【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯38『見えてるだろ』
♯38『見えてるだろ』
文字数:約1,410字
霊能者の女が病院の待合所のベンチに腰掛けて会計待ちしていると、こちらに向かって歩いていくる若い男の姿に気づいた。
彼は生気の感じられない虚ろな目をしており、ただならぬ陰気な気配をまとっている。
『……病院には多いから困る』
霊能者の女には、すぐさま浮遊霊だと判り、無視してやり過ごすことに決めた。
彼らとの遭遇時に一番やってはいけないことは目を合わせる行為である。
十中八九、家まで憑いて来てしまうからだ。
霊能者が浮遊霊を察知できるように、浮遊霊側も、霊感のある人物がそばにいることをある程度察知していることがある。
案の定、待合室のベンチまで来た陰気な男の浮遊霊は、座っている会計待ちの患者たちに目をつけ、端から順番に顔を覗き込むようにして、ひとりひとりに声を掛け始めた。
「見えてるよな?」
反応がないと見るや、となりに座る人物の前に移動。
「お前、見えてるだろ」
また無反応で、次へ。
「俺のこと、見えてんだろ?」
と、一歩一歩、霊能者の女のもとへ近づいてくる。
彼女は考え事をしているフリに入った。
頭はうつむき加減で、鼻で静かに呼吸をし、目を半開きにさせて、前のベンチの背もたれを漠然と見つめる。
そこへついに、視界の横から入ってきた浮遊霊の足が、立ち止まる。
「あんたか、俺のこと見えるのは」
浮遊霊の男は、さも、わかりきっているという感じで問いかけてくるが、彼らがよく使うハッタリだ。
けっして〝見える人間〟であることを看破されたわけではない。
霊能力者の女は、身をかがめて正面からジッと凝視してくる浮遊霊と目を合わせることのないように注意しながら、窓の方を一度眺めたあと、自分の腕時計に目を落として、また、ぼーっとしている演技を続けた。
「なんだよ、こいつも違うのかよ」
舌打ちをしたのち、浮遊霊の男は待合所を離れ、ゾンビのような足取りで通路を歩いていく。
突き当りの角を曲がり、姿が完全に見えなくなったところで、霊能力者は肺から深く息を吐き出した。
すると、
「今のやばかったですね」
ベンチの端に座っていた男性患者が、隣に座っていた女性患者に言い、その女性患者も、
「ですよねぇ。怖かったです」
と、言い返したのである。
それだけではなく、同じ長椅子に座っていた他の患者たちも、「なんだったんでしょうね」「ああ、怖かった」などと口々に発言するのだ。
霊能者の女はそれに驚いてしまい、声を大にしてベンチに座る患者たちに尋ねた。
「皆さんにも、あの浮遊霊が見えていたんですか!?」
だが、誰も彼女の質問に答える者は現れない。
患者たちは、まるで、彼女のことなど最初から見えていないように、会話を続けるのだ。
尋常ではない寒気にゾッと襲われた霊能力者の女は、急にベンチから立ち上がり、玄関に向かって走り出した。
彼女の姿が見えなくなると、ベンチの端に座っていた男性患者がまた、隣の女性患者につぶやく。
「今のもやばかったですね」
「ですよねぇ。あたし、病院変えよっかな」
さらに隣の患者が、
「やばい人、多すぎでしょ、ここ」
さらにさらに隣の患者が、
「あのおばちゃん……会計してないんじゃない?」
と、続けたのだった。
(了)
