【連載小説】この恋はチークと共に3
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■新しい自分と出会うなら
「それでそれで!? どうしたの!? 山もっちゃん!」
「声が大きい! まだ出会ったばかりだからもう少しお友達として考える時間をくださいって言ったの」
月曜日、私は出勤前に百合香を捕まえて会社のトイレの洗面台前で三浦くんに言われたことを話した。人に自分の事を話すってなんでこんなにも体がこわばるんだろう。
「だって、十四歳年下だよ? 怪しいって思わない?」
「怪しいって?」
「遊び相手に丁度いいとか…マルチ商法紹介させられるとか」
「マルチだったらもうそういう話が出てるでしょ。私そういう勧誘は経験あるもの。後半は無し」
「じゃあ遊び相手候補疑惑」
トイレの扉が開いて、一人の女性社員が入ってきたのをタイミングにしれっと二人で外に出た。廊下には出社してきた人達がポツポツといる。
「…次はいつ会うとかあるの」
「VRミュージアム行くことになってる」
「近代的」
「感性が若くて困惑」
「おしゃれして行かないとだねー」
おしゃれ、というワードを聞いて熊野筆と高級チークを思い出す。今もその二つで頬を彩っているけれど、誰も気がついてくれないおしゃれ。
あ、そうだ。せっかくならもっと化粧上手になろう。
自分の席について、パソコンの電源を入れながらスマホを開いた。
※※※※
「いらっしゃいませ、山本様。お待ちしておりました。今回担当させて頂きます、梅野です」
「よろしくお願いします…」
白を基調としたシンプルな室内は、入っただけで背筋をピンと伸ばしてくる。髪をきっちりお団子に纏めた女性が私を迎え入れ、案内してくれた。
三浦くんから告白疑惑があった次の日曜日、私は某大手化粧品メーカーが運営するメイクレッスン講座に来ていた。百合香から言われた「おしゃれしなきゃね!」の言葉で行かなきゃ! と思ってしまったから。
普段は予約困難と言われるほど人気なサービスなのに、私が予約欄を見た時今日のこの時間だけポッカリ空いていた。
「ではこちらに記入をお願い致します」
フカフカのソファに腰掛け、渡されたカウンセリングの質問票に目を通す。顔のコンプレックスはあるか、どういう雰囲気の顔にしたいのか、気になる化粧品はあるか…。肌の悩みはあれど、どうなりたいとかは正直何も考えずフワフワとした思考で来てしまったので目が回る。
三浦くんはどういう顔が好きなんだろう?
可愛い系か、綺麗めか。三浦くん自身は可愛い系男子に分類されそうだし、周りの女友達もそういう子が多そう。わざわざ私という年上にアピールしていると言うことは…綺麗め? 私がそんなメイクしたらキツくならないかしら…。
「一緒に似合う色やメイクを考えていきますので、ご要望があるところだけの記入でも大丈夫ですよ」
「あっ、すみませんお待たせして!」
「大丈夫です。皆さん分からない事を聞きにここに来てますから」
担当さんの助言に少しほっとし、書けるところだけ書いて提出。ちょっと気恥しい。
次はメイク室に案内された。美容院みたいに鏡の前の椅子に座り、首から下にカバーをかけられる。照明がギラギラと顔を照らし、先程メイクを言われるがまま落とした為、見たくもない自分の顔とご対面してしまう。
「まずは保湿から致しましょう」
そう言われ、導入液から始まり化粧水やオイル、乳液等塗られていく。塗られる前に一つ一つの商品の説明をされたが「一本いくらするんだろう…」という邪念がずっと消えず、右耳から左耳へと流してしまった。
保湿剤を一通り塗り終わると、浸透時間が必要とのことでパーソナルカラー診断が始まる。
首の下に色んな色の布を当てて何色が似合うかを見ていくらしい。
「似合わない色だと、お肌が灰色にくすんで見えるんですよ」
と言われたけれど、はっきりと似合うと思う色以外区別がつかない。
用意された布との相性を見終わると「イエローベースの秋タイプです」と言われ、似合う色一覧が載った紙を渡された。秋服に使われていそうな少しくすんだ暖色系が並んでいる。
「良かった、私こういうの好きで服もこんな感じの買います」
「ですよね! 今日お召になっているモスグレーのパンツもすごいお似合いですもの!」
ただ、服屋で一目見たときに「好き!」と思ったから買ったパンツ。こうして誰かに褒めてもらえると心が弾む。何となくでも私は自分に合うものを選べていたみたい。自然と笑みが零れる。
「そういえば、今回のレッスンで使いたいメイクとかお家からお持ちになられてましたよね。開けても大丈夫ですか?」
そうだった。先日買ったばかりの高級チークを預けてあるんだった。人に見られるのはドキドキするな…。
パカリ、蓋の開く音がしてすぐに「素敵な色合いですね」と肯定の言葉が飛んでくる。嬉しい。
「このチークを活かした素敵なメイクにしましょうね!」
「はい! よろしくお願いします!」
※※※※
「はぁあ」
たっぷり二時間使ったメイクレッスンで出来上がった私の顔はいつもの自己流化粧後とは全く違っていた。なんて言うんだろう、私ってこんなに美人だったのか! と驚いたくらいに。ショウウインドウに自分の姿か映る度にじっと自分の顔を見てしまう。今だけは周りからナルシストだと思われてもいい。
化粧は値段より使い方だと担当の方に教えてもらった。いつも使っているプチプラでもこの顔に慣れるのだと思うと私の足は自然と化粧品店へと向かっていた。今日のレッスン中に「これいいな」と思った物の類似品を探しにいく。
ずらりと並ぶ化粧品。これまでずっと「社会人のマナーだから」という理由で適当に見ていた売り場が今は宝の山に見える。
高校の部活帰りだろうか、制服姿の女の子二人と目が合った。お互いすぐに逸らしたけれど「あの人、美人じゃない?」とヒソヒソ話をしていたのは聞き逃さない。やっぱり今の私は美人なんだ! 心が弾む。
せっかくならこの後誰かと合う約束でもすれば良かった。時刻は十五時過ぎ、声を掛けて応じるような人の心当たりはない。
夕飯は外食にしようかな、少しでも外に居たいし。そんな事を考えながらお目当ての色の化粧品を品定めしつつ買い物カゴに入れた。
次の日曜日は特に出かける予定も無いのに私は買ったばかりの化粧品の封を開け、鏡の前で昨日の復習を黙々としていた。ファンデーションの塗り方、眉マスカラの二色使いと自分の顔に合った書き方、今時のアイメイクの塗り方…。またあのレッスン後の顔になりたい! の一心で。
スマホが鳴る。三浦くんから。
『チケット取れました! 近日ご都合良いところはありますか?』
いつも特に休日に予定なんて無い。でもいつかなぁ? と思った時、昨日の美人な私が鏡の中に映り込んでいた。最後の仕上げに熊野筆を手に取り、チークを付ける。うん、完璧。
『次の土曜日、空いてるよー!』
なんの躊躇いもなく動いた指。
今の私ならきっと彼の隣に堂々と立てるはず!
…だと、昨日まで思っていた。
産休に入った野崎さんが菓子折り持って会社に挨拶に来た。それは良い。私の所にも来てくれたので少し話すことにした。
まじまじと私の顔を見つめる彼女に「どうかしたの?」と聞いてみた。
「山本さん、化粧変えましたか?」
「え? えぇ…まぁ…」
やっぱり、こういうのは女性の方が気が付いてくれるのか。メイクレッスンに行ってから誰も何も言ってくれ無かったから心から嬉しい。
「変?」
「んー、ちゃんと涙袋作って、チークはやっぱりほっぺに、あとカラコンもしたら完璧だと思います!」
「そっ、」
それは若い子のメイクでしょ! と突っ込みたくて止めた。だって野崎さんは正真正銘若い子だから。
…そういえば、三浦くんとほぼ同世代なんだよなぁこの子。ってことは三浦くんも次会う時に同じく感想を持つのかなぁ。
「あ、ありがとう。参考にするね」
「アイプチは完璧二重になってますから大丈夫です!」
アイプチじゃないわよ!天然二重よ! なんて心の中で叫んで後は適当に会話をしてオフィスから出ていく彼女を見送った。…ん?あの子かなり大きい目をしているけれど、メイク落としたら小さくなるのかしら。まぁ、それでも可愛いに越したことはないんだろうけど。
「はぁ…」
やっぱり、私は今の若い子からすると随分と色々なものが違うんだな。
三浦くんはどうして私に寄ってきてくれたんだろう。
火を見るより明らかな現状と、分かるはずのない疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡るのだった。
続
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