#195 心拍変動
前夜、出張先からそのまま会食へと向かい、21時過ぎにようやく家の敷居を跨いだ。転倒のこともあったが、出張が絡んだ2日連続の会食。さすがに疲れた。身体が重い。
こういうとき、腕に巻いたFitbit airはデータに基づいた現実をクリアに示してくる。Healthアプリを開き、心拍変動(HRV)の画面を見つめた私は「だよな」と呟いた。
月曜日までは個人基準値の枠内で順調に推移していたグラフが、火曜日以降に急降下している。基準値の緑の帯を下方へ突き抜け、怪しく灯る赤いドット。数値はわずか21ミリ秒。画面には「個人基準値を下回る心拍変動」というアラートと、その原因として「睡眠不足、体力の低下、過度のアルコール摂取」という文字が並んでいた。
苦笑した。昨夜も今夜も実は酒は一滴も飲んでいない。食べ物は結構食べたが、会食はお茶とお湯だけで過ごした。つまり、純粋な出張の疲労で、私の身体はアルコールを過剰摂取したときと同等か、それ以上の深刻な負荷を抱え込んだと判断されたわけだ。
心拍変動とは文字通り、脈拍のブレを示す指標だ。
健康な心臓はメトロノームのように、一定のリズムを刻むものだと思われがちだ。しかし、事実はその真逆である。健康でリラックスしているときほど、人間の脈は不規則に、柔軟に揺らいでいる。逆にこの揺らぎが失われ、きっちりとした「完璧なリズム」になりすぎる状態こそが、身体が異常なストレスに晒されているサインなのだという。
自律神経という名の制御システムが私たちには備わっている。リラックスを司る副交感神経と、戦闘モードを司る交感神経。相対する機能が、アクセルとブレーキのように鼓動の1拍ごとに絶妙な綱引きを行っているからこそ、健康な心臓の鼓動間隔は揺らぐ。
しかしストレスがピークに達すると、身体は交感神経が優越した戦闘モードのまま維持されてしまう。「遊び」を失ったシステムは、機械的で余裕のない、硬直したビートを刻み始める。私の心臓は今、正確に、しかしその裏腹で必死に悲鳴を上げているということだ。
この遊びがない状態のリスクは、インフラの制御システムや運営体制の構築においても通底する。何事もいくらかの「遊び」や「マージン」は不可欠だ。ガチガチに切り詰められ固められたシステムは、一見すると美しく機能的・効率的に見えるが、その実は脆い。周辺環境の変化に対して追従するバッファーを持たず、部品同士が常に接触し摩耗していくからだ。
主観的な「まぁ、まだ動けるか」という甘い見通しを、データに基づいた分析は正確に補正してくれた、アプリが示したグラフを眺めながら考える。そして、その裏にある生体科学の背景と、人間というシステムの奇跡的な精緻さに感心する。
データが示す、休めという告発には素直に従うべきだろう。今日はセーフモードで過ごすことにする。
