【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯30『ひとりおにごっこ』
♯30『ひとりおにごっこ』
文字数:約2,460字
定時で仕事を切り上げた若い会社員男性が、夕方の街を駅に向かって歩いていると、反対車線側に位置している公園の入口に、女の子がひとりで佇んでいる様子が目に留まった。
小学校高学年ほどの歳頃の彼女は、赤いスカートに白いブラウス姿をしている。髪型はおかっぱ頭ではなく、長々とした黒髪だったが、『トイレの花子さん』のような印象を受けた。しかしその子のことが目に留まったのは、なにも花子さんスタイルだったからというわけではない。
こちらに向かって手招きをしていたからだ。
会社員男性が、俺のこと?、と自分の顔を指差してみると、その少女は一度だけ、こくんと大きく頷く。
やはり自分のことを呼んでいるらしい。
「どうかしたの?」
会社員男性が道路越しに尋ねるも、女の子は、なにも言わずにただ手招きをくりかえしながら振り返り、ついて来いという感じで公園の中へ入っていってしまう。
……大人の手を借りたいような問題でもあるのか?
電車の時刻は迫っていたが、会社員男性は何事か気になったため、横断歩道の信号が青に切り替わったのち、反対側の歩道へと渡り、公園の中へ踏み込んでいく。
すこし遠目ではあったものの、なんとなく顔色が悪そうに見えたのも気がかりだった。
しかし、
「あれ? どこ行ったんだ、あの子……」
ついさっき先に公園へ入ったはずの少女の姿が見当たらないのである。
滑り台、ドーム型の遊具、ブランコ、鉄棒と順々に視線を移していくが、どこにもいない。
日が傾いた公園内で遊んでいたのは、男の子がひとりだけだった。
黒縁メガネを掛けたその少年は、姿を消した女の子と同年代の子供に見えるので、女の子といっしょに遊んでいた友達なのかもしれない。
立木の下でなにやら数を数えているその男の子にひとまず声を掛けようかようかと、会社員男性が近づいていく。
「は~ち、きゅ~う、じゅう! よ~し、十数えたから捕まえに行くよ! ――あっ、ゆいちゃん見っけ!」
男の子が指差したほうに目を向けて見るが、その方向には誰もいない。
だが、男の子は、
「コラ逃げるな、待て!」
と言って走り出すと、まるで見えない何者かを追いかけているように、急な方向転換をしたり、砂に靴を滑らせて急停止したりしながら、公園内をひとりで駆け回り始めたのだ。
会社員男性は怪訝そうに見守るようにしつつ、メガネ少年が近づいたタイミングで声を掛けた。
「ねぇ、君。ちょっといいかな」
「今話かけないでください。大事な儀式の最中なので」
思ってもいなかった返答に、会社員男性はつい聞き返してしまう。
「……儀式?」
「〝ひとりおにごっこ〟をしてるんです」
「なんなの、その遊びは……?」
「遊びじゃありません。儀式って言ってるじゃないですか」
男の子が言うには、〝ひとりおにごっこ〟とは一種の降霊術なのだそうだ。かいつまんで言えば、幽霊をこの場に呼び出そうとしている、ということらしい。
メガネの奥の目を悲しそうに伏せて、男の子は語った。
「最近……ゆいちゃんというぼくの友達が交通事故に遭って死んじゃったんです。せめて、ちゃんとお別れの言葉を伝えたくて、こうやって、〝ひとりおにごっこ〟をやって、出て来てくれるのを待っているんです」
呼び出す側が鬼役となり、呼び出したい相手(霊)とその場で一緒におにごっこをしているように振る舞っているうちに、やがて、その霊がひょっこりと姿を現すそうなのだ。
ネット掲示板に書かれていたという儀式で、それを見た彼は、健気にも信じてしまい、まじめに実行しているということである。
事が事だけに、そんなことをやっても無駄だ、とは言えず、
「そっかぁ……ゆいちゃんが出てきてくれるといいね」
会社員男性は優しく投げかけるにとどめた。
そして口にしたあとに、ハッとする。
「その、亡くなった、ゆいちゃんって子は、どんな見た目だった……?」
「髪の毛が長くて、いつも目の下に隈があって暗い感じに見えるんですけど、実はけっこう元気がいいやつなんです。あと、『トイレの花子さん』って知ってますよね? あんな格好の服装をよく好んで着てました」
会社員男性は目を丸めた。
「その子……さっき居たよ。公園の前で俺のことを手招いてたんだ。それであとを追ってきたら、その子は居なくなっていて、代わりに君を見つけていたんだ……」
「ほんとうですか!? ぼくには見えなかったけど、波長が合ったお兄さんを連れてきて、ここに居る、っていうことを教えようとしたんだ!」
まだこの近くにいるかもしれない、とメガネの男の子が声を張り上げる。
「ゆいちゃ~ん! 聞こえる~? 今まで遊んでくれてありがと~!」
会社員男性はしんみりとした気持ちになってその様子をしばし見守った。それから、たまにはこんな不思議なことも起きるものなのかもしれない、と思いつつ男の子と別れ、公園を後にしたのだった。
◯
会社員男性の姿が完全に見えなくなったあと、公園のトイレに潜んでいた花子さんスタイルの女の子がひょっこり姿をのぞかせた。
「どう? 博士、うまくいった?」
黒縁メガネの男の子に話し掛けると、彼はしたり顔で親指を立てる。
「ぼくが思うに、あの反応は絶対に幽霊の存在を信じましたよ。これであのサラリーマンがSNSに『今日公園で〝ひとりおにごっこ〟をやってる子供がいたんだ』と書き込み、それがバズれば、めでたく、新たな都市伝説の誕生です。泣ける系の話に人は弱いですから、今回はイケる!」
「それじゃ、本日の活動は終了ということで」
「解散!」
こうして、都市伝説の研究・普及・創作を目的として結成されたオカルト好き小学生によるグループ〝放課後怪奇倶楽部〟の、その日の活動は終了した。
(了)
