【連載小説】この恋はチークと共に4
前回
■迫る新時代
三回目のデートの日はすぐに来た。
待ち合わせの駅のホームに降りた時、つま先が震えた。
大丈夫、今の私は美人なはず。
レッスンした通りのメイクだってだいぶ自分のものになってきたし、何度だって鏡も見た。
それ以前に三浦くんには化粧が変わったことなんて全く分からないかもしれない。会ってすぐに容姿を褒めて貰えるかもなんて少女漫画の読み過ぎだ。何も期待せず、フランクにいこう。うん。
待ち合わせ時間の十分前なのに、三浦くんはもう改札口前に居た。すぐに目が合って、笑顔で片手を上げてくれる。爽やかだなぁ。
「こんにちは!」
「こんにちは! サキさん…えっと、なんか今日雰囲気変わりました…ね?」
「ほんと? 嬉しい」
前回とどこがどう変わったかは確信が持てないけれど、何かが違うことは分かってくれたみたい。期待せずに…! なんて心の予防線を張っていたにも関わらず、思っていた以上に私は期待をしていたらしい。今なら人目を気にせずスキップ出来る。
「ごめんね、今日の場所地図見たけどさっぱり分からなくて…」
「俺が知ってるんで大丈夫ですよ! こっちです」
「あ、」
自然と握られた手。握り返す勇気が出ない。
振りほどくのも違うから、そのまま若干引っ張られるがままに歩く。大きい手だな、骨ばっていて男性らしくて、あったかい。
私はどうしたいんだろう? 自分に問いかけても答えが出てこない。とりあえず今日を楽しんでもいいとだけ自分に許可を出した。
VRミュージアムは、やっぱり若者向けのテーマパークといった感じの雰囲気が溢れる施設だった。メイクレッスンした所とは真逆の、ジャンキーな音楽と照明。私がもっと若ければ入口だけでもはしゃいだと思う。ちらりと周りを見れば私と同じ歳のお客さんは小さい子供を連れている人しかいない。
「気になるのありますか?」
「分からないけど、簡単なのがいいな…ああいうバトルもの? はルール把握出来なそう…」
「じゃあ、あの空飛ぶ自転車どうです? 漕ぐだけだし」
「うん、そうしよう」
まずVR自体が初めてで、どんなものか想像もつかない。なぜ三浦くんが提案してくれた時に「いいよ」と言ってしまったかというと、告白モドキ後の会話だったから! なんて言い訳したくなる。
自転車に跨り、スタッフさんの指示に従ってヘルメットとゴーグルを装着。草原が広がるゲーム画面が目の前に現れた。
「そのまま漕いでいくと自転車が浮きますので、風に乗ってゴールを目指してください! それでは行ってらっしゃいー!」
「えっ、ちょ、わぁああ!!!」
自転車を漕いだ先にあったのは崖。ペダルを漕ぐのを止めても車輪は止まらず、ふわりと宙に浮いて落ちなかった。ほっと安堵して再び足を動かす。そのままペダルを漕ぎ直せばぐんぐんとスピードを上げて上昇気流に乗った。昔見たET.の映画のラストってこんな感じ? 爽快感がたまらない!
あっという間に人生初めてのVRを体験して、私の体はゾクゾクと震え上がっていた。
「楽しい!!!」
「ほ、ほんとですか?」
「三浦くん、次! 次行こう!」
「わわっ!」
今度は私が彼の手を握って引っ張る番だった。
※※※※※
「あー、楽しかったね!」
「はい!」
「明日、全身筋肉痛になってそう」
結局、食わず嫌いしていた二人でプレイするバトルものにも手を出したりと、興味を持ったVRは片っ端から体験した。自分がSF映画の登場人物になれたような快感がたまらなくて。
私達は近くの個室居酒屋へ入ってビールを飲みながら今日の楽しさを噛み締めていた。
「良かったです、楽しんで貰えて」
「私じゃ絶対出ないデートスポットだったよー! ありがとう! ……そういえばさ」
「はい?」
「前はビックリして聞けなかったんだけど、どうして私に告白? してきたの?」
おつまみとして頼んだ焼き鳥を頬張りながら、ずっと引っかかっていた聞いてみた。にしてはフランク過ぎたかな。
瞬間、部屋の空気が重くなった。彼の背後からは「緊張」の二文字が見えた気がする。
「初めてオフ会でお会いした時に、何となく仲良くなれそうだなって思って。席は遠かったから話せなかったけど、自分の直感を信じてみたくてマドレーヌ屋に行くのを提案したんです」
「うん」
「最初は人として仲良くなれたら…って思ってたんですけど、サキさんが誘われて嬉しかったって笑った時に…かわいいな、って。そこからです……ハイ」
反射的に背筋が伸びた。二本目の焼き鳥を摘もうとしてやめた。
「なるほど、ありがとう」
「正直今も、お付き合いしたいなと思っています」
三浦くんを直視する。黒髪はさらりと癖がなく綺麗な顔立ち、少し華奢だけど好青年……若い。
「私ね、再来月で四十歳になるの」
「……」
「付き合うってなったら、三ヶ月後には入籍を考えてくれる人がいい。何年も彼氏彼女で居て、合わなくて結局別れるなんて恋愛できる時間が無い。そういう人なの」
「はい」
「三浦くんが考えるお付き合いとは全然違うと思うんだ」
ようやく、二本目にかぶりついた。七味をかけすぎたのか辛い。
『君、一人でも生きていけそうだよね』
久しぶりに脳内にあの夢の男が蘇って私に言う。そうだ、一人で生きていけて何が悪い。三浦くんが居なくたって……。
「軽率でした。すみません」
「謝ることじゃないよ」
本当に欲しい言葉とは真反対な現実。ズキリと胸が痛む。
私は、生まれる年数を間違えてしまったんだ。
「ちょっと考えたいです」
経験上、脈ナシの言葉。
あーあ。夢見る乙女期間もここまでか。
フラれるのはキツイなぁ……。そっか、それだけ私も三浦くんに惚れてたんだな。
「なので、もっと会えませんか? 平日の夜一緒にご飯とか! 俺、定時ダッシュしてサキさんの都合のいい駅まで行きますんで!」
「……ん? あれ?」
まだこの夢は続くというの?
そのタイミングで、追加の焼き鳥が運ばれてきた。
※※※※
有言実行って、三浦くんのことを言うのかな。
一週間に一度のペースで本当に平日の夜でも彼は私の前に現れた。次第に毎週木曜日は私の会社の最寄り駅でご飯という習慣が出来た。奇跡的に三浦くんの職場と私の職場は近くて、彼の負担にはなっていないとのこと。
私が車通勤なので、お酒抜きのご飯。ファミレスでも私は良いのだけど、格好付けたいお年頃の三浦くんが提案するのは毎回ノンアルコールでも楽しめるお洒落な飲食店。
お互いに本名もどんな仕事をしているか等も話して、気がつけば「お出かけを一緒にするフォロワーさん」から「お友達」になっていた。
もうその頃になると年の差を理由に世間体を気にしてセーブさせていた自分の感情が自分の中でどんどんと膨らんでしまって。久しぶりの恋愛感情がとめどなくあふれていく。それを証明するかのように私の化粧台には今まで買ったことの無かった美容液や香水等のアイテムが揃うのだった。
それでも、やっぱり一番のお気に入りは熊野筆とチーク。化粧の最後のとっておき。
特別感は、私の気分を向上させる。
「あー、三十代もあと一ヶ月か」
化粧中にカレンダーが視界に入って声が出た。
三十代、あっという間だったな。二十代の頃より早かった。結局結婚とは縁遠く、子供を持つ同世代の友達とは話が合わずに疎遠になり。焦って出会いを求めた時期もあった。
「多分、今が一番美人だと思うよ」
鏡の中の自分に言う。これは本音。
「私の好きな人は若くてかっこいい」
未だに三浦くんの告白まがいを私は引きずっている。なんであの時素直に付き合うと言わなかったのか。でも、お互いに「やっぱり違いました」と言って時間を消費するより良かったのでは無いか。思考は回る。
頻繁に会うようになったとはいえ、手を繋いだのはVRミュージアム以来。ド健全のまま。
「あと一ヶ月、私、どうしたい?」
腕を組み、目を閉じて自問自答してみる。
ここで出た解答を大切にしようと決めて、うんうん唸って考えてみた。
続
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