ぼくは、何のために
前回、「心が向くほうへ」ということを書きました。
命とは何なのか。
心はどこにあるのか。
そんなことを考えているうちに、ふと別のことが頭に浮かびました。
ぼくが描いている絵本の「ねこ」は、何のために生まれてきたのだろう。
ゲームのマリオは、何のために生まれてきたのだろう。
もちろん、ねこもマリオも、物語の中の主人公です。
でも、主人公自身は、自分がどんな結末を迎えるのか知りません。
目の前に起こる出来事に悩み、迷い、一歩ずつ前へ進んでいきます。
一方で、その物語を描いている作者は違います。
作者は、「この子には、こんな出会いをしてほしい」「最後には、こんな未来へたどり着いてほしい」という願いを込めて物語を紡ぎます。
主人公は知らないけれど、作者には物語全体が見えているのです。
そう考えたとき、人間も少し似ているのではないか。
ぼくたちは、自分が何のために生まれてきたのか分かりません。
この先、どんな人に出会い、どんな出来事が待っているのかも知りません。
でも、もし人生にも物語を書く「作者」のような存在がいるのだとしたら。
今の迷いや遠回りにも、まだ見えていない意味があるのかもしれません。
もちろん、本当のことは誰にも分かりません。
けれど、使命とは最初から自分が知っているものではなく、物語の主人公のように、一歩ずつ歩きながら少しずつ明らかになっていくものなのかもしれません。
今、自分の心が向く一歩を大切に歩いていけば、その先で「このために生まれてきたのかもしれない」と思える日が来るのかもしれない。
そんなことを、ふと思いました。
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