【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯28『小さいおじさん in トイレ』
♯28『小さいおじさん in トイレ』
文字数:約810字
ある三十半ばの男は、ここのところ続く体調不良に悩まされていた。
仕事が繁忙期のために疲れが溜まっているせいなのか、次第に若いとは言えなくなってきている歳のせいなのか、就寝時には決まって丑三つ時に一度起きてしまうのである。
この日も目が覚めるとスマホの時計は午前二時を表示させていた。
寝起きで朦朧とする頭でふらふら歩き、トイレに向かう。
上蓋を上げ、便座に座り、用を足す。
立ち上がろうとしたとき、動きをピタッと止めた。
「…………」
トイレの床の隅っこで、小さいおじさんが手を振っているのだ。
手のひらサイズということを除けば、どこにでも居そうな黒いスーツ姿のおじさんである。
頭の上にあげた両手を満面の笑みで振っている。
すっかり覚醒した頭で目撃していたなら、大騒ぎしていた場面だろう。
しかし、ぼーっとした顔つきのまま便座に座っている男は、あっ、これが都市伝説としてよく耳にする〝小さいおじさん〟か、と、ただ機械的に納得しただけだった。
そしてやはり寝ぼけているせいなのだろう。
表情の乏しいままに便座から立ち上がった男は、床に落ちていたゴミでも拾うようにその小さいおじさんを素手で鷲掴みにすると、便器の中へ放り込んで、『大』のレバーを下げたのである。
ジャーーーっ……
音を立てて大量の水が流れ込み、便器内に渦が生じる。
尿と水道水に巻き込まれ、グルグル回る小さいおじさん。
「ん?」
鼻を鳴らした男が腕で目をごしごし擦る。
あらためて便器の中を確認すると、一匹のゴキブリが排水口に吸い込まれていくのが見えた。
深夜の閑静な住宅地に雄叫びが上がる。
「うおおおおおおおおっ!? 小さいおじさんであれよぉおおおおおおおおおお!!」
そう。
彼はやはりとても疲れていただけなのだ。
(了)
