ねこが、ぼくに話しかけるとき
前回、「ぼくは、何のために」ということを書きました。
作者は物語の始まりも、終わりも知っています。
主人公は、その途中しか知りません。
でも、物語を書いていると、不思議なことが起こることがあります。
ぼくが描いている「ねこ」もそうです。
最初は、「この子はこう動く」と決めていたはずなのに、書き進めるうちに、
「ぼくは、そっちには行きたくない。」
「こっちの道のほうが楽しそう。」
そんな声が聞こえてくるような気がすることがあります。
ゲームのマリオだって、もし意思を持っていたら、
「お姫様を助けるより、今日は仲間と旅がしたい。」
なんて言うかもしれません。
もちろん、実際には作者が書いているのです。
でも、いつの間にか作者が主人公に導かれているような感覚になることがあります。
人生も少し似ているのかもしれません。
もし、人生に作者のような存在がいるとしても、
その作者は、私たちの心の声をまったく聞かないのでしょうか。
「本当は、こっちへ行きたい。」
「この出会いを大切にしたい。」
「この夢に挑戦したい。」
そんな小さな願いを、主人公であるぼくたちは毎日送り続けています。
もしかすると、人生は作者が一方的に書く物語ではなく、作者と主人公が一緒につくっていく物語なのかもしれません。
結末は決まっているようで、実は途中の景色はいくらでも変えられる。
自分の心が向くほうへ歩くことには意味がある。
主人公の一歩が、作者の描く未来さえ少しだけ変えていく。
そんな物語だったら、とても素敵だなと思いました。
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