【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯19『逃げていく人々』
♯19『逃げていく人々』
文字数:約1,680字
「きゃーっ!!」
エレベーターのドアが開くと悲鳴を上げる若い女性が中から飛び出してきた。
乗ろうとしていた男性の横を通り過ぎ、何かから逃げているように、うしろを何度も振り返りながらマンションの玄関から出て行く。
怖くなった男性も彼女のあとに続くようにして走り出した。
◯
マンションの敷地から若い男女が飛び出してきた。
女が先頭を走り、その後ろに男が続いている。
ふたりは後方をしきりに振り向きながら、何かから逃げているように走り、マンションの方向に向かっていた中年サラリーマンの脇を通過して、走っていく。
怖くなった中年サラリーマンもふたりのあとに続くようにして走り出した。
◯
大学生たちがアーケードを歩いていると、向かっていた出口の方から、数名の人が走って来た。
皆が息を切らせ、うしろを何度も見返しながら、全力で疾走している。
「……どうしたんですか?」
通過していく中年サラリーマンに声を掛けるが、答える余裕もないとばかりに、ことごとく無視される。
とにかく大慌てで、何かから逃げるように走っていく。
大学生たちも怖くなって、その人々のあとに続いた。
◯
歩行者信号が青に切り替わり、主婦がベビーカーを押し始めると、向かい側のアーケードの入口から、多くの人々が走って横断歩道を渡ってくる。
全員が恐怖の表情を浮べ、後方を幾度も振り返りながら、人を掻き分けてまで、懸命に走っている。
主婦は近くを通り過ぎようとしている大学生風の女の子に訊いた。
「……何かあったんですか?」
「逃げたほうがいいですよ!」
と、大学生風の彼女は止まることなくすれ違いざまに言って、そのまま仲間と走っていく。
主婦は途端に恐ろしくなって、すぐにベビーカーの向きを変えた。
◯
お土産を売っていた店員が、「逃げろーっ!」と叫ぶ野太い声に振り向くと、大勢の人々が駅構内に雪崩込んで来るのが見えた。
老いも若いもパニック状態で、何かから逃げているように、一様に後方を気にしながら、必死の形相で走ってくる。
転倒してもすぐに立ち上がって、足を引きずってまで構内の奥を目指す。
中にはベビーカーを押して走っている女性までいる。
あちらこちらから、悲鳴と、逃げろ、の大合唱。
「……何が起こってるんです!?」
土産物売り場の店員が、ベビーカーの女性に訊くと、
「たぶん通り魔かなにかです!」
◯
老人男性が、駅のホームに降りると、昇降階段を大勢の人が駆け下りてきた。
売店の販売員と思われる女性までが一緒になり、ベビーカーを抱えている姿まで見える。
「通り魔が出ました!」
「逃げろ! 逃げろーっ!」
「危ないから電車から出るな!」
瞬時に事情を把握した老人男性は、血相を変えて、降りたばかりの電車に飛び乗る。
次から次へと飛び乗って来た人々で、車内はすぐにぎゅうぎゅうのスシ詰め状態になった。
◯
駅を出発した超満員電車の座席で、最初にエレベーターを飛び出していた女性が、青ざめていた。
肩にくっついていた糸くずを虫と勘違いして叫んで飛び出し、街の中を必死になって走っていたら、いつの間にか、近場で通り魔殺人事件が発生しており、命の危険に曝されていたのである。
はからずも全力疾走していたことで、九死に一生を得て、難から逸早く逃れることが出来ていたのだ。
彼女がホッとして胸を撫で下ろすと、隣に腰掛けてる老人男性が話しかけてきた。
「お互い命拾いしましたね」
「そうですねぇ。私は糸くずのおかげで助かりました」
と、彼女は笑みを浮かべて返したのだった。
(了)
