【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯09『字幕スーパー』
♯09『字幕スーパー』
文字数:2,150字
毎週土曜日の夜を『映画の日』と定めて映画館へ足しげく通っている男がいた。
新作・旧作問わず、シネコン・ミニシアター問わず、興味を持った作品なら、なんでも、どこででも、鑑賞する映画オタクである。
その日は、PVを見て気になっていた海外の新作ゾンビホラーを見るべく、馴染のシネコンを訪れていた。
レイトショーで、公開開始から数週過ぎていたこともあり、シアター内はガラガラ……とは言わないまでも、空席がだいぶ目立っている。座席の埋まり具合は、よほどの話題作でもなければ大抵そんなものだろう。男には封切り直後に見に行かねばならないというようなこだわりは無く、それよりも、好きな座席を選べて両隣が空席になるような環境を重視していた。
今宵も定位置となっている中央やや後方の座席を陣取っている。
両隣はしっかり空席。
上映開始のブザーが鳴り、照明がゆっくり落ちていく。
◯
上映開始から一時間近く経ったときだった。
……変じゃないか?
スクリーンを見つめる男が眉を曇らせる。
鑑賞中の作品はスペイン発のゾンビ映画を原語で――すなわち字幕スーパー版で見ているのだが、その字幕が変なのだ。表示のタイミングがズレるというような技術的な問題が生じているのではない。字幕は会話ごとにしっかり表示されている。おかしいのは、翻訳だ。
男はスペイン語についての知識はほぼゼロで、字幕無しでは会話内容がまったくわからなくなるようなレベルなのだけれど、それでも、訳が間違っている、と言い切れる具合に、映像と字幕の内容が噛み合っていないのである。
例えば、このシーン。
映像では、拳銃を構えた若い男女が、どこかに潜んでいるゾンビを警戒しながら、ショッピングモールの中を歩いている。そこで交わされている本来の会話内容はおそらく、
男「大丈夫だ。奴らは居ない」
女「引き返したほうがいいんじゃない?」
というようなことを話しているはずなのであるが、字幕では、
男『よくあるパターンの連続だね』
女『なんかつまらなくない?』
と、表示されていた。
会話としては成り立つものかもしれないけれど、状況を考えると、明らかに場違いなことを言っているのである。
このような奇妙な翻訳が、ぽつぽつ出てくる。
時間の経過とともに増えているのだ。
『このあとぜったいゾンビ出てくるよ』『ヘタレだなこの男』『なんでそこに斧があるの?』
……なんだか、この映画を見てる人の感想みたいじゃないか?
他の客たちの反応が気になった男は、シアター内を少し見渡すようにしてみたが、前の席で映写室のほうを振り返っているような人も、キョロキョロしているような人も、首をかしげているような人も、いない。みんな黙って静かにスクリーンを見続けている。
不審に思いつつも、迷惑になるといけないので、男はスクリーンに向き直る。もしかすると、他の客たちも自分のように字幕が変だと感じているが、周囲に配慮し、鑑賞マナーを守ってジッとしているのかもしれない。
『もうすぐ終わっちゃうよ?』『いつになったら面白くなるの?』『キミもそう思ってるでしょ?』
……ほんと映画の感想じゃん。
『ほんと映画の感想じゃん』
……思ったことと同じ内容が出てきたし。
『思ったことと同じ内容が出てきたし』
……え? なんだこれ!?
『え? なんだこれ!?』
男は座席のアームを握って、静かにパニクる。
もはや翻訳ミスどころの話ではなくなった。
心の中で今まさに思った内容が、上映中の映画にリアルタイムで表示され始めたのだ。
そして、
『ふふふっ びっくりした?』
叫び声を上げるヒロインのクローズアップ映像に、その字幕が重なったあと、映画はエンドロールに入った。
キャストやスタッフの名前がつぎつぎにスクロールされている間、男はずっと放心状態でスクリーンを見つめていた。
放映が完全に終了し、照明が点灯。
立ち上がった観客たちが、誰も字幕の奇怪さを指摘することなく、シアターの出口に向かって歩き出す。
男はそのひとりひとりに目を向けてみた。
映画を見ていた人の中に〝エスパー〟が居て、超能力で字幕を操って遊んでいたのではないか? そしてそれは自分だけにしかわからないようになっていたのではないか?
それこそ映画のような話だが、理屈に合わないようなことが起きた以上、もうそうとしか考えられない。
でも結局、目を向けてみたものの、エスパーなどエスパーでもないかぎり探し出せるわけがなかった。
シアター内に残っているのが自分一人だけになっていた男が、清掃スタッフが来たことで、ようやく通路に出て階段を下り始める。
出入り口で、一度立ち止まり、シアター内を見渡した。
座席をひとつひとつ確認していく清掃スタッフからシアターの一番奥に視線を移したとき、映写機と目が合う。
(了)
