」
「オレ、覚えられるかなぁ……」
困ったように顔を顰めるジルファリアに思わず苦笑する。
入学試験へ向けて一緒に机を並べたこともあったが、どうやら彼は座学が苦手のようだ。
すぐに紙と筆記具を放り出して王城の庭へ飛び出してしまったり、飽きてくると居眠りをしてしまったり。
かと思うと、興味のあることに対しては周りが見えなくなるのか、よく図書館へ入り浸り熱心に調べ物をしていたものだ。
「机に座ってもすぐ寝ちゃうもんな」
「ジルは実戦で覚えていくタイプなんだと思うわ」
そう返しながらマリスディアは花壇の植物を眺めるように歩き出す。
「こうやって実際に見たり匂いを嗅いだり、触ったりした方が覚えられるかも」
「おお!それ、いいな」
納得したようにジルファリアが明るい声を出す。
「じゃあこれは何て花なんだ?なんか黒くてかっこい……」
「触るな」
ジルファリアが手を伸ばした瞬間、どこからか鋭い声が飛んできた。
マリスディアが弾かれたように振り返ると、そこには馴染みの見知った姿があった。
「ニコラス」
マリスディアの口元には笑みが溢れる。
少し離れた場所に、自分と同じ金糸の髪をした青年が立っていた。
愛想のかけらもない硬い表情ではあったが、それが逆に彼の美しさを強調している。
厳しく細められた真紅の色をした瞳が燃えるように鋭く、ジルファリアを射抜くかのようだった。
マリスディア達と同じ制服を着ているが、新品の自分達のとは違い、使い古され色褪せた様子に一目で上級生だと分かる。
「なんで触ったらダメなんだよ」
マリスディアの様子には気づかず、ジルファリアは不満げに唇を尖らせた。
「教師から聞いていないか?中庭の植物は観賞用もあれば薬草も植っている。そしてその中には劇薬となるものも育てられているのだ」
「げきやく……」
ジルファリアが思わず触ろうとした花壇へ目を向けた。
そういえば先程ミスティが注意事項として話していたと、マリスディアも思い出した。
「もちろん死に至るような毒薬は厳重に植物園で育てられているが、少しくらい激しめの薬物であれば、このようなのどかな花壇に紛れ込んでいる」
「ふーん」
ばつの悪い表情でジルファリアは先程触れようとした黒い花を見つめた。
確かに側には小さく“劇薬;痺れ薬に使われることあり”と書かれた札が土に刺さっていた。
「もうちょっと分かりやすく書いといてくれっての」とジルファリアは独りごちた。
「それはそうと久しぶりだな、マリア」
マリスディアの方へと歩み寄り、青年の仏頂面がほんの少し和らいだ。
「ニコラスはいつも王宮にいないんだもの」
「そうだった」
微かに笑う彼を、今度はジルファリアが訝しげに見つめた。
じろじろと嗅ぎ回るように眺めた後、彼に向かって指を差した。
「なぁ、マリア。誰だコイツ」
「じ、ジル……!」
「こいつとは何だ。初対面の人間に対して随分な言い草だな」
再びじろりとジルファリアを睨めつけると、ニコラスは手に持っていた書物の束を抱え直した。
「しかも、いきなり人を指差すとは。……どうやら君は礼儀作法から学んだ方が良いらしい」
「なんだと」
二人の間にばちりと不穏な衝突の予感がしたマリスディアは慌てて間に入る。
「こ、この人はニコラスといって、わたしの従兄弟に当たるのよ、ジル」
「いとこ……?」
首を傾げるジルファリアに、マリスディアが頷く。
「父には妹がいるのだけど、そのファミールさまのご子息に当たるのがニコラスなの」
「……あぁ」
ジルファリアが納得したようにぽんと手を叩く。
「そういや、サツキが教えてくれたことがあるぞ。ウルファスさまの妹には一人息子がいるって」
そしてニコラスを見上げると、ジルファリアはどこか面白くなさそうな顔でそのまま眉間に皺を寄せた。
つられて同じような表情のニコラスも彼を見つめ返している。
「ニコラス、こちらはジル、ジルファリア=フォークスよ。縁あって今までいろいろと助けてくれて……」
「叔父から聞いているよ」
ジルファリアから視線を逸らさずに彼は返事をした。
「マリアと仲良くしてくれている少年がいると聞いていたが、こんな不躾な奴とは思っていなかった」
「ぶし……?」
長身のニコラスから見下ろされる形になっているジルファリアが膨れっ面で睨み返した。
マリスディアはジルファリアがなぜニコラスにこんな態度を取るのか分からなかった。
「礼儀を知らない者に名乗る必要はないのだろうが、まぁいい。私はニコラス=ディタニア=セレイストラだ」
よろしく。
口早にそう言うと、ニコラスはローブを翻し校舎の方へと向きを変えた。
「急いでいるので失礼する。また会うこともあるだろう」
「あ、ニコラス」
「時々は王宮にも顔を出すよ、マリア」
肩越しに振り返ると、ニコラスは微かに笑って見せた。
「金色の髪の毛ってことは、当たり前だけどあのニコラスってヤツも王族なんだよな」
ニコラスの後ろ姿を見送っていると、隣に並び立ったジルファリアも一緒にその背中を見つめていた。
「なんか難しい話し方で頭が痛くなったぞ」
「ふふ、ニコラスは昔からあんな感じなのよ」
「ふぅん、何年生なんだ?」
彼にしては珍しく興味を持ったようだ。
「五年生よ。わたしも会うのは久しぶりで、だいぶ背も伸びていたから驚いたわ」
「王宮にもいないって言ってたな」
「ええ。ニコラスは忙しいから」
何年振りになるのだろう。マリスディアは自分の記憶を辿った。
「ニコラスはアカデミーの勉強だけでなくて、独自で遺跡調査や歴史の研究をしているの。だから、色々なところを飛び回っていて、野宿したりもするんですって」
「へぇぇ、王族が野宿とかしたりするんだな」
「とても自由な人で、王宮でも変わり者扱いされているわ。公務の場にも出ないで、古代文明の石像や古文書の解読ばかりしているの」
尤も、マリスディア自身社交の場は苦手であったので、自分の意志で欠席しているニコラスに対して尊敬の念を抱いていたのだが。
「王宮へ帰る時間が惜しいらしくて、学生街に部屋を借りているんですって」
「すげーな」
ジルファリアが感心したように頷いた。
「野宿とか楽しそうよね」
いつか自分も挑戦してみたいと思っていたことを思い出した。アカデミー在学中に叶うだろうか?
「……お前も大概変わってると思うけどな」
ぼそりと呟いたジルファリアの言葉は幸いにもマリスディアには届かなかったようだ。
マリスディアはにこりと微笑みながら彼を振り返る。
「そろそろ帰りましょうか、ジル」
「そうだな、探検の続きはまた明日しようぜ」
また明日__
何の気なしに放たれたこの言葉がマリスディアにとってどれほど嬉しいことなのか、ジルファリアには想像もつかないだろう。
また明日、こうして友人と日常を楽しむことのできるのだ。
マリスディアは内側から溢れてくる幸福感に、満面の笑顔になって頷いた。
「ええ、ジル。また明日!」
こんにちは。ここまで読んでくださりありがとうございます。
気がつけば11月になっていました。
10月はほとんど体調不良で何もできず;;ダウンしている間にChat GPTを始めてみました。
またそのことも記事にしてみようと思います。
皆さまも体調にはお気をつけください。
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