【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯40『ゴーマリーさん』
♯40『ゴーマリーさん』
文字数:約2,560字
夜の駅前広場の片隅で、四十代の男がギターの弾き語りの準備をしていた。かつてバンドを組んでいた彼は、ミュージシャンの道を志したものの、鳴かず飛ばずに終わり、現在では堅気な職につく傍ら、こうして時々夜の街へとくりだし、フォークギターで弾き語る路上パフォーマンスをしているのである。
ギターのハードケースを地面に開き置き、駄賃受けのようにしてはいるが、空っぽのまま終えることなどざらだ。足を止めて聴き入ってくれる人など、ほとんど居ない。それでも全然構わなかった。家で弾き語っていると家族から迷惑がられるため、自由に弾き語れる場所がほしいだけなのだから。一応の体裁づくりなのである。
花壇の縁石に腰掛け、一曲目を爪弾き出そうとしたとき、足元に置いていたギターケースに硬貨がパラパラっと投げ込まれた。
男が顔を上げると、ひとりの女の子が目の前に立っている。時間帯的に、おそらく塾帰りなのだろう。小5ほどの年齢に見える彼女は、赤いランドセルを背負っていた。
「……まだ何も弾いてないんだけど? なにかリクエスト?」
小学生からの不意の投げ銭に動揺しつつ男が尋ねる。
しかし、意思を読み取れないような無表情を浮かべている彼女は、男の質問には答えず、こちらを数秒じっと見つめただけで、その場から小走りで立ち去ってしまう。このお金は受け取れないよ!、と呼び止めたものの、彼女は振り返ることなく、そのまま行ってしまったのだ。
「なんだったんだ、今の……」
ギターケースに視線を戻すと、入れられていたのは、五百円玉が一枚と、一円玉が三枚の、合計503円である。微妙な端数になっているが、それよりも、小学生にとっては貴重な金額であるはず。
90年代のグランジファッションを真似て、擦り切れたカーディガンにボロボロのジーンズを履いていた見窄らしいせいで、もしかすると、かなりお金が無い人だと思われてしまったのかもしれない……と男は苦笑し、弾き語りを開始した。
◯
一曲目の演奏を始めて間もなく、塾帰りと思しき小学生グループが近くを通りかかった。
「ねぇ、みんな、知ってる?」
と、言って、そのグループの中にいた女の子が立ち止まる。
フォークギターで弾き語っていた男は、その立ち止まった女の子が、先程ギターケースに投げ銭をして行った子だということに気づいた。
いったん曲を止めて声を掛けようかと迷ったが、小学生グループたちが内輪で話し始めたため、弾き語りを続けて様子をうかがう。
「出ました! ゆいちゃんの突発怪談!」
黒縁メガネを掛けた男の子が興奮気味の声を出す。
どうやら例のあの子は『ゆいちゃん』と言うらしい。
数歩先に進んでいた小学生たちがみんな振り返り、後方でランドセルの背負い紐を握って佇むゆいちゃんに注目する。
「〝ゴーマリーさん〟の都市伝説、知ってる?」
「……ゴーマリーさん?」
子供たちに小首を傾げる動きが伝播するなか、博士のような印象を受ける少年は黒縁メガネのブリッジを押し上げ、レンズをキラリと光らせる。
「語感から推察するに〝メリーさん〟のいとこ的な怪異だろうね。おそらくは、青い目をした外国人の姿をかたどった、呪の人形」
「さすが博士。いい線、イってる」
と、ほくそ笑むゆいちゃんが語りだす。
「ゴーマリーさんはね、青い目をした外国人の、女の子なの。東京湾がまだ〝江戸湾〟と言われていた時代、ゴーマリーさんの乗っていた外国船が日本の近くを通過していたところ、嵐で転覆してしまい、彼女だけが無事、江戸湾の海岸に流れ着いたの。でもね、その時代の人々は外国人を、災いをもたらす存在だ、って、とても恐れていて、せっかく助かっていたゴーマリーさんを、船でまた海へと連れ出し、江戸湾の底に沈めてしまったの」
「ひどい……」と、女児が身を縮める。
「その後、江戸湾周辺で奇妙なことが起こり始めたんだ。三味線の弾き語りをしている旅芸人たちが、興行中に突然、変なことを口ずさむようになったの。弾き語っている内容とはまったく関係のない、『ゴーマリーさん』という名前と『江戸湾』という場所を、奇妙な節をつけて、何度も繰り返すの」
「ゴーマリーさんが悪霊になって取り憑いたんだ!」と、メガネ少年が口を挟む。「旅芸人の口を借りることで、そこに集まった多くの人々に、自分の無念を伝えようとしたんだよ!」
「そのとおり」
子供たちが、やっぱり都市伝説博士は伊達じゃないなぁ~、とメガネ少年のことをひとしきり称賛したあと、ゆいちゃんがまた耳目を集める。
「じつはね、ゴーマリーさんを呼び寄せる呪文があるんだよ」
「ガチ!?」
「ゴーマリーさんが江戸湾に沈められたのは、5月3日なのね。それで、その日を示す『503』というワードを、弦楽器を持っている人に向けて、三回続けて唱えると、憑依することがあるんだって。――ねえ、今、あそこの縁石に、都合よく、ギターを持って歌ってる人がいるよね?」
ゆいちゃんが、弾き語りの二曲目に突入していた男に目を向ける。
その途端、博士と呼ばれているメガネ少年が自分の使命だとでもいうように全力で駆け出した。
「503! 503! 503!」
すべてを把握した男は、コードを弾いていたギター演奏を、突然、アルペジオに切り替える。
テレッテー♪
爪弾くと、そのまま何かに取り憑かれたかのように歌い始めた。
「ゴ~~~マ~リ~さん~~~~♪ ゴ~~マリ~~さん~~、江戸湾♪ ゴ~~マ~リ~さん~~♪ 江戸湾♪ ゴ~~マリ~さん、江戸湾♪ ご~ぅ、まり~さん、えどわんっ♪」
「うわーっ!? ほんとに憑依した!!」
掛けていたメガネがズレるほど驚いた少年が、走って逃げ出す。
離れたところで見守っていた小学生たちも悲鳴を上げて追随する。
最後に残ったゆいちゃんは、ゴーマリーソングを歌い続ける男に向かって無表情のままサムズアップすると、彼らの後を追っていった。
「オーライ! テンキュー、テンキュー、テンキュー!」
その夜の彼の弾き語りパフォーマンスには、いつもよりちょっとだけ多くの人が集まったという。
(了)
