#86 壊れかけをなんとか動かしている
家の水道が壊れたとき、多くの人は「業者を呼んで直してもらう」ことを考える。では、その水をきれいにしている浄水場のポンプが限界を迎えていたら? 下水処理場の反応槽が老朽化していたら? そのことを考える人は、ほとんどいない。
それでいい、と思う。気にせず蛇口をひねれる、排水を流せるのが、インフラの正常な姿だから。
ただ、その「当たり前」を維持する側の話を、少し聞いてほしい。
作り直せない時代が来た
工場や家電なら、古くなれば買い替える。壊してゼロから作り直す。それが一番真っ当な解決策だ。
インフラも、かつてはそうするつもりだったのだろう。ただ、新しく作ることに精一杯で、将来の作り直しまで考える余裕はなかった。「その時の人間が考えればいい」。そう思って作ったインフラが、今、あちこちで限界を迎えている。
2020年代に入って、状況はさらに悪くなった。あらゆる資材の値段は上がり、携わる人は減り、「作り直す」ための様々なリソースが社会から消えていった。都心のオフィスビルでさえ、建て替えの採算が合わなくなっている。よりベーシックなインフラならなおさらだ。
私たちは今、「丸ごと新しくする」という選択肢を失いつつある状態で、老いていく多くの設備を抱えている。まずそれを知ってほしい。
二十年も遅れた
日本の上下水道は今、それぞれ行き詰まりの中にいる。
下水道は、普及率を上げることを使命としてきた。どこにでも汚水処理サービスを届ける。その目標自体は正しかった。でも、概成と呼ばれる状態に近づくにつれて、気づいた。膨大な管路、水槽、建屋、そしてポンプ施設や処理場の機械設備、電気設備が、そのまま「更新しなければならない資産」になっていたことに。
2010年代初頭には国民皆水道をほぼ達成していた水道は、もう少し早く壁にぶつかっていた。古い管路や設備をコツコツと直しているものの、それ以上のスピードで全体が劣化していく。日本の人口は2008年にピークを迎え、水の需要も、収入もじわじわ減っていく。それでも、縮むインフラへ適応していく転換はなかなかできなかった。
そして人口がピークを迎えてから二十年近く経った今、ようやく「これまでのやり方では無理だ」という空気になってきた。業界でずっと唱えられてきた、維持管理の時代がついに来た。遅すぎたとは思う。でも、遅くても動き始めるしかない。
止められないものを、直す
抜本的に作り直せないなら、直しながら動かし続けるしかない。
ただ、これが想像以上に難しい。処理場は一日も止められない。下水は今この瞬間も流れ込んでくるし、浄水場を止めれば街に水が届かなくなる。だから設備が壊れかけていても、動かしながら直す。一部だけを止めて別系に切り替え、本系を直して、また戻す。その間も処理は続いている。
古い設備には、図面が残っていないこともある。残っていても、実際の配線や配管と一致しないことも多い。「なぜここにこのケーブルがあるのか」を、現場の痕跡から当初設計の意図を推理しながら作業する。派手さはまったくない。ひたすら地道だ。
そして直したそばから、別の設備が限界に近づいている。終わりのないモグラ叩きを、それでもやり続ける。
「もたせる」ということ
「作り直したほうが絶対に楽だ」と、現場の人間は全員わかっている。
でも作り直せないから、もたせる。一年でも、一ヶ月でも、できれば一日でも長く。ポンプの音を聞いて、電流値の傾向を見て、「ここが次に来る」を読む。メーカーが廃盤にした部品をどこかから探して、処理を止めずに交換する段取りを考える。エネルギー消費を抑えるために曝気量を絞りながら水質基準はギリギリ守る。そして浮いたコストを修繕費に回す。そういう綱渡りを毎日やっている。
こういう仕事に、教科書やマニュアルはない。経験と勘と、失敗の積み重ねだけがある。地味で、報われにくくて、誰にも気づかれない。それでも誰かがやらないと、蛇口から水が出なくなる。下水は街に溢れる。
それでも、やるしかない
派手で、映える、きれいな仕事ではない。予算は足りない。人も足りない。設備は限界なのに、社会からの要求は増える一方だ。
それでも現場を支えているのは、使命感とか誇りとか、そういう大げさな話だけじゃないと思う。目の前の設備が動いているうちに次の手を打たないと、本当に止まるから。それだけだ。
蛇口をひねれば水が出る。その「当たり前」は、誰かの地道な踏ん張りの上にある。華やかではないけれど、なくなったら困る仕事が、この世界にはある。
最後まで読んでくれてありがとう。もしこの話が「知らなかった」と思えたなら、誰か一人に話してみてほしい。SNSでシェアしてくれるだけでもいい。インフラの話は地味すぎて、なかなか表に出てこない。でも、知っている人が増えれば、少しずつ変わっていく。そう信じて、今日も現場を支えているんだ。
