【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯18『超音速老婆(マッハババア)』
♯18『超音速老婆(マッハババア)』
文字数:約1,420字
2000年代初頭のある日、航空自衛隊の戦闘機2機が、太平洋上にある空域を飛行していた。
領空侵犯機への対処を想定とした、教官と訓練生による空対空戦闘の模擬訓練である。
逃げる適役を教官機が担い、訓練生機が索敵・追尾・捕捉をおこなうといった内容だ。
教官機は仮想敵機のため、自分の位置情報信号を遮断している。
どこまでも突き抜けるような青空だったが、訓練生は目視外に潜む教官機を探すため、コックピット内の計器を注視していたところだった。
突然、教官機から緊急通信が入った。
空域内に所属不明機が侵入してきたため、訓練を一時中断、信号をONにして合流するという連絡だ。
教官はすぐに所属空自基地にも報告を入れた。
レーダーに映った身元不明機の座標を知らせ、その後の指示を仰ぐ。
しかし……
「こちらでは機影を確認できない」
基地のレーダーは所属不明機を捉えていないのである。
訓練空域で合流しようと動く教官機と訓練生機の2機しか表示されていない。
基地から再確認を要求されるが、確認するまでもなく教官機の計器にはずっと所属不明機を示すマークが点灯している。そして、合流を果たした訓練生機の計器にも、しっかり映り込むようになっていた。
飛行中の2機は、間違いなく、未確認となる3機目を探知している。
編隊を組んだ両機の進行方向右側から接近してくる謎の3機目が、たしかに存在する。
教官が基地へ再度指示を仰いでいる間にも、所属不明機はさらに近づいて来る。
訓練生が不明機との交信を試みるも、一向に応じる気配はない。
空自戦闘機は時速約900Kmの亜音速飛行をおこなっているが、身元不明機は音速(マッハ1)を超えていると思われ、あれよあれよという間に、目視可能域まで到達した。
コクピット内からは最初、ゴマ粒のように小さな黒い点に見えた。
航空機と考えるには、あまりに小さい。
小さい何かがぐんぐん近づいてくる。
ただちに回避行動を取るべき状況だったに違いない。
だが、教官も訓練生も、コックピットの鼻先をソレが掠めるように横切って行くまで、見入ってしまっていた。
「……お前には、アレが何に見えた?」
教官が無線で訊き、
「……婆さんです」
と、訓練生は答えた。
ふたりの目には身元不明機の姿が〝空飛ぶ老婆〟に見えたのである。
白髪を頭の上で団子にし、くすんだ紫色の和服を身に纏った、腰の折れ曲がった人間の婆さん。
その老婆が、UFOキャッチャーで吊り上げられた人形のように『へ』の字に見えるうつ伏せの体勢で、笑顔で手を振りながら、青空を猛然とスライドして行ったのだ。
教官は基地に追加報告を入れた。
「不明機ロスト。どうやら計器に異常が発生していた模様。大事をとり、これより帰投する」
次いで訓練生機と交信。
「……地上勤務に回されたくなかったら、何も見なかったことにしろ」
「……了解です」
◯
超音速老婆(マッハババア)の正体については、『光学迷彩作動中の透明化したUFOによって攫われている真っ最中の老婆』という説が有力視されているが、2025年現在でも、その謎は解明されていない。
(了)
