【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯05『予知能力者』
♯05『予知能力者』
文字数:約1,200文字
若いキャバ嬢が繁華街を歩いていた。
飲み屋街に入り、職場のあるビルまであと少しというところで、
「あ、あの……」
黒縁メガネを掛けた三十代ほどの男が、おどおど話しかけてきた。
見た目がオタクっぽく、内気そうで、華やかな飲み屋街に居るのが、やや場違いに見える。
「なに?」
キャバ嬢が要件を尋ねると、メガネの男がどもりながら訊いてくる。
「こ、この近くに……え、えっと……交番とか……ありません?」
「はぁ? すぐそこにあるでしょ」
キャバ嬢が毒々しいネイルで、目と鼻の先にある交番を指差す。
メガネが節穴でなければ男の視界にも入っていたはずの地点だ。
「あっ、あそこか……」
振り返って見確かめたあとも、メガネの男は交番へ向かわず、モジモジとした様子でキャバ嬢の前に立ち続ける。視線がきょろきょろ泳いで落ち着きがない。
挙動不審なようすを訝しむというより、単純にめんどくさそうに、キャバ嬢が言う。
「まだなんか用なの?」
「く、靴紐が……ほどけてますよ!」
「はぁ? これ紐付いてないんだけど」
キャバ嬢が自分の履いているファスナー式ブーツに目を落とす。
足元から顔を上げ戻すと、メガネの男はすでに彼女の前から離れており、そそくさと歩き去っていく後ろ姿が見えた。
「なんだあいつ? きもっ」
と、歩き始めて間もなく、
ガシャーーーン!
キャバ嬢が進んでいる通路の先で、ビルに取り付けられていた大きな突き出し看板が落下したのだ。
アスファルトに叩きつけられた看板の破片が、キャバ嬢の足元まで飛んでくるほど近いところに落ちていた。
飲み屋街は人通りが多かったものの、幸い、下敷きになる人は出なかった。
驚いて尻もちを着いていたキャバ嬢が、ハッとして後方を振り返る。
「まさか……あのキモメガネが、助けてくれた?」
話しかけられていなければ、直撃しててもおかしくなかった。
「……予知能力者?」
落下を予見し、そればかりではなく、キャバ嬢が下敷きなる未来までも見通した彼が、わずかでも時間稼ぎをしようと引き止めておくため、話しかけてくれていたのかもしれない。
ヤバい、めっちゃヒーローじゃん!
キャバ嬢の胸のドキドキが、恐怖からトキメキに変わる。
だが、数秒のうちに、倍増した恐怖に舞い戻った。
「ちくしょう! 当たるんじゃねえのかよ!」
野次馬の中で、黒いメガネの男が、馬券が外れたような顔つきで立っているのが見えた。
キャバ嬢は瞬時に理解した。
看板の落下から自分を助けようとしたのではない。
自分に当たるように、タイミングを計っていたのだと……。
(了)
