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「アーカイブ・サテライトの園」第6話

●あらすじ

人工知能と人工意識を搭載とうさいしたアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法ごとうしげのりは、不審ふしんな死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子ゆきしまときこと、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅かぶきかずし、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角あらかどから協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。


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専門用語ばかりの文章が、天井全体に浮かんでいる。まるでプラネタリウムだ。文字が引き伸ばされすぎて読みにくい。コンタクト型デバイスの自動空間調整機能の設定をいじれば、床で寝転がりながら論文を読めるのではと試してみたが、無理そうだ。

「のり君、カセットテープっていうのも、気になるんだよなぁ」

ソファに座っているエリコが喋り始めたところで、ホログラム画面を閉じ、窓のほうに首を動かす。太陽光が寝不足の眼球を焼いた。うめいて立ち上がり、カーテンを閉めてエリコの隣に座る。

人形のように姿勢正しくソファに座るエリコが、微笑ほほえみかけてくる。最初は違和感のかたまりだったエリコの幻影。2時間ごとに一言、何かしら発声するように設定してみると、散らかった部屋に馴染なじんできた。

「……論文を解説してくれたら、大助かりなんだけどな」

思わずぼやいたら、不思議そうな表情をされた。一度、論文を理解できるかどうか試してみたが、このエリコはずっと困惑こんわくしているままだった。やはり自分でなんとかするしかない。論文にかじりついてはいるが、日に日に疲弊ひへいしていく頭と身体では、余計に混乱するばかり。

エリコの知人たちと会って話を聞いてみたが、捜査に役立ちそうな情報は得られずじまい。エリコは一見、明るく社交的なようでいて、心の深い部分は誰にも触らせなかった。俺にさえ。だから最初から成果は期待していなかったが、ただ1人、気になっている人がいる。エリコと特に仲の良い同僚だった、荒角あらかどという女性研究員だ。ずっと何か言いたそうなそぶりをしていた。もう一度話を聞こうと、エリコの職場だったルミノシティ研究所にも行ってみた。しかし、いくら事情を説明しても、一般人の俺を入れてはくれなかった。機密情報のセキュリティは杜撰ずさんなくせに。思い出すと今も腹が立つ。

「疲れたら休み時だよ、のり君」

俺が疲れているとエリコはすぐに察知して、休めと言ってくれた。才能豊かな楽観主義者で、どんな壁も軽やかに乗り越えるエリコがねたましくて、言葉を素直に受け取れなかった。悔やんでいることの1つだ。

「……そうだな、ちょっと休む」

ソファに身体を預けようとして、頭の置き所がないことに気付く。少し迷ってから、頭をエリコのひざに静かに降ろしてみる。しかし後頭部はエリコの膝をすり抜けて、座面に当たった。頭部がエリコの膝に埋まっている。妙な状態になってしまった。このエリコはただのホログラム映像。そりゃこうなる。自分の滑稽こっけいさに笑ってしまう。ホログラム映像の内部からは、全てがゆがんで見えた。

「エリコ、お行儀ぎょうぎよく座ってなんて、なかったろ。楽にしていいよ。いつも通り、考え事しながら折り紙の鶴を大量に作ったり、古い家電を分解して遊んだり、自由にしていいんだぞ」

エリコの行動に関する情報が足りなかったのか、メモリアル・パレスのエリコは基本的に立っているか座っているかというような、単純な行動しかしない。時々「狐の窓」のような手遊びはする。しかし最初に起動した時のように、取り込んだ情報にないはずの言葉を発することは、一切ない。

片手を伸ばしてエリコの頬に触れてみるが、感触はない。指先がむなしく冷えていく。こめかみも冷たい、と思ったら涙が流れていた。偽物にせもののエリコに救われているのか、奈落ならくの底に誘われているのか。どちらなのだろうと考えかけて思考を止めた。俺を見下ろすエリコが、微笑んでいる。

ピアス型携帯から大きな音が鳴って、目が覚めた。短い着信音が鳴り終わると、冠木かぶき警部、と合成音声が発信者を伝えてくる。そして再び着信音が鳴り始めた。上体を起こし、乱暴に目元をぬぐいながら電話に出た。

「……通話オン」
「あー、お久しぶりです。冠木です」
「冠木さん、久しぶりです。あの、ずっと謝らなくてはと思っていて。前に失礼なことを言ってしまって……」
「ああ、いいんです。俺の言い方が荒かったせいですよ。こちらこそ、すみませんでした。キャスにも無神経だって、よく叱られるんです。ははは。ちょっと五塔ごとうさんの家の近くまで来たものですから、元気かなぁと思いまして電話しちゃいました」
「今のところは、元気です」

沈んだ声で嘘を吐いてしまった。

「それなら良かった。そういえば、あれからシニアホームに一度も顔を出されてないらしいですね。時子さんも心配してましたよ」
「本当に時子さんにも失礼を……今度顔を出して直接謝ってきます」
「はは、怒ってなんかないですよ。キャスも俺も時子さんも、ただ五塔さんが心配なだけです。そうだ、もし今お時間あるなら近況報告会でも開きませんか。ちょうど今、五塔さんのマンション近くのストアにいるんです。キャスの充電がなかなか終わらなくて。俺の話し相手になってくれると助かるんですが」
「……分かりました。ちょっと待っててくれますか。2分くらいで着くと思うので」
「了解です」
「通話オフ」
「のり君、お出かけ?」

生前せいぜんと全く同じように尋ねてくるエリコを見つめながら、メモリアル・パレスも終了させた。


巻き付けたマフラーの繊維が、首元の薄い皮膚を刺激している。片手で乱暴にマフラーを緩めながらストアへと急ぐ。ストアへ行くのは久しぶりだ。

様々な商品をあつかっているストアに行けば、日常生活に必要なものは手に入る。しかし、ネットストアで注文すれば、すぐにアンドロイドがあらゆる商品を家まで配達してくれる時代だ。好き好んで現実世界のストアで買い物をして、時間と労力を浪費ろうひする人間は珍しい。それに仮想世界にはディスプレイやサービスにっている魅力的な店がたくさんある。国際政府が運営しているストアの陳列ちんれつや外観、サービスはどの店舗でも同じでつまらないということも、現実世界での買い物がすたれた理由だろう。俺もストアで長居するのは気が進まない。自分が巨大な機械の部品になったような気がするからだ。

「おっと、ごめんなさい」
「あ、申し訳ありません」

かどを曲がった時、大きな荷物を台車で運んでいる配達員とぶつかりそうになった。アンドロイドであろう配達員は、重そうに台車を押している。電力不足なのだろう。どのアンドロイドも人間より数倍は力持ちだ。しかし動力源である電力が少なくなると、人間と同じように疲弊ひへいして力を出せなくなる。

働くアンドロイドが増えるにしたがって、アンドロイドのエネルギー切れ防止のための設備、給電所が街中に設置されるようになった。給電所の見た目は大昔の通信設備、公衆電話とそっくりだ。レトロマニアなエリコは旅行先でも給電所を探し、見つけると必ず写真に収めていた。

白地に緑色の文字という特徴的なストアの看板と、こちらに手を振る冠木さんの姿が見えてきて、歩く速度を上げた。ストアの駐車スペースの片隅かたすみに給電所が並んでいる。どの給電所にも、たくさんのアンドロイドが並んでいた。

「いきなり呼び出してすみません。証拠品の返却でここら辺を回ってたんですよ。キャスは今あそこに。給電所があんなに混んでいるなんて珍しいですな。署で充電しておけば良かったってなげいてましたよ」

冠木さんが指差した先に目をらすと、給電所の行列の中にキャスさんがいた。直立不動のアンドロイドたちが、きっかり等間隔とうかんかくに並んでいる様子は少し不気味だ。

「備品管理課、ですよね?証拠品の返却もするんですか?」
「俺たちは、なんでも屋です。暇だろうからって便利に使われてます。いつも暇ってわけでもないんですけどね。ふぅ、寒い。ストアの中に入りましょうか」

寒風かんぷうに肩をすくめた冠木さんとストアに逃げ込む。暖かい空間に出迎えられて、身体中の緊張が緩んだ。ストアの白い壁や棚には、隙間なく商品が陳列されている。セルフレジの端末機の近くには1人、店員らしきアンドロイドが立っていた。店の奥には店内を清掃しているアンドロイドもいた。客は俺たち2人だけのようだ。

「温かい飲み物でも。何がいいですか?おごりますよ」
「いえ、俺が払います。おびと言ってはなんですが、おごらせてください。その、本当に失礼なことを言ってしまって……暇つぶしで事件に関わっているなんて……すみませんでした」
「あれは本当に俺が悪かったんですから、気にしないでください。それにしても安心しましたよ。五塔さんが元気でいてくれて、また俺と話す気になってくれて。うーん、俺はホットレモンティーにしようかな。もう携帯出しちゃったんで、やっぱり俺が払いますよ。五塔さんは?どれにします?さぁさぁ、早く早く」

急いでピアス型携帯に触れ、手元に小さなホログラム画面を出す。決済用アプリを探すが、すぐに見つからない。最後にいつ使ったのか、思い出せない。普段の買い物は仮想空間で済ませているので、現実世界で代金を支払うこと自体が、久々なのだ。板状の携帯を軽く左右に振りながら、俺をかしてくる冠木さんに降参する。

「ええと、じゃあホットココアで……お願いします」
「了解です」

あーあ、かっこ悪い。きっとそうエリコに言われてしまう。冠木さんはセリフ飲料コーナーへと走り寄り、手早く注文して携帯をパネルにかざした。しばらくして戻ってきた冠木さんは、両手に大きな紙コップを持っていた。

「へへ、間違えて一番大きなサイズを選んじゃいました。熱くて重いですから気を付けて」
「おっと、ありがとうございます」

ガラス張りの飲食用スペースに移り、椅子に座った。テーブルに置いたココアの甘い香りに誘われて、コップのふちに口をつけてみるが、とんでもない熱さに口を離す。冠木さんは外を眺めながら、呟いた。

「飲み物コーナー、相変わらずお酒の種類ばっかり増えてました。飲酒しながら仮想世界に入り浸る人が多いからでしょうね。ままならない現実を忘れて、天国みたいな仮想世界にずっと浸っていたい気持ちも、わからんでもないです。でも俺は、もう現実も仮想も変わりないんじゃないかと思いますよ。人間がたくさんいる場所は、どこでも混沌こんとんと化しますから」

しみじみとした語り口に、懐かしい感覚がよみがえってきた。

「混沌……か。そうですね。仮想世界を楽園だと思っている人も大勢いる。でも肝心かんじんの人間があやまちを繰り返すなら、すぐにユートピアはディストピアになって、また新天地を追い求めることになるでしょうね。堂々どうどう巡りですよ。アーキビストになって、そう思うようになりました。いつでもどこでも、人間とアンドロイドは星の数ほどのデータを生成する。アーカイブ・サテライトに送るデータ量の多さを目の当たりにしていると、人類の未来が明るいとは、とても思えなくなりました。あのデータ量を維持する電力は、相当なものだ。確保し続けられる保証は無い。電子データより少ない電力で扱える光子データに切り替わった時、もう電力の問題は解決したと俺も思いました。それでも、たった10数年で状況は逆戻りだ。光子でさえ、人間の欲を満たすには足りない。電力不足で、あっけなく仮想世界は消えてしまうのかもしれません……。光子データの濁流だくりゅうの中で、おぼれる夢をよく見るんです。何かを掴んでも手からすり抜けていく。最後に陸地に引き上げてくれるのは、いつもエリコで……」

少し冷めたであろうココアの表層部分をすする。カカオの香ばしい風味と強烈な甘さで、目が覚めた。やはり疲れた時にはココアに限る。そういえば最近は家で作っていなかった。

「アーキビストも警察官も似てますな。仮想と現実のちょうど狭間はざまに立っている。我々のいる場所が、一番現実に近い場所なのかもしれません。はは、ちょっとかっこよすぎますかね。あ、そういえばココアお好きなんですね」
「まぁ。昔から家でも自分で作って飲んだりしますよ。疲れた時の糖分補給にちょうど良くて」
「へぇ~。粉末のココア、最近買ってないなぁ。息子が家を出る前は俺も時々買って、作ってましたよ。俺もココアにすれば良かったなぁ。あちっ」

ホットレモンティーを飲もうとして、カップから口を離した冠木さんの横顔を、まじまじと見る。意外と白髪しらがしわが多い。

「息子さん、いらっしゃるんですね」
「ええ、若い頃に男の子を1人迎えました。結局ずっと独身のまま、子育てしましたねぇ。小さい頃は可愛いやんちゃ坊主でしたが、反抗期の頃から何考えてるのか分からない奴になってしまって。大学進学と同時に家を出たら、ろくに連絡もしてきません。まぁ自業自得じごうじとくですけどね。俺は駄目な父親でしたから。親らしくって肩肘かたひじ張るほど、あいつは離れていきました。でも俺らしく振舞っても、上手くいかない。もうどうすりゃいいんだって感じですよ。迷い続ける内に大学受験が終わって、どっと肩のが下りました。ちょうど同じタイミングで捜査のやり方も変わってしまって、仕事にも身が入らなくなって。親になれば、仕事に打ち込めば、理想の人間になれると思ってたんです。でも変わらなかった。俺はずっと、その場しのぎの上手さだけで生きてきた人間です。古いことわざにありましたね。ええと、三つ子のたましい、百までってやつだったかな」

やっとレモンティーをちびちび飲み始めた冠木さんは、にやりと笑った。

「俺のこと強いって、言ってくださったでしょ。実際はこんなもんです。刑事時代の功績こうせきなんて、ほとんど時子さんのおかげです。今もほとんどキャス頼みだ。親としても駄目で。失望しました?」
「いえ、子育ても仕事も1人でこなすなんて、ご立派だと思います。何も知らずに冠木さんにあんなこと言って、失望されるのは俺のほうです。本当に申し訳ない」
「ああ、ちょっとした笑い話ですから。笑ってやってください。本当にもうお気になさらず。五塔さんも話したいことがあったら、気楽に話してくださいよ。聞き役くらいにはなれると思いますから」

頭を軽く下げながらココアをすする。胃が底のほうから温かくなっていく。

「警部、五塔さん、お待たせしました」

後ろから張りのある声がして、振り向けば完璧な角度の敬礼をしているキャスさんがいた。

「お、たっぷり食べて元気になったみたいだな」
「ええ、満腹ですよ。五塔さん、また会えて嬉しいです」
「あ……あの、前回は失礼しました」
「失礼なことなんて何も。強いって、警部以外に言ってくれる人なんていないので、ちょっと感動しました。ありがとうございます。あはは、お礼を言うのは変かもしれませんが」

キャスさんの右側だけの笑顔が、純粋無垢じゅんすいむくに輝いている。しかし、そのせいで顔面の左側に広がる傷の痛々しさが、一層際立きわだっていた。

「さて、3人揃ったら最後の1人です。実は時子さんから伝言を預かってましてね」

そこまで言って、冠木さんは残っているレモンティーを一気に飲み干した。

「ぐっ、ごほ、ええとですね、時子さんが言うには、やはりあの論文に関係する人間から当たってみるのがいいだろうと。つまり職場関係の人間ですね。エリコさんは仕事一筋ひとすじで交友関係は狭く、恨まれるような性格でもないということなので。それで次の捜査の計画を立てているところなのですが……」

冠木さんは真剣な眼差しで俺を見た。

「五塔さんは、本心からエリコさんの事件の再捜査を望んでいるのか。それを確認してきてくれと、時子さんから念を押されました。捜査に協力する気があるのかということではなくて、きっとそのままの意味です。真実を知ることは義務じゃありません。心の安寧あんねいのために、あえて真実から目をそむけて生きることも、選択肢の1つです。知らないままのほうが良かったと、捜査が終わった後に苦しむ遺族たちもいます。俺は直接見てきました。強さ弱さは関係ありません。良いも悪いもない。これは五塔さん、あなたの一生に関わる大切な選択だ。よく考えてください」

俺の本心。エリコの死を掘り返せば、期待通りの真相しんそうにたどり着けると思っていた。泥のような感情を正々堂々と投げつけられる相手を、得られると思っていた。だから今、俺は頭を殴られたように、何も考えられないのだ。期待通りの事実なんて、今までに一度でもお目にかかったことがあるだろうか。完膚かんぷなきまでに打ちのめされる現実が、待っている可能性のほうが大きい。

ストアに疲れた顔をした大人たちが入ってきた。他人の気配が遠く感じる。

「……すぐに答えを出せとは言いませんから、ちょっと考えていてほしいなと。また来週にでも、ここで世間話せけんばなししましょう。答えが出ないままでもいいですから。キャスそろそろ行こう。では失礼します」

冠木さんがカップをゴミ箱に捨て、去っていく様子がスローに見える。心配そうに何度も振り返ってくるキャスさんは、とうとう俺から目線をはずした。

「俺は知りたい!」

思った以上の大声が出て、自分で驚いた。冠木さんとキャスさんも驚いて俺を振り返った。四方八方から視線を感じる。

「知りたいです。本当のことが知りたい」

感情のたかぶりを必死に抑えながら、絞り出すように言葉を発する。厳しい顔つきの冠木さんが、つかつかと歩いてきた。

「そうでしょうとも。一緒に捜査しましょう。まずは飲み切らないと」

一気に表情を緩めた冠木さんは、俺の手にあるカップを指し示す。残っていた生温なまあたたかいココアを勢いよく、あおった。


第5話 もくじ 第7話

★お読みくださり、ありがとうございます!自分の好きな飲み物がバレてしまう…!

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水原月(元水月suigetu) お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。

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