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塩トーク

塩について語らねばならぬ。

市の健診で腎機能が弱っていると言われ、すぐさま減塩生活に突入して2週間が経った。1日の塩分摂取量を6gまでと自ら定め、ガンガンに冷房が効いてるスーパーで、手にした食材パッケージの裏面に書いてある「食塩相当量」を穴があくほど睨みつける日々。食卓では刺身にしょうゆをつけるのも0.5秒の早技を徹底している。やると決めたらとことんやる性格だ。

その効果がどうやら表れてきたらしい。舌が塩味にやけに敏感になってきた。毎年うまうまと食べている、卵屋さんが作っている冷やし茶碗蒸し。スプーンですくって舌に乗せたら、やけにしょっぱいではないか。買い慣れたものだという気安さのせいで、うっかりソルトチェックを忘れていた。捨て去ったパッケージをゴミ箱から拾い上げる。食塩相当量1.5g。

ダシがうまいと、これまで容器の中身はすべて飲み干していたが、今回は卵の部分だけを注意深くスプーンで取り、残ったダシは飲まないようにした。もう二度と買わん。

こないだは、額から流れて落ちてきた自分の汗が口に入った瞬間、強烈な塩辛さを感じた。我が舌の塩センサーが日に日に感度を上げていることを喜んだ一方で、これだけ減塩に気を使っていてもなお、私の体内に色濃く残る塩の存在を憎んだ。

減塩はダシやタレ、スープや調味料との戦いである。納豆に塩はまったく含まれないが、付属しているタレには0.5g入っている。サラダにかけるドレッシング、冷奴のしょうゆ。ポン酢やめんつゆの塩分も高い。

私はもともと食材そのものを味わいたいタイプなので、サラダも冷奴も何もかけずにそのまま食べていた。目玉焼きにはほんの少しの塩コショウのみ。焼き魚にしょうゆもかけない。しかし代わりに塩辛や漬物、カップ麺を常食していた。カップ麺はスープも合わせれば1食分で4.0gほどある。それで昼を済ませ、朝晩の食事を合算すると、1日の理想摂取量=6.0gを軽くオーバーしてしまう。

友人が、私なんかよりもさらに厳しい減塩生活を送っていると先日知った。彼女本人ではなく、長年の伴侶である夫氏のために奮闘している。

毎日毎日、塩分退散!と悪霊を祓うような気持ちで立つ台所。何を作ったらよいのかわからなくて、あんなに大好きだったスーパーへ行っても、何を買ったらよいのかがわからない。

牡蠣ミユキ(くにとみゆき)

そうなのだ。ミユキちゃんはスーパー大好き。お料理大好き。スーパーも台所も彼女の心のオアシスである。

そんな彼女がスーパーで何を買えばいいかわからず立ち往生してるだなんて、メッシがサッカーボールを前にどちらの足を出せばいいのかわからないぐらいの大ピンチではないか!

「味がよくて塩分が低くて、栄養があって、家族みんなが満足できて、何より自分がおいしいと思えて、夫の血管に負担がかからない料理───」と、ぐるぐる考える日々。

牡蠣ミユキ(くにとみゆき)

ミユキちゃんの夫氏に医師から許容されている塩分量は、1日たったの2gだという。5ccの小さじに半分以下。1日で。

(追記:お詫びと訂正)
ミユキちゃんの夫氏の制限塩分量は「1日2g」ではなく「1食2g」でした。つまり1日6g。塩トークに熱くなり過ぎて、事実確認を怠ってしまいました。ここに訂正してお詫びします。

ちなみに日本人は平均で、1日10gの塩分を摂取している。レトルトカレーで3g、ラーメン1杯で6gぐらいあるから、暴飲暴食なんかしなくても、ごく一般的な食事内容で10gにすぐ到達する。

外食は減塩に向かないとの判断で、ミユキちゃんは夫氏のために弁当作りを再開させた。ところがここで、大事件が起きる。

そんなある日、台所のストックかごにインスタントラーメンの大袋2つが入っていた。ふ、ふたつ…?(都合8袋)ここのところ塩分死ねみたいな思考になっている私は、インスタントラーメンをしばらく買っていない。誰だろう、買ってきたの。あ、むすこかな。

夫でした。

牡蠣ミユキ(くにとみゆき)

なんと、ご本人による謀反!

ラーメンは本当に、減塩生活者にとっては大敵なのだ。視界にも入れたらダメ。それをあなた、8袋? ストックかごに、8袋?

ミユキ、キレる。

そりゃそーだ。私でも怒り狂うわ。

私にも大病の末、内臓改造大手術の後遺症に毎日苦しんでる伴侶がいる。消化機能がかなり下がっているため、無理なく一度に食べられる量は半人前ほど。

<理想>
・少量を1日5食。
・1回30分以上かけて食べる。しっかり噛む。
・食後は30分、上体を起こした姿勢でゆっくり休む。
・禁酒。

<現実>
・ほぼ1人前を1日2食。
・1回10分。飲むような早食い。
・食後5分でゴルフの打ちっぱなしに出かける。
・大酒飲み。

「ゆっくり噛んでね」「よく休んでね」「お酒は控えてね」と声をかけていたのは術後半年ほど。4年めのいまとなっては、もはやあきらめている。

実は夫、インスタントラーメンの他にも、死にかけた病気をしたにも関わらず目に余る行動があったのだ。結局、人は外野からアレコレ言われても、自分で変わろうとしないどうしようもない。

牡蠣ミユキ(くにとみゆき)

ミユキちゃんのおっしゃる通り。勉強しなさいと言えば言うほど、ゲームに夢中になるこどもと同じ。本人がその気にならなければ、行動は決して変わらない。

ゆうべ、鶏肉をグリルでじっくり焼いてくれた我が伴侶は、味付けをせずに食卓に塩を持ってきた。減塩に取り組む私への配慮だろう。私はお礼を言い、肉の旨みだけをじっくり味わった。本当は私の体よりも自分の体にもっと配慮してほしい。だが、彼の体は彼のものであり、どう扱うかも彼の勝手なのだ。好き勝手に過ごした結果、もし太く短めの人生だったとしても、それはそれでいいと私は思っている。(これは私の死生観)

ひとり残されたら猫とつつましく暮らすだけの私と違い、ミユキちゃんは4人家族で、夫氏にはまだまだ大きな役割があるはず。インスタントラーメン事件が勃発したあと、夫婦で話し合いを重ね、双方の努力の結果、互いに歩み寄ることができたらしい。心底ホッとした。

病を抱えた人の気持ちが本人にしかわからないように、病人を支える家族の深刻さもまた、病人には届きにくい。いちばんしんどいのは病人だと言われれば、家族は黙るしかないのだ。

先日のテレビ番組で、重病から生還した人が、献身的なサポートを続けてくれた家族に感謝の言葉を述べているシーンが映った。それを見ていた我が伴侶、一体何を言い出すかと思えば、

「俺は退院後は自力ですぐ回復したから、やっぱり体力があるんだな」

あんぐり口を開けた私を、不思議そうに眺めている。

毎日食材をすりつぶしてお食い初めみたいな料理を作ったり、体力仕事もあらゆる用事もすべて一手に引き受けたり、大きな音を立てて傷に響かないよう掃除したり、そういう私の涙ぐましい努力が、彼の中で全部なかったことになっていた。無理もない。自分が辛い目にあったときの記憶は、いち早く消し去るのが人間の脳である。

とは言え、あの頃の怒涛の大変さを余さず覚えている私にとって、自力で回復したという彼の武勇伝的曲解はあまりにも衝撃的で、衝撃すぎて1分ほどまったく声が出せなかった。

テレビでは、家族の存在がいかに大きな助けになったかを、涙を流さんばかりに語り続ける人がいる。ふと、思い直した(というか、固まっている私に何かヤバいものを感じ取ったらしく)、

「まあでも、あれだな。自力ってことはないか」と呟いたあと、私の顔を正面から見て「ありがとう」と言った。開いた口がまだふさがっていなかった私は、そのあまりにも神妙な顔つきに、思わず吹き出すところだった。

右も左もわからないところからスタートして、懸命な努力を重ねているミユキちゃんにも、いまの苦労がちょっとオモロい話になる日がいずれ来る。支える存在がある人の、命は案外しぶとい。

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猫野ソラ 最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。