【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯15『座る二宮金次郎像』
♯15『座る二宮金次郎像』
文字数:約2,000字
これは或るオカルト書籍から抜粋された〝二宮金次郎像〟に関する記述である。
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二宮尊徳のことなどこれっぽちも知らずとも、彼の通り名を使用している〝二宮金次郎像〟のことは多くの人が知っているであろう。小学校の校庭の片隅などに、他に置く場所がないからここらへんにでも置いとけ、というような感じで設置されている言わずと知れた銅像、の怪異だ。街へ出て『学校の怪談と言えば?』と行き交う人々に尋ねれば、おそらく〝トイレの花子さん〟の次点かその次あたりで名前が出てくるであろう定番怪談キャラクターとして不動の地位を獲得している。
言わずもがなではあるが一応説明しておくと、二宮金次郎像は、背中に薪を背負い、片手に本を見開き、歩いている姿がデフォルトである。日中は常に台座の上で固くなっているが、夜になると動き出し、図書室へ行って読んでいる本を交換して、朝には台座に戻っている。それが彼らの生来の特質である。
数ある二宮金次郎像の中にはおっちょこちょいのものもあって、台座に戻って来た際に、本を持つ手や踏み出していた足が逆になってしまったり、背負っていた薪の何本かを落として帰って来てしまったり、新しく借りた図書の内容次第で怒った顔や笑った顔をしてしまったり……と、動き出した後がデフォルトの姿勢から若干変わってしまうやつがいるのだ。
それでも、校庭の隅っこで鎮立しているような銅像などに普段から関心を持つ児童や先生などが皆無に等しいことから、たとえ誰かが「昨日と姿勢が変わってない?」と二宮金次郎像の変化に気づくことがあっても、「そんなわけないでしょ」と一蹴され、単なる噂話として語られるだけで済んでいた。
だがしかし、令和時代に入った昨今、お間抜けな二宮金次郎像を遥かに通り越し、あまりに不届きな二宮金次郎像が現れてしまった。
それが『座る二宮金次郎像』である。
座る二宮金次郎像とは、読んで字のごとく、夜動き回って来たあとに、座ってしまう二宮金次郎像だ。これはいただけない。立ち姿であれば「そんなわけない」で済んでいたものも、流石に座った姿に変わってしまったら、もう気の所為では済まなくなる。
中には、背負っていた薪を足元に下ろし、そっちのけにして座り込み、両手で本を見開いて読んでいるものもいるらしいのだ。
これは――薪拾いに精を出しつつ時間を惜しんで歩きながらでも勉学に取り組む勤勉な姿勢が、もはや型無しで、ただ本来やるべきことをサボって本を読み耽っている怠惰な野郎でしかない――という次元の話ではない。
お前、立って歩いていた姿から座っている姿になったら、動き回っているのがバレるぞ!
という、次元の話である。
このような経緯から現在、怪異の安全を守り、彼らが慎まやかに生活を送っていけるよう組織されている〝全国怪異保存の会〟が対策に乗り出した。人々が「二宮金次郎像が夜に動き回ってる、っていう学校の怪談、ガチだったんじゃん!」と気づいてしまう前に、まやかしの情報を流布したのである。それが、――
『歩きスマホを助長してしまわないように、現在の二宮金次郎像は、座った姿勢で製造されることがある』
このようなニュースを既にどこかで見聞きしていることだろう。
この情報に触れれば、『座った姿勢の二宮金次郎像は、作られた当初から座った姿勢だ』と信じて疑わなくなる。作られた当初が元来の立ち歩き姿だとは、誰も思わない。今後、夜回りしたあとに怠けて座り出す二宮金次郎像が続出しても、大丈夫。「うちの学校の二宮金次郎像は最初は立ってたんだ!」とSNSでつぶやかれることがあっても、「アホかお前」の一言で話が終わるのだ。
一度座ることを覚えてしまった二宮金次郎像はもう立ち歩きの姿勢を取らなくなるため、我々オカルト界隈では、本来の二宮金次郎像と区別するため、怠け者な彼ら『座る二宮金次郎像』を、二宮金次郎から格下げした『二宮〝銀〟次郎』と呼称している。
座ることを覚えた二宮銀次郎は、ぐうたらに拍車がかかっていき、おそらく、令和から次の年号に変わるときには、寝そべって本を読み始めた姿になっている、と予想される。手にはポテチが握られているかもしれない。そうなってしまえばさらに格落ちの『二宮〝銅〟次郎』である。
二宮銅次郎が出没し始めたとき流布される文言は、
『現代人は兎角あくせくしており、休息の必要性を伝えるため、寝そべった姿勢で製造されるようになった』
と、いうような感じになるであろうか。
なんにせよ、たとえ二宮金次郎が二宮銀次郎になっても、二宮銀次郎が二宮銅次郎になっても、我々は彼らを愛して止まないのである。
(了)
