【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯26『高い高い』
♯26『高い高い』
文字数:約1,620字
ある平日の昼下がりに、若い母親が、生まれて間もない赤ちゃんをベビーカーに乗せて散歩していた。
長閑な公園の並木道を進んでいると、日傘を差した老婦人が、すれ違いざまに話しかけてきた。
「あら、可愛いわねぇ~」
と、ベビーカーでおしゃぶりを咥えている赤ちゃんを覗き込むようにする。
この年代の人が同じように話しかけてくることは、ままあることだ。
次に訊いてくることはたいてい決まっている。
「男の子? 女の子?」
「男の子です」
「そ~う。男の子なのぉ。良かったわぁ」
「……あははっ」
品の良い身なりで人も良さそうだが、やはり時代錯誤的なところがあり、苦手である。
若い母親は愛想笑いを返してすぐに立ち去ろうとしたのだが、
「ちょっとコレを持っていてくれるかしら」
老婦人がいきなり日傘を手渡そうとしてきた。
広がっている傘上部の方をこちらに向けて有無を言わさず押し付けられるようにされたとあっては、母親はベビーカーから手を離して対応せざるを得ない。そうやって両手で傘の笠を抱えるようにして受け取り、柄を持ち直して、視界がひらけると、信じられない光景が飛び込んで来た。
老婦人が、赤ちゃんをベビーカーから勝手に取り上げて、抱きかかえているのである。
「何してるんですか!?」
母親は当然大声で怒鳴りつけたが、そんなことはお構いなし。
朗らかな笑みを浮かべた老婦人は、その見つめる先で、赤ちゃんの両脇を抱え、
「高い高~い」
青空へ献上するかのごとく掲げ上げたのだ。
ぎょっとした母親がすぐに、
「やめてください!」
詰め寄って我が子を取り返そうとするが、
「高い高~~い」
「っ!?」
繰り返された高い高いに、息を呑むと同時に口元を覆って立ち止まる。
二回目の高い高いで、老婦人は一瞬、赤ちゃんから両手を離したのだ。
その後しっかりとキャッチしたものの、母親は寿命が数十年縮む思いだ。
「今すぐうちの子を返して!」
「高い高~~~~い」
老婦人がまた両手離しの高い高いを実行する。
赤ちゃんは二回目よりも高く浮き上がった。
母親は手を出そうにも出せず、オロオロする。老婦人に触れて倒れられでもしたら我が子が危ない。奪い合うようになってしまい、両手をすり抜けるようにして地面に落ちてしまったら、大事になる。
「高い高~~~~~~い」
を、繰り返すたびに、高度が上がっている。
まだ赤ちゃんが楽しそうにケラケラ笑っていることのみが救いだ。
母親は出せるだけの声を振り絞って周囲に助けを求めた。
しかし昼食時間帯をとうに過ぎているため、公園内は閑散としており、駆けつけてくれる人はいない。
「高い高~~~~~~~~~~~い」
もうほんとうに高い。
公園に設置されている街灯よりも高く浮き上がっており、母親にはどうすることもできず、「お願いだからもうやめてください!」と必死で懇願しながら、ポーンポーンとバレーボールのように扱われている我が子を目で追うほかにない状況である。
「高い高~~~~~~~~~~~~~~い」
並木よりも天高く舞い上がって、ケラケラ笑う赤ちゃんの声が空から降ってくるかのよう。
老婦人がひときわ声を長く延ばす。
「高い高~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!」
赤ちゃんの笑い声が、フツっ、と、途切れた。
ササ~っ……
風がそよいだ公園には、茫然と空を見上げている母親とベビーカーだけが残されていた。
放心している母親の足元に、
ポトリっ
おしゃぶりだけが帰って来る。
(了)
