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#24 蛇口を捻る前に、知っておいてほしいこと

対象: 当たり前を当然と思いがちな人
概要: 裏側の実態と悩みを知り
    インフラの持続性を考える話

成人の日、私は息子たちにこう言った。

タダ飯はない」と。

散財を戒め、税の痛みを教え、自分の足で立つことの厳しさを語った。だが、話し終えたあと、ふと自分に問いが返ってきた。

私自身は、あるいは私たちが生きるこの社会は、その原則を本当に守れているのだろうか。

私は長年、インフラの現場に身を置いてきた。技術者として、そして運営組織の責任者として、常に向き合わされてきたのは一つのアポリア(解決不能な難問)だった。


1.「当たり前」の裏側にある矛盾

蛇口をひねれば水が出る。これは、今のところ日本のどこにいても享受できる「当たり前」だ。

この「当たり前」を守るために、どれほどの資源とエネルギーが投じられているか。それを想像できる人は少ない。

インフラには、残酷な性質がある。

うまくいっている時は誰にも感謝されず、空気のように扱われる。だが、ひとたび止まれば、それは直ちに生存の危機となり、怒号が飛び交う。

私たちは皆、「水は生命の源なのだから、安価であるべきだ(あるいはタダであるべきだ)」と無意識に願っている。

しかし同時に、「老朽化した水道管が破裂することなど、あってはならない」とも強く願っている。

コストはかけない。でも、リスクはゼロにしたい。

この矛盾した願いを、一手に引き受けているのがインフラという仕事だ。

これは、事業主体が「公共(役所)」であろうと「民間(企業)」であろうと変わらない、冷厳な現実である。

2.「失敗しても死なない」という構造的弱点

では、この矛盾にどう立ち向かうか。

ここで初めて、社会がどのような「仕組み」を選択するかという問いが生まれる。

長らく日本は、「公共が直営でやるのが一番安心だ」と信じてきた。利益を追求しない公務員がやったほうが、手抜きがなく、安全なはずだという性善説だ。

確かに「公共の精神」は尊い。だが、仕組み(システム)として見た時、そこには一つの構造的な弱点が存在する。

それは、「失敗しても組織が死なない」ということだ。

民間企業は、重大な事故を起こせば信用を失い、最悪の場合は倒産し、市場から退場させられる。常に「死(倒産)」と隣り合わせだからこそ、安全への投資や効率化に対して、文字通り命懸けになる。

一方、行政組織は、どれほど赤字を出しても、どれほど非効率でも、基本的には潰れることがない。「潰れない」という安心感は、時として「コスト意識の欠如」や「変化への遅れ」という副作用を生む。

悪意があるわけではない。人間は「痛み」を伴わない場所では、どうしても甘くなる生き物だからだ。

だからこそ、私たちは「契約」という知恵を発明した。

3. 契約という、人類の偉大な発明

契約の代表例として、インフラビジネス、とりわけ公民連携(PPP)における「契約」を取り上げよう。

多くの人は契約を、相手を縛りつける冷たい鎖だと思っているかもしれない。

だが、それは違う。

契約とは、もともと他人である者同士が、利害のベクトルを合わせて、共通のゴールに向かって進むための最強の握手だ。

「何を」「いつまでに」「どのレベルで」やるのか。

それを言語化し、あらかじめ合意する。

このプロセスがあるからこそ、私たちは感情や曖昧さに振り回されず、高度で複雑なインフラを維持できる。契約とは、現代社会における信頼の基盤そのものなのだ。

4. 身内の甘え vs 他人の監視

人間は、自分で自分を監視することができない。

組織内部でのチェック、いわゆる身内同士の監視は、どうしても甘くなる。「今回は仕方ない」という組織防衛の論理が働くからだ。

一方、契約に基づく発注者(行政)と受注者(民間)の関係には、健全な緊張感がある。

行政は契約通り履行されているかを厳しく確認する。民間は、不備があればペナルティを受けるため、必死で品質を守る。

「他人に厳しく監視される」構造こそが、結果として品質を引き上げる。民間委託とは丸投げではない。契約というツールを使った、最強の監視システムの構築なのだ。

「民間でできることは公共でもできる。」そうは行かないことの原因は、この構造である。

5. インフラにアラカルトはない

しかし、どれほど優れた契約と監視があっても、解決できないアポリアがある。それは、人々が無意識に求めてしまう矛盾だ。

「世界最高水準の安全性」は欲しい。
↔ だが、料金は「現状維持」がいい。

「民間の効率性」は利用したい。
↔ だが、「利益」というコストは払いたくない。

あえて断言しよう。インフラというレストランに、アラカルトのメニューはない。

「安さ」を選べば、もれなく「将来の断水リスク」と「子供世代へのツケ」がついてくる。

「安心」を選べば、「適正な対価(値上げ)」と「企業への利益(責任のコスト)」がセットでついてくる。

「利益を出すな」という言葉は、「何かあっても責任を取るな」と言っているのと同じだ。利益とは、搾取された金ではない。将来の危機に備えるための体力であり、約束を守り続けるための担保なのだ。

6. 「税金で埋めればいい」という麻薬

議論が行き詰まると、決まって出てくる言葉がある。

足りない分は税金で補填すればいい

民間企業の立場から見れば、これほどありがたい話はない。営業努力も要らず、コスト削減の汗もかかず、安定した金が入ってくる。

だが、一人の市民として、私はこの考えを断固として拒絶する。

それは麻薬だからだ。

赤字を税金で埋め始めた瞬間、コスト意識は死に、技術革新は止まり、産業は腐る。

しかも財布は一つしかない。

水道料金として払うか、税金として払うか。右のポケットか左のポケットかの違いにすぎない。節水して暮らす若者の税金で、大量に水を使う富裕層や大企業のコストを肩代わりする構造にもなりかねない。

それは本当に「弱者への優しさ」なのだろうか。

一定の税金による負担は否定しない、ただその範囲は限定的でなければいけない。

7. システムの隙間を埋めるもの

契約は偉大だ。監視システムも有効だ。十分に考えられた契約であれば、99%の業務はその範囲内で何の問題もなく進めることができるだろう。

だが、完璧ではない。想定外の災害、現場の突発的な判断、そのすべてを契約書に書き尽くすことはできないからだ。

ガチガチに固めた契約と、緊張感ある監視。

そのわずかな隙間を埋めるもの。

それが、最後に残る「携わる人間の倫理観」だ。「プライド」と言っても良いかもしれない。

誰にも見られていない施設で、黙々と点検や修繕を行う現場の人間。

「契約外ですが、協力しましょう」と言える判断。

蛇口の向こうにある生活を想像し、損得を超えて踏ん張る意志。

どれほどAIが進化しても、システムに血を通わせるのは、最後は人のプライドしかない。

8. 息子・娘たちへ

息子よ、娘よ。

契約を使いこなせ。それは自分と相手を守る武器だ。
監視を恐れるな。それは自分の仕事を磨く砥石だ。
だが同時に、システムの限界を知れ。

契約書に書かれていない場面で、どう動くか。誰も見ていない場所で、自分を律することができるか。

安易な正義に逃げるな。耳触りのいい言葉に騙されるな。そして、誰にも評価されない場所でこそ、自分の倫理を試せ。

それが、大人が払うべき本当の「コスト」なのだから。


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