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【最終回】この恋はチークと共に6

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■導かれた、恋の行方


最近、三浦くんが素っ気ない。
アフターヌーンティーデートの後、ほぼ毎日あったメッセージのやりとりがグッと減った。朝と夜の「おはよう」と「おやすみ」が辛うじてあるくらいだ。平日のご飯も断られてしまった。
それだけで、「恋愛対象から外れたのでは? 」という考えが私の頭の中を支配する。やっぱりあの時、プランもなく誕生日のお祝いを強請った事がだめだったのか、それとも他に好きな人が出来たのか、だとしたら私より二十近く年の離れた若くて可愛い女の子だろうか……。

「彼女」では無いくせに、しっかり彼女面してあれこれ考える自分に吐き気がする。彼が誰と恋愛しても自由なのに、勝手に街中を歩く若い女の子を見るだけでイライラしてしまうようになってしまった。心の中には正常で理性的な自分と取り乱す自分の二人がいる。百合香にも心配されてしまった時は、本当に反省した。

何も無い土曜日。ベッドの上で目が覚める。
タオルケットは蹴飛ばしたのか床に落ちていた。そうでなくても部屋全体に物が散らかって汚い。

「あー……疲れた」

起きたばかりの声がこれ。思い返せば三浦くんと初めてデートした日から今日までフルスロットルで動いてきた。

(楽しかったけど、体力がもたないんだなぁ)

年齢には勝てないなぁ、なんて乾いた笑いをひとつして今日は一日泥のように眠ろうと決める。ちょうど三浦くんからのメッセージも無いんだし。
カーテンの隙間から入る日差しが強くなるのを無視して目を瞑る。今日も暑くなるのかな、寒いよりはマシだけど嫌だなぁ…。寝るなら水分取った方がいいかな、エアコンも付けちゃえ。もう一度目を開けて二度寝の準備をした。

思えばずっと、空回りの人生だった。
恋人が出来る度に結婚を夢見ていたけれど、皆「そこまで考えられないや」と言って離れていった。
相談先に「結婚したいと思わせられないあなたが悪い」とも言われた。
周りはどんどん結婚していった。なぜ私だけが選ばれないのだろう? 他の女性と何が違うのだろう?
料理も掃除もしないあの人が結婚出来たのに。
私の三倍体重があるあの人が結婚出来たのに。

結局、三浦くんも同じなのだ。

私の時間と期待だけを奪って消えてしまう。なんて自分は悲観的で被害者面なんだろう! 最低な人間なのは分かっている。分かっているけれど、今は自分ではない誰かを責めさせてくれ。
三十代卒業まであと二週間。ああ、身震いがする。誕生日まで恋愛を頑張る? そんなことを決めたくせに一体何をしてきた? 唯一の希望は期待と裏腹に薄くなっているのに。滑稽だ。
涙が頬を伝う。誰からも愛されなかったという現実は私には重すぎた。

…気がつくと私は眠っていたらしい。お昼を告げる町内放送の音楽で目が覚めた。
お腹が空く感覚を覚えて、いい加減起きると決めた。作る気力は無い。何か買いだめしてたかな…とキッチンの棚を開けると、ポテトチップスが一袋。栄養なんてクソ喰らえ。
ふと、シンク横に熊野筆が置いてあるのが視界に入った。高価なものだからちゃんと手入れしようと昨日洗ってここに干していたのを思い出す。
何も考えず手に取った。厳島神社に奉納された私の化粧筆。思い返せば、随分と私の恋愛に貢献してくれていた。お守りと言っても過言では無い。

「お礼参りは必ずします」

両手で優しく包んで、映像や写真でしか見たことの無い厳島神社を想像した。

※※※※

『サキさん、誕生日なんですけどここでささやかに呑みませんか?』

誕生日が三日前にまで迫ってきた日の夜、三浦くんからお店のURLが送られてきた。律儀に誕生日を覚えていてくれてた事に感動する。

案内にあったのは、私の会社から目と鼻の先にある小さなレトロ系BAR。こんなところあったんだ。知らなかった。口コミにはノンアルだけの注文でも大丈夫とある。
私も特に「誕生日だからここに行きたい!」というアイデアも無いし、せっかく三浦くんが探してくれたんだからとすぐに『ありがとう! そこにしましょう!』と送る。『予約しときますね!』とウサギのスタンプと一緒に返事が返ってきた。三浦くんが構ってくれるこの感覚が久しぶりすぎて目頭が熱くなる。

そうだ、ここまでしてくれているんだから私からも何か用意した方がいい。三浦くんの今年の誕生日は私達が最初のデートをする前に終わってしまっていた。だからといって来年まで待つのも何か違う。
すぐさまスマホで男性へのプレゼント候補を探す。ここ数日の落ち込んだ気分はどこへやら、私はすっかりウキウキしていた。

誕生日はすぐに来た。
さよなら三十代、こんにちは四十代。
一目見た感じ昨日と何も変わらないのに、何かが大きく変わっていた。
出勤直前に「三浦くんと会うのに化粧崩れしていたら嫌だ!」という気持ちが出て、慌てて普段は家に置きっぱなしの熊野筆とチークをポーチに突っ込んだ。手にした当時は高級感溢れるこの二つのアイテムに恐れおののいていたのに、もうすっかり自分のものとして馴染んでいる。
会社についてすぐに百合香がお祝いとしてちょっと良いチョコレートをくれた。彼とはどうなの? と聞かれ、今夜久しぶりに会うと答えると目を細めてニッコリ笑ってガッツポーズを作る彼女。

「いや、誕生日だからって期待してたら痛い目見ると思うんだけど」
「歴代の男と今の彼を同一に考えてたらつまんないわよ」
「なにそれ」

そんな会話をして、あっという間に迎えた約束の時間。
会社のトイレでいそいそと化粧直し。チークは小さく穴が空いて底が見えていた。そんなに使ったっけ? と思ったけどもう買って三ヶ月経つことを思い出す。地味に長い付き合いだ。
気合いを入れてチークを塗り直した。

※※※※

お店の前にはもう三浦くんが立っていた。小走りで駆け寄ると、彼は小さく手を振った。

「久しぶり、今日はありがとう」
「久しぶりですね! いえいえ、こちらこそ」

二人一緒に店の中へ。お客さんは他に誰もおらず、三十代半ばくらいの店員お兄さんが出迎えてくれた。カウンター席の真ん中を二人で陣取って、珍しい名前のカクテルを(もちろん私は車なのでノンアルを)それぞれ注文する。

「最近メッセージ遅くてすみませんでした」

三浦くんの言葉にドキリとする。やり取りが少なくなった事を咎めたことは無いけれど、そんなに重いエネルギーを送ってしまっていたのだろうか。

「ううん、忙しいのかなーって思ってた。だから今日会えて嬉しいよ! ありがとう!」

彼の顔を覗き込んで、精一杯の笑顔を見せる。

「今日はサキさんの誕生日ですからね!」

三浦くんがそう言うと、店内がパッと暗くなる。停電かと辺りを見渡すと、ぼんやりと細く小さなロウソクの火が目の前に現れた。ケーキだ。
その明かりの下にあるプレートには、チョコレートの文字で何かが書かれている…『Happy Birthday』じゃ、ない?

『Merry Me!』

「……え?」

その英単語を理解した時、思考が停止した。ポカンと口を開けた私に追い討ちをかけるように、ケーキの横にバラの花束が添えられた。

「サキさん、結婚してください」

間違いなく、三浦くんの声。
私が彼を見ると同時に照明が戻る。BAR特有の黄色がかった明かりでも三浦くんの真っ赤な顔は隠しきれて無かった。

「うそ、でしょ、私の年齢分かってる?」
「分かっています。 これが俺の答えです。…あなたがずっと独身で居てくれて良かった」

瞬間、私はせきを切ったように泣いていた。
同時に『一人でも生きていけそうだよね』と得意気に言っていた自分の中に住む最低な男は砂のように消えていく感覚があった。

「あの…サキさん?」
「嬉しい」
「はい」
「よろしくお願いします、泰介くん」

初めて彼を本名で呼ぶと、緊張していたその目がゆるりと垂れてほろほろと大粒の涙を流した。ああ、彼もまた、私を想って沢山考えてくれていたんだ。大丈夫、私は愛されている。
頬のチークがあたたかい涙で溶けてく。そこに年の差等の問題はすっかり無い。
パチパチと店員さんの拍手をBGMに、二人で大泣きした。

※※※※※

青い海、蒼い空に映えるは朱色の鳥居。
真夏のお盆休みの時期に私と三浦くんは広島の厳島神社に来ていた。人懐こい鹿が暑さなど関係なしに擦り寄って出迎えてくれる。刺すように熱い潮風が全身を包む。

ドキドキしながら、厳島神社の本殿へ続く境内へと一歩踏み出す。
私の熊野筆をギュッと持って。その左の薬指にはしっかりと銀色の指輪が光っていた。

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