【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯32『路上占い』
♯32『路上占い』
文字数:約1,960字
最寄り駅に着いた仕事帰りの四十代独身男性が、自宅に向けて夜道を歩き始めると、街灯の隣にぽつんと、椅子を置いて座っているおばちゃんの姿を見つけた。彼女の前には、白い布をかぶせた机がある。
夜も遅い時間帯なのにあんな場所で何をしているのだろうか、と思いながら歩き進み、前を通り過ぎるときに、チラリと目を向けてみる。伏せ目がちで正面を向いたままの女性の年齢は60代ほどで、茶色いズボンにけばけばしいピンクのジャンパーを着ており、どこにでも居そうな初老主婦のように思われた。
彼女は路上占い師らしい。そうだとわかったのは、机に掛けられている白い布の正面に『千里』という漢字が墨で書かれてあって、その下に、まつ毛付きの目玉マークが描かれていたからである。あなたの運命を見通す千里眼、ということなのだろう。
……路上占いなんて漫画やドラマの中だけじゃなかったんだな。
そう思いながら通過した直後に、
「そこのお兄さん」
後方から声を掛けられて振り向くと、女性がこちらに顔を向けて手招きしている。
「俺ですか?」
周りには他に誰も居なかったが一応尋ねると、彼女が頷く。
「心配になり、つい、お声がけしてしまいました。お時間は取らせませんので、こちらへ来て少し耳を貸していただけませんか?」
「あぁ、今ちょっと急いでますので……」
いかにも会社帰りという状況で何を急いでいるのかと男性は自分でも思ったが、そう常套句を唱えて立ち去ろうとした。しかし、路上占い師の女性が、どうしても今お伝えしなければならないことがあります、と、やや不安感を煽られるような言い回しで粘ってくる。
お代はもちろんいただきません、ということなので、それならばと話を聞いてみることにした。
占い師は、男性の顔をジッと数十秒間見つめたあと、コクコクと納得したように頷き、告げる。
「やはりそのようです。あなたのお顔に女難の相が出ています。近々、現在お付き合いをされている女性との関係がこじれてしまい、あなたに良くない結果をもたらすはずです」
横槍を入れることなく黙って耳を傾けていた男性が、そこで口を開く。
「私には現在付き合っている女性はいませんが……?」
「いいえ、あなたにはお付き合いされている女性がいます」
「いないって言ってるじゃないですか」
「いいえ、あなたには……んん~そうですねぇ……おそらくは、かれこれ二十年ほどですか。その間、ずっと、お憑き合い、されている女性の方がおられるんですよ」
「…………」
男性は眉間にシワを集めて押し黙った。
それを見計らったように、占い師の女性が「ご安心ください」と足元に置いていた大きな紙袋から何かを取り出す。
「そんなあなたに今回ご購入をおすすめいたしますのが、こちらの邪気退散の壺になります」
と、机の上に置かれたのは、手のひら大の桐箱に入れられた白い壺だった。
六芒星が金箔で刻印され、その下にも金箔で、8文字の梵字が縦に並んでいる。
男性はその壺を見確かめると、柔らかな笑みを浮かべている女占い師に尋ねた。
「別なものはありませんか?」
「……別なもの?」
女占い師は、意外なことを訊かれた、という表情を一瞬浮かべたが、すぐに、少々お待ち下さい、と大きな紙袋の中をガサゴソ漁る。
「こちらも、あなたにおすすめとなっております」
と、次に取り出されたは、また桐箱に入れられたブレスレットだ。黒と青の玉が交互に数珠つなぎになっており、一つだけ赤い玉が混じっていて、その玉にも金箔で梵字が彫られている。
「それももう持ってます」
男性が答えると、占い師の女はきょとんとしてしまう。
「……すでにお持ちで? こちらの壺も?」
「どちらも以前、霊媒師から購入したものなのですが、効果はありませんでした」
「……効果がなかった……と、いいますと?」
男性は片手で口元をおさえ、少し考えるようにしたあと喋り出す。
「占い師さんにはすべてお見通しのようなので、この際、お話するのですが、――」
と前置きし、親指を立てた右手で、自らの右肩の背後を指し示すようにする。
「コイツは私が二十年前に殺した妻なんですよ」
女占い師は途端に血の気を失い、物凄い勢いで店じまいをして、逃げるように走り去っていった。
「あの様子じゃ〝似非ン里眼〟だな」
見届けたあと、男性は、やれやれ、と後頭部を掻いて歩き始める。
そしてボソリとつぶやくのだった。
「なあ、いいかげん成仏してくれよ」
(了)
