【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯04『後部座席の女』
♯04『後部座席の女』
文字数:約2,760字
ある男子大学生が、同級生の友人からドライブに誘われた。
彼は念願だったマイカーを手に入れたらしく、
「今度の休みにちょっくら海あたりまで付き合えよ」
とてもウキウキした様子で告げてきたのだ。
「悪い。その日バイトなんだ……」
男子大学生は断りを入れたのだが、
「いいじゃねぇか。シフト変わってもらえって。飯おごってやるからよ」
どうしてもと半ば強引に押し切られる格好となり、けっきょく、ドライブに付き合う羽目になった。
◯
約束の時刻になり、男子大学生が自分のアパートの駐車場に出て待っていると、一台の車が乗り入れてきた。
最近若者に人気の軽自動車だ。
車体の大部分がパステル調の淡い緑色で、屋根が白く塗り分けられたツートンカラー。
サイドウインドウが下がり、「よう! 待ったか?」と、同級生が運転席から元気よく挨拶して来た。
「とりあえず乗れよ。外、蒸し暑いだろ」
夏の日差しから逃げるようにして助手席に乗り込んだとき、男子大学生は気づいた。
……あれ? 誰だこの人?
車外にいたときには、スモークガラスで視界に入らなかったらしい。
バックミラー越しに、見知らぬ女の人がひとり、後部座席に座っているのを見つけたのだ。
白いワンピース姿で、長い黒髪を垂らすようにし、ずっと俯いている。
顔はよく見えないものの、同年代くらいの若い女性であることはわかった。
同乗者が居るという話を聞いていなかったため、男子大学生が面食らったように黙っていると、
「そんじゃ、しゅっぱ~つ!」
カーナビをセットし終えた同級生が、後部座席の彼女について何も説明しないまま、車を発進させた。
◯
車に揺られながら、そういうことか……、と男子大学生は密やかに納得していた。
同級生にカノジョができたのだ。
ドライブに誘ってきたのは、現在後部座席に同乗しているカノジョを、サプライズで自分に紹介するためなのである。
ここのところずっと嬉しそうにしていたのは、マイカーを手に入れただけでなく、オンナまで手に入れていたからに違いない。
勿体ぶっているのか、それとも性に合わず、恥ずかしがっているのか、同級生はどうでもいいような会話ばかり投げかけてきて、一向にカノジョを紹介してくる様子を見せない。
わざと知らないふりを装っていた男子大学生も、さすがに出発から三十分走り続けても触れられないままでは、限界だった。
「なあ、いい加減そろそろ説明してくれたっていいんじゃない?」
「あっ、やっぱり気づいちゃった?」と、同級生がニヤケづらで尋ね返してくる。
「気づかないわけないだろう。乗ったときからとっくに気づいてる」
「なんで事故車ってわかったんだよ」
「……ん?」
「真横から突っ込まれてたんだってさ。ちょうど後部座席のとこが、めっちゃり。俺はディーラーから説明されるまで気づかなかったのに、よく気づいたな」
「…………」
「あっ、俺が車を買えたって時点でメタ読みしただろ? お察しの通り、馬鹿みたいに安かったんだよ、この車。すげぇ人気なのにさ。ゲーム機以下! やべーよな」
「…………」
「おい心配すんなよ。人は死んでないらしいから。まあ、ディーラーが嘘ついてなきゃの話だけどな!」
男子大学生がバックミラーに目を向ける。
確認したあと、もう押し黙った。
◯
海へ出るには峠道を一本越えなければならない。
男子大学生は、その入り口にあるコンビニエンスストアで、車を止めてもらった。
「おい、どうしたんだよ。ここまで来て急に行かないとか。山越えしたらすぐだぜ?」
同級生が不満そうに言ってくるが、すでに車を降りて立っている男子大学生は首を横に振って拒否する。
「行きたいのなら、勝手にどうぞ。僕はこのまま帰る」
「帰る……ってどうやって?」
「バスとか電車とか。とにかく、もうその車には乗らない」
「青ざめた顔しやがって。後部座席に乗ってる〝俺のカノジョ〟がそんなに怖かったか?」
同級生がニヤニヤしながら告げると、
ウィ~~~ンっ
ゆっくり後部座席のサイドウインドウが下がっていく。
「うらめしや~」
と、頭を出したのは後部座席にずっと黙りっぱなしで座っていた白いワンピースの女性だった。
これでネタバラシだとでも言うかわりに、同級生とそのカノジョが、アハハっ、と笑い合う。
「…………」
男子大学生は、しかめっ面で、二人の馬鹿笑いをただ眺めていた。
「怒んなよ。お前、ビビりすぎ」
「はじめましてなのに、ごめんねぇ~。カレがどうしてもやりたいってゆーから。私はイヤイヤ付き合ってあげてただけなんですー」
「そのわりにはしっかり演技やってたじゃんかよ。ちょうど車買ったタイミングだったからなぁ。そしたらやるっきゃないだろ? ってなわけで、悪かったな。幽霊ドッキリみたいなことやっちまって。海に着いたら約束通り飯おごってやっから許せよ」
「……さっき言っただろ。僕はもうその車には乗らない」
同級生とカノジョが車に乗るように説得しても、男子大学生は頑なに拒み続けた。
べつに悪戯を仕掛けられて怒っているわけではなかった。
そんなことはどうでもよかった。
ただ、恐ろしかったのだ。
「お前はほんとに残るのな? 俺ら行くぞ」
「もしかして、気を使わせちゃったかな?」
「……いや、そんなんじゃないです。とにかく、僕は大丈夫なんで」
「んじゃ、ここからは二人だけで海デートだ!」
「レッツゴー!」
コンビニの駐車場から出ていく同級生の軽自動車を見送りながら、男子大学生はつぶやいた。
「二人だけじゃないよ、僕が降りても、まだ三人乗ってる」
同級生が事故車というくだりを説明していたときだった。
男子大学生がバックミラーを確認すると、最初から乗っていた白いワンピースのカノジョのとなりに、それはまでは居なかったはずの別な女が座っていたのだ。
血まみれの服を着た、顔の潰れた女が……。
事故車という話は、おそらく本当だったのだろう。
死人が出ていないという話は、おそらく嘘なのだろう。
「たぶん海まで辿り着けないだろうな……」
軽自動車が、峠道に入っていく。
(了)
