【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯21『ホームランボールに狙われる男』
♯21『ホームランボールに狙われる男』
文字数:約3,090字
「MLBの日本開幕戦を観に行くぞ!」
子どものようにはしゃぐ父親が、三十代の息子の部屋までやって来た。
「絶対に嫌だ」
息子は顔をしかめて断固拒否する。
「何を言ってるんだ! 世界中の誰しもが観戦したがっている試合だぞ。なんたって〝デトロイト・デーモンズ〟がやって来るんだからな。あの空前絶後の生ける伝説、孤高の二刀流プレーヤー〝小谷小平〟が凱旋するんだぞ!」
「だから嫌なんだよ……」
不貞顔のまま息子が吐き捨てる。
「小谷小平なら確実に開幕戦ホームランを打つ! 今シーズンの第一号ホームランだ!」
鼻息を荒らげる父親に、
「だから嫌なんだよ……」
息子のテンションは底なしに低い。
父親はお構いなしにポケットからチケットを2枚取り出して、突きつけて見せた。
「販売開始後1秒で売り切れた〝デトロイト・デーモンズVSフィラデルフィア・ジャンキース〟の日本開幕戦観戦チケットが、今ここにこうして在る。無論、外野席だ。行くぞ」
「行かねえっつったら行かねえんだよ!」
しつこい父親に向かって噛みつくように吠えると、
「縄で縛ってでも連れて行くからな!」
そう宣告して部屋を出て行く。
「…………」
息子が表情険しく部屋のドアを見つめたままになっていると、廊下を去っていく足音とともに「これで億万長者だ。ワハハハハッ!」と盛大に笑う声が聞こえた。
◯
息子がプロ野球観戦を嫌がるのには理由があった。
これまでの人生で2度、観戦しに行ったことがある。
1度目は、小学校3年生のとき、家族で地元球団の試合を見に行った。
そのときは外野席だった。
ホームランボールが飛んでくるかもしれないからと、野球少年ではなかったが、グローブを買ってもらい、ウキウキと楽しみにしながら試合を見守っていた。
そしてラッキーセブンの七回に、
カッキーーーーン!
観戦していた息子を目掛けてるようなホームランボールが本当に飛んできたのだ。
グローブを嵌めた息子はキャッチを試みた。
しかし、野球未経験で運動も得意ではなかったため、目測を誤り、グローブを掠めることもなく、轟然と空を切って突き進んで来たボールが、息子の頭に直撃したのだ。
気づいたときには病院のベッドだった。口の中がスースーしたのは、脳震盪を起こして失神した際に、座席に顔をぶつけ、永久歯に代わったばかりの上前歯を一本、失っていたためだ。
病院のベッドで目覚めたときに、父親から掛けられた第一声は、
「サッカー観に行ったんじゃないんだぞ」
という、まったく笑えないジョークだった。
2度目は、高校1年生のとき。
小学校時代の観戦がトラウマとなって、もう二度と行くまいと思っていたのだが、初めて出来た彼女が野球好きだったために、避けられなかった。
このときも外野席だった。
ホームランボールが欲しい、という彼女の希望と、たんに観戦料が安かった、という理由からでもある。
……さすがに二度の観戦で二度ホームランボールが飛んでくることはないだろう。
そう思っていたのだが、またしても七回に、
カッキーーーーン!
息子と彼女が座っている外野席の方角へと大飛球が打ち上がる。
皆が皆、ホームランボールを捕ろうと手を差し伸ばすなか、幼少期の悪夢がフラッシュバックした息子だけは席を立って逃げ出そうした。
だが、そうやって逃げた地点がまさにボールの落下地点だったのである。
気がつくと病院のベッドだった。前歯がまたスースーするのは、差し歯が取れたのではない。残っていたもう一方の上前歯が失くなっていたためだ。
二球のホームランボールで二つの前歯を失っただけでなく、
「だっさ」
と、目覚めたベットで、彼女から別れまで告げられたのだった。
◯
二度あることは三度ある。
その確率がどれほどのものかは知らないけれど、次も必ず飛んでくる、と息子は確信していたため、もう悲劇は繰り返すまい、と、以来、誰に誘われても野球観戦に足を運ぶことはなかった。
それなのに……
MLB日本開幕戦の当日、球場の外野席には、並び座る息子と父親の姿があった。
父親は宣告通りに、息子の体を縄で縛り、むりやり連れ出していたのである。
だから、息子の胴体は腕を含めて縄でぐるぐる巻きにされた状態になっている。となりに座った父親が、縄の端を片手でつかみ、息子が逃げ出さないようにしていた。まるでギャグ漫画に出てくる泥棒と警察のようなスタイルで観戦しているのである。セキュリティチェックは「親子でルパン三世ごっこをやってるんです」という言い逃れでクリアしていた。よくぞ通過させたものだ。
「さあ、七回だ! 小谷小平の打順だぞ! 〝本塁打吸引磁石男〟の本領を発揮しろ!」
と、片手に縄、もう一方にグローブを嵌めた父親が張り切る。
息子目掛けて飛んでくるであろうホームランボールを父親がキャッチするという算段なのだ。
小谷小平選手は、この回までにヒットを打っているものの、まだホームランは出ていない。もし放てば、今シーズンの自身初ホームラン。開幕戦でもあるため、MLB全体の第一号ホームランとなる。国内だけだはなく全世界が注目する一戦。そのホームランボールともなれば、市場価値は如何ほどのものか……。
大興奮している父親が叫ぶ。
「1億カモォォオオオン!」
……さすがにそこまではいかない。
息子が冷めきった顔を隣に向けていると、
カッキーーーーン!
快音が響き渡った。
ぎょっとした息子が瞬時に首を振り向ける。
打球速度はかなり速い。
やはりこちらを狙いすましたように突き進んでくる。
だが、弾道はあきらかに低かった。
……フェンス前で落ちるぞ!
三度目の悲劇は防がれたと息子が歓喜した瞬間、
ぼむっ
打球が、空中で、弾んだのだ。
何も無いはずなのに、透明な何かにぶつかったかのように、軌道が上向きに修正される。
前方やや斜め下から飛来してくるボールに、息子は目を見開いて驚愕。
「そんなばかなっ!?」
ふざけた変則軌道でやってこられては捕球など出来るわけがない。
そうして見事、息子の頭に、人生三度目の衝撃が走る。
気がつくと病院のベッドの上だった。
「……右上の犬歯が無い」
やはり歯を一本失う不幸が毎回セットになっているようだ。
今回変わっていたのはベッドサイドに付添人が居なかったことである。
ふと、向かい側のベッドで映っていたテレビ画面のニュース報道に目につく。
『今夜行われましたMLB日本開幕戦〝デトロイト・デーモンズ対フィラデルフィア・ジャンキース〟の試合中、小学生の女の子が転がってきたホームランボールを取った際、その女の子に頭を叩くなどの暴行を加えてボールを強引に奪った男が、警察に逮捕されました』
泣いている女の子の横で、ホームランボールを手にして無邪気にはしゃいでいるのは、父親だった。
(了)
