減塩離婚、回避
ねえみんな、1年前の「自分の感情」を覚えてる?
今は2026年7月。なので1年前をさすなら2025年の6月~8月あたりでしょうか。
何年も日記をつけている友人が、「日記を読み返すと、1年後に同じことで悩んでいることはそうそうない。それに気が付いてからは、今、こんなに苦しいけど、1年後はきっと悩んでいないと思うことにしている」と言っていたんです。すてきだよね。
年齢や経験を重ねた友人の言葉の有難さ。友人に限らないですが、あちこちで英知に富んだ言葉を摂取して日々生かされている。ありがとう世間。
それはそうと、1年前の自分の機微を知る手立てが紙に書いた日記である友人が羨ましい。自分はどうだろう。数年前に紙の手帳をやめてしまい、せいぜいスマホの中のSNSやカレンダーをさかのぼることくらいしか思いつかない。猫背でスマホを一生懸命スクロールしている姿が想像できる。なんかひどい。日記、つけようかな。紙とペンで。
この春、夫の大病で食生活の見直しが必要になった。
病院の栄養士さんから夫に渡された冊子には、「減塩を心がけましょう。塩分摂取量は1食2グラム以内。1日で6グラム以内が目標(要約)」と書かれていた。現代人は塩分摂り過ぎとかよく聞くけど、つまり塩分摂取量って何だ。塩分2グラムって何がどれくらいなんだ。塩のことなのか?醤油は?味噌は?ナンプラーは?
と、これを書き留めていたときに、友人猫野ソラがこんなnoteを!奇遇。
「1日6グラムの壁」タイトルのセンスよ。ソラちゃんらぶ。腎臓、大事にしてな。私は夫の心臓の寿命を伸ばすために高血圧、中性脂肪とLDLコレステロールに挑むよ。
高血圧の敵は、塩分。わりと耳にする言い回し。
低塩を心がけるなら成人の塩分摂取量は1日6グラム。ええと6グラムって一体どれくらい。ラーメン一杯完食したら6~8グラムだって。ソラちゃんもnoteの中で言っていたけど、ラーメンに限らず麺料理はスープだけじゃなく麺自体にも食塩は含まれるわけで。なんてことだ。
料理に含まれる塩分を細かく考えて調理したこと、あったっけ?いや、ないよなあ。
調味料の計量をすることはあるけれど、基本は目分量、味の目安は「しょっぱいか、しょっぱくないか。おいしいか、おいしくないか」塩梅というやつ。大事なのは、心地よく食べられるかということだけ。食材全体に味をつけることもあれば、食材の表面に岩塩のような粒の大きな塩でメリハリつけて焼くなんてこともある。しょっぱいとこと、まったく塩味のついていないとこ、このコントラストがいいのよね。アスパラとかキノコとか、焼くだけ塩パラリって美味しいよね。
で、減塩料理、低塩料理。
色んなものを読んだので、高血圧と塩は根深い関係があるのだと、人体のメカニズムを多少は理解した。食べ物と体、みたいな話は大好きなのでどれも興味深かったけれど、短期間でたくさん読み過ぎて頭がぱんぱんになった。
必要以上に情報を入れてしまったため、わが家の最適解について考えるのが疲れてしまった。なので国立循環器病研究センターが監修している低塩料理のレシピ本を買った。心臓疾患に関わるプロの手を借りて料理をしてみるのもいいじゃない。
本には、耳かきくらいの小さな計量匙が三つ、付録についていた。0.1ml、0.5ml、1ml。れ…0.1って、量れるの?


で、結果。余計に悩むことになる。
国循のレシピ本の基本は、調味料を抑える代わりに、八方だし(かつおだし、砂糖、塩、うすくち醤油を合わせた調味液)を利用する。八方だしは煮込みや味付けに使う(ここまでは普通の使い方)ほか、下準備で魚や肉、野菜を八方だしで漬けたり茹でたりして、食材に風味をつける……食材を……事前にだしで茹でるだと?????
ちなみに昆布だしは昆布自体に塩分が含まれているからだしもえんぶんがたかくなるそおだ。なのでえぬじーなのだ。なんてことだ。
で、気が付いたの。病院食イコール低塩料理、イコール「おいしくない」という常識。だから事前に食材にだしで風味を付けることで塩気の薄さ物足りなさを出汁の風味で補うのね。国立循環器病研究センターの栄養士さんの努力ってば。少しでも美味しく食べてもらおうという気概からのこのレシピ本。泣けるよね。
でも無理だ。私には無理だ。八方だしに漬けてから調理とか無理だ。そしてレシピには砂糖1.6グラムとか、薄口しょうゆ1グラム、おろししょうが0.4グラムみたいな超繊細な数字(付録の計量匙ではかる)が見える。レシピにも八方だしにも罪はない。八方だしなんてむしろ好き。でも我が家に必要な食事は、夫の食事だけではない。
国循レシピは4品ほどをレシピに忠実に作ってみた。そりゃこれだけ手をかけたらおいしくなるよなーと思い、この本のレシピは私にはつら過ぎるので、参考にするにとどめることに。(味はとてもよいです!そしてこれが習慣になってしまえば、なんら大変なことはないと思います)
それなら普段の調味料を減塩タイプにしてみたらよいのでは、と色々買いそろえてみた。調理に減塩タイプを使い、いつもよりも控えめの味付けにする。国循レシピせいかつは無理でも、少しでも塩分が低くなるなら。
減塩醤油
減塩味噌
減塩ポン酢
減塩めんつゆ
低塩、塩(わけがわからない)
おまけ 食塩ゼロゆでうどん
おまけ 減塩梅干し
今まで意識していなかっただけで、世の中は減塩にあふれていた。ニーズがあるから普通のスーパーにも売っているのだ。なんてことだ。食塩ゼロゆでうどんなんて、誰が買うんだ?と売り場に並んでいるのを横目に見て思っていたけど、今!ここ!夫に必要!
以下、実際に使ってみた感想。
減塩醤油
決して美味しくはないけれど、お浸しにかけるなど、後かけの用途ならあり。慣れれば舌が平気になるであろう減塩調味料ナンバーワン。しかし調理自体には向いていない。例えば牛丼の肉の味付けは、減塩醤油をどれだけ入れても入れても味が決まらない。鶏から揚げは、いつもの醤油量と同量で下味をつけたら全く味がついていなくて笑った。下味には塩分って大事。
減塩味噌
麹を多めにして塩分を控えている商品だったので、特に支障はなかった(手前味噌が麹多めのため)。味噌汁が少し甘め仕上げになる。魚や肉の味噌漬けもさほど問題なし。今回のことで世の中には食塩を使用していない味噌もどき調味料があると知り、度肝を抜かれた。
減塩ポン酢
味は軽めで酸っぱめ。酢や果汁、出汁が多めなんだろうなーという感じ。普段もポン酢にかんきつ果汁を足すことがあるので、食生活にそれほど影響なし。ただ置いていないスーパーが多く、ちょっと手に入りにくい。なんとなーく、ブドウ糖果糖液糖の割合が高そうと感じる。
減塩めんつゆ
当然だけどコクがない、キレがない。醤油の仲間だしそりゃそうか。そしてここに挙げた調味料の中でいちばん手に入りにくい。普段のものを薄めに使えばOKでは?という感じだからですねきっと。これもポン酢同様、ブドウ糖果糖液糖割合が高そうで気になる。
減塩 塩(だからわけがわからないってばよ)
塩分を控えた塩風調味料。で、絶望的にまずい。これをスープの味付けに作ったら最後まで飲めなかった。例えるなら硬水の後味のような舌に重く残る変な味。カリウムやマグネシウムが添加されているせいですね。売り場で「塩分50パーセントカット」のコピーを見たとき、うひょー!こんな塩があるの!と、飛びついて買ったものの、減塩調味料の中で、唯一、2、3回使ったあとに全て捨ててしまったものです。すまん。でも今後はこの塩しかつかっちゃいけませんとかになったら、私はしにます。
おまけ 食塩ゼロゆでうどん
コシがいまいちのような気がする。でもそもそも袋のゆでうどん。味に最上級を求めていない状況で使うので、つゆに飛び込ませてしまえばさほど気にならない。ちょっと割高。
おまけ 減塩梅干し
しにたくなる味でした。夫が消費した。
以上。なにかの参考になる?
でね、減塩調味料を買いそろえた頃、私の料理の味がとにかくヘンテコリンになったわけ。自分で作ったもの何もかもがおいしいと思えなくなりました。毎日毎日、塩分退散!と悪霊を祓うような気持ちで立つ台所。何を作ったらよいのかわからなくて、あんなに大好きだったスーパーへ行っても、何を買ったらよいのかがわからない。
「味がよくて塩分が低くて、栄養があって、家族みんなが満足できて、何より自分がおいしいと思えて、夫の血管に負担がかからない料理───」と、ぐるぐる考える日々。
そんなある日、台所のストックかごにインスタントラーメンの大袋2つが入っていた。ふ、ふたつ…?(都合8袋)ここのところ塩分死ねみたいな思考になっている私は、インスタントラーメンをしばらく買っていない。誰だろう、買ってきたの。あ、むすこかな。
夫でした。
きみ、しにたいのか。私が毎日どれだけ食事のことを考えているか知ってるのか。ランチが100パー外食になるのはちょっと問題あるってことで、15年ぶりにキミに弁当まで作っているのにどういうことだ。
カゴに納まったインスタントラーメンをひとつ叩き割ってゴミ箱に放り込み、買い物に行くふりをして外出した。全部を捨てられなかったのは私が主婦だからだ。かなしい。外へ出たところで行くところなんてなくて、結局いつものスーパーに入った。上から下までびっちり食品が並ぶ陳列棚を見ていたら突然涙が出てきた。やばい。
実は夫、インスタントラーメンの他にも、死にかけた病気をしたにも関わらず目に余る行動があったのだ。結局、人は外野からアレコレ言われても、自分で変わろうとしないどうしようもない。
この頃の私は、お店で手に取る食料品の全てを裏返し、食塩相当量の欄をチェックするようになっていた。チェックしたからといって買わないわけではないんだけど、表示を見ないと気が済まない。塩1キログラムの袋を裏返して食塩相当量を見ていたときは、自分がしょうもないことをしているとハッとして笑ってしまった。塩は塩だろうが。夫は一体、どういう気持ちでインスタントラーメンを買ってきたんだろう。
家に帰って減塩梅干しを舐めた。まとわりつく甘い後味とわざとらしいかつおだしのにおい。絶望的に不味かった。なんでこんなもの売っているんだ。そしてなぜ、こんなものに私はお金を出す事態になっているんだ。
自分が仕込んだ梅干しをちぎって口に入れた。塩分18パーセント。きっちりしょっぱくてかなり酸っぱい。でも2年前の仕込み品のせいか、塩気も酸味もまろやかになっていてびっくりするほど美味しかった。
梅干しを食べてなぜか正気になった。夫が心配だったのと同時に、私はこの台所から自分の手で食卓にまずいものを出したくなかった。私にとって料理は生活の一部で、毎日を心地よく過ごすための手段。面倒に思うことも多々あるけど、もしかしたら料理ってセラピーに近いのかもしれない。
後日私は、神保町の三省堂にいた。
店内はリニューアルされて本の博物館みたいなつくりになっていた。高さの違う棚があちこちに並び、見ているだけで時間が潰せる。2階の新書コーナーは、アールの壁で小さく区切られた小部屋のようなスペースがいくつも並んでいてわくわくした。新書ってのは、どうしてこんなにも人の心の奥まで入り込んでくるタイトルばかりなのか。
そして見つけた一冊。

著者の中尾正一郎先生は循環器内科医。自分の体調管理のために、あるときから自ら(ご夫婦)で塩分糖分なし生活をしている研究者です。自宅では料理に塩と砂糖を使わないそう。そして台所に塩味噌醤油を置いていないというツワモノ。
高血圧や塩分、そして人間の体についての専門的で難しい話がとてもわかりやすく書かれていて、さすが新書!という内容(新書好き)。世の新書編集者さん、ありがとう。
中尾先生によると、砂糖と食塩を摂らない生活は体を激変させるとのこと。特に血圧。
えー?塩って体に必要じゃないの?と思うでしょう。熱中症対策には水分と塩分!なんて大騒ぎになっているし。でも体に必要なのは食塩ではなくナトリウム。砂糖や食塩を摂る習慣のないイヌイットやヤノマミの人たちに高血圧という病はないそうです。ナトリウムは食材自体から摂る量でじゅうぶんらしく、ナトリウムに着目すると発汗時の補給物、そこに「食塩」は必要ないんだって。なんてことだ。
で、目から鱗だったのは、汗をかいたら水分と塩分とらなくちゃというのが昨今の常識じゃないですか。だよね〜、汗ってしょっぱいし塩をとらなきゃ!と思ってた。でも違った。中尾先生は普段から塩分を摂っていないから、汗がしょっぱくない。ということは塩分が出ていっていない(※)。すなわち汗かいたとて新たに塩を摂る必要がない。必要なのはナトリウムなので、中尾先生はあまりに汗をかいたときはだし汁を飲むらしい。
(※塩がNGなのではありません。塩を摂るのが推奨されているのは手っ取り早くナトリウムが体に入れられるから)
中尾先生が食塩を摂らない生活をするようになってから、犬が汗をなめにこなくなったという。 イッヌよ……!
塩分タブレットや塩飴、経口補水液。汗をかいたら、ほら塩!ほら水!と思ってそれらを摂取していたけど、それが絶対の正解ではなかったなんて。(もちろん、体調に合わせて塩分は適宜取ることが大事。中尾先生は医者であり研究者なので、狂気なまでの無塩生活なのです)と、ここまで書き終えたところで再び猫野ソラのnoteが更新されていた。
https://note.com/nekonosara/n/n34229bcee850
岡山へ飛んでいって塩分について語り倒したい。
さて長くなりましたが、中尾先生の本を読んで私が辿り着いた答えは、足し算塩分。塩分は低くという考えがそもそも引き算的考えで、普段の料理から塩分を減らすというもの。めんどう。じゃあどうするのん? そう、中尾先生も言っている
調理段階において塩で味をつけない
ちょっと!なんてことだ!
そうですよ。味は食卓で足せばいい。醤油ぽとり、塩ぱらり。ポン酢も中途半端な減塩タイプではなく、きちんと美味しいものをポトンとたらす。蒸す、焼く、茹でる調理を基本に、「料理をし過ぎない」作戦。
そのかわり肉や魚には酒や酢を使って下処理、生姜やわさび、スパイスでパンチをプラスしておく。そうだよスパイスは塩分ゼロ!!!!この時のための私のスパイス師匠だったのか、と友人渡邉真澄さんの本を再び熟読。

当然、料理によっては味の後付けでは成り立たないものがあるけど、それはそれ。そんな料理もたまには作ろう。料理だってハレとケ。引き算よりゼロからの足し算、蒸した肉にちょんとポン酢。ぱらりと塩。いいじゃないか。これをメリハリのある食生活だと考えられるようになり、6月のある日、やっっっと私は肩の力が抜けました。
憎き減塩梅干しのプラケースを眺めながら決めました。買い揃えた減塩調味料は、使い切ったら買い足さず、美味しい調味料を大事に少しずつ使う生活にしよう。

6月下旬、私はあわてて和歌山の農家さんに大粒の完熟梅を注文した。梅を漬けようという気になった。今年の梅干しは、いつもよりちょっと控えめ塩分16%と15%にした。

最近は、一度に大粒の梅干しひとつを丸ごと食べるなんて、私でもしない。美味しい梅干しをお湯や出汁、みりんでのばして後付け調味料として使うならよいではないか。
そんなこんなで、一時は家の中の雰囲気がわが家史上最悪に暗くなり、もう大人だと思っていた子どもたちまで泣き出した。なんとなく気がついてはいたけど、家族の誰より「私」のコンディションが家の中の雰囲気を左右する。(重責過ぎて吐きそうである)
でも食事の方向性が決まったところで、これが他になんの悩みもない私の役割なのかもしれんと、腹を括るに至った。
夫とは話し合いに話し合いを重ねて、私の気持ちを話し、彼の気持ちも聞いた。意外な話がごろごろ出てきて、面食らうこともあった。夫婦ってやはり他人なんだ。対話がないと、足並みが揃えられない。
少し元気が出てたところで、ひょろひょろとした茎で大量の葉っぱを出していたクワズイモの鉢植えの手入れをした。ふわふわな土を足して肥料を与えてベランダに出し、初夏の陽をたっぷり浴びさせると、数日してこれまでとは違う茎が太くて大きな葉が顔を出した。
「根や茎が成長しないまま、ひょろひょろ無駄に長く伸びることを『徒長』って言うんだってー」と夫に言ったら、「人間の勝手だよな〜」と穏やかな声が返ってきた。勝手か。確かに。
そういや、彼とこんなのんびりした話をしたのは久しぶりだった。
いい大人を思い通りにしようなんて、なにもかもが私の勝手なのか。それなら台所を預かる者の役割は、一体どこを落としどころにしたらよいんだろう。
透明のきれいな梅酢が上がった山吹色の梅をながめ、友人の言葉を思い出す。
「1年後に、同じことで悩んでいることはそうそうない」
冷蔵庫にはまだ昨年と一昨年の梅が残っている。この梅を食べるのは1年後か2年後か。
私はこの春の出来事を反芻し、私の1年の区切りは梅仕事の時期にしようと決めた。来年の夏、私は一体何を悩んでいるんだろう。ジップロックの中のふわふわした可愛い梅をつつきながら、そんなことを考えた。
続く。
次回、夫婦の対話とパートナーシップについて(ここから本番)
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただきありがとうございます。面白いと感じたら、スキのハートは会員じゃなくてもポチっとできますのでぜひ。励みになります♪