「アーカイブ・サテライトの園」第5話
●あらすじ
人工知能と人工意識を搭載したアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法は、不審な死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子と、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角から協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。
首元を温めようとモッズコートの襟を引っ張ったら、くしゃみが出た。キャスさんが差し出してくれた数枚のティッシュに、頭を下げながら手を伸ばす。
「警部、戻ってきませんね。広場の周りを見てくるって、どこまで行ってしまったのか。五塔さん、温かいコーヒーでも買ってきましょうか?」
心配そうなキャスさんの申し出を片手で断り、鼻をかむ。広場には相変わらずアンドロイドと子どもしかいない。冠木さんの携帯から漏れ聞こえてきた、母親の面倒そうな声が耳の奥で再生される。俺の母親だった人の声と、少し似ているような気がした。
「……やっぱり子どもは可愛いです。僕の身体の中には、キッズシッター用の機体の部品が紛れ込んでいるのかも」
広場で走り回る子どもたちを眺めながら、キャスさんがぽつりと零した。
「……交番勤務に戻りたいですか」
「……そうですね。でも戻りたくない。矛盾してます。一度アンドロイドの同僚たちに尋ねてみましたが、僕のような矛盾を抱えることはまず無いと。傷を負った時に、頭部の電気回路に問題が起きたのではないか、と真剣に心配されてしまいました。変ですよね、僕」
「変じゃないですよ。少し人間に近いってだけじゃないですか。アンドロイドになりたがる人間だっているんだ。気にすることないですよ」
「はは、ありがとうございます。……あの日、交番の前に木箱が置いてあったんです。子どもたちの悪戯かと思って、その木箱を開けてしまいました。あの時、近くにいたのが僕だけで本当に良かった。あの後もしばらく交番にいたのですが、僕の見た目がショッキングすぎると、近隣の方から本部にクレームが入るようになって。いつも通りに接してくれる子もいましたが、ほとんどの子は僕の顔を見て恐怖していました。存在するだけで、守りたい人々を怖がらせ、困らせてしまう。どうにも耐えられなくて、自分から異動を願い出ました。自分から逃げたのに、あの場所に帰りたいと時々強く願ってしまうんです」
「……矛盾するのが人間です。俺もそうです。くだらないプライドを守るために、エリコと向き合うことから逃げていたのに、今になって本当のエリコの影を追ってる」
風が首筋を冷やす。身震いして座り直した。キャスさんは薄い上着1枚という姿だが、全く寒くなさそうだ。
アンドロイドは人間よりも痛みや温度変化に強いらしい。同じような問題を抱えていても、同じように感じているかは分からない。アンドロイド特有の苦しみや葛藤もあるだろう。
「おーい!こっちに来てくれ!」
広場中に響き渡った声に驚いて振り返れば、芝生と林のエリアの境に冠木さんが立っていた。隣には若い女性と小さな女の子が立っている。女の子は女性の足に抱き着いているようで、顔は見えない。走り出したキャスさんを追いかけるが、すぐに離されていく。やっと到着した時には、俺だけが息切れしていた。
「警部、携帯の無線通信を使えば僕の耳に直接届きますので。僕を呼ぶ時はどうぞ使ってくださいと、何度も申しましたが」
「ああ、そうだった。すまん。この距離なら聞こえるだろうと思って」
「はぁ、はぁ、冠木さん、この方たちが目撃者、ですか?」
「そうです。キッズシッター用アンドロイドのアンナさんと、風香ちゃんです。えー、こちらの2人は私の部下と……同僚です」
冠木さんの適当な紹介の後、アンナさんと会釈し合う。風香ちゃんは、アンナさんの腰に顔を埋めたままだ。
「では、アンナさん、さっそく当時のお話を聞かせていただいても?」
「はい……」
「証言記録によると、あなたが第一発見者になっています。ベンチで倒れていた女性を見つけたのですよね?その時そばに誰かいませんでしたか?広場に見慣れない人間がいた、とかでもいいのですが」
「……いいえ……特には」
声を絞り出すように答えるアンナさんは、ずっと目線を下に向けている。緊張している、というよりも、何かを恐れている、のかもしれない。
「アンナさん、どうか気楽に。以前の証言と食い違っても、あなたや風香ちゃんに悪いことは一切起きません。保証します。どうか信じてください」
冠木さんの説得に、アンナさんの目線が泳いだ。きっと何か知っている。俺は衝撃に備えて、細く息を吐いた。
「……本当は、本当は私ではないんです。最初に遺体を見つけたのは、風香ちゃんなんです。あの時、尋常じゃない様子で泣いていて……私が駆けつけた時には、遺体の周りには誰もいませんでした。風香ちゃんは特に繊細な子で。緊張すると声が出なくなってしまうんです。当時はとても、警察官からの質問に答えられる状態じゃなかった。だから私が代わりに……。申し訳ありませんでした。あの時のことはまだショックなようで、私が聞いてみても口を閉ざしてしまいます。どうか優しく聞いてあげてください」
アンナさんはかがんで風香ちゃんを抱きしめた。
「風香ちゃん、私がずっと付いてる。だから、あの時のこと、おじさんたちに話せないかな?ほんの少しでもいいから」
アンナさんに強く抱き着いたままの風香ちゃんの横に、冠木さんがしゃがみ込んだ。片手にはいつ着けたのか、犬のパペット人形がはまっていた。
「わんわん。犬のお巡りさん、困ってしまっているんだ、わん。風香ちゃんに手伝ってもらいたいんだぁわん」
吹き出しそうになったが、咳払いでごまかす。風香ちゃんは犬のパペット人形を気に入ったようで、ようやく顔を見せてくれた。
「あの時ベンチで倒れていた女の人の近くに、誰かいなかったかな、わん」
「……いた」
か細い声の返事に動悸と冷や汗が止まらなくなる。誰かいた。やはり殺されたのか。エリコを殺した人間が、この世にいるのか。
「……その人はどんな人だったかな、わん。男の人かな、女の人かな?何色の服を着てた?髪はどんな感じ?」
「……男の人。黒っぽい服だった。髪の毛は、短かった。しーって、秘密ねって指を立てて、それで……」
想像上の犯人の姿が鮮明になっていく。同時に激しい感情も生まれ、身体の中心で渦を巻いていく。目眩がして、後ろによろけた。
「わっ、五塔さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……すみません」
寄りかかってしまったキャスさんに謝り、目線を前に戻すと風香ちゃんと目が合った。風香ちゃんは目を大きく見開き、素早くアンナさんの後ろに隠れた。
「あっ。あれれ、風香ちゃん、わんわんだよー。どうしたのー?心配だわん」
風香ちゃんは冠木さんのパペット人形にも、一切反応しない。アンナさんの腰に顔を強く押し付けながら、少し震えている。
「あの、これ以上はもう無理です。お引き取りください」
アンナさんは風香ちゃんを抱き上げ、日当たりのいい場所に走っていった。呆然としたまま見送っていると、キャスさんが深々と頭を下げてきた。
「すみません!きっと僕の顔のせいです。怖がらせてしまいました。僕はここに来るべきじゃなかった。本当に申し訳ない」
「いえ、俺のせいです。初めからキャスさんは後ろに下がって、完全に気配を消していたじゃないですか。さっき俺はきっと、怖い表情をしていました。証言を聞いていたら、たまらなくなって。こちらこそ、すみません」
「誰のせいでもないですよ。捜査は思ったようにはいかんものです。キャス、新しい証言は録音できたか?」
「はい。……今、捜査記録も更新しておきました」
「そうか。機械音痴の俺じゃ時間かかるから助かる。お前はいてもらわなくちゃ困るぞ。俺の相棒としてな」
冠木さんはパペット人形を取り外して、トレンチコートのポケットに突っ込んだ。必要だと人に言われたことなんて、俺はあるだろうか。エリコにとって俺は必要だったか。自信がない。
「じゃ、戻って時子さんに報告だな」
歩き出した2人についていこうとするが、足が動かない。
「冠木さん、エリコは殺されたってことですよね?」
2人の足元を凝視していたら、言葉が口から転がり出た。何か話さなければ、窒息してしまいそうだ。留めておけない勢いで増殖する暗い感情が、俺の首を絞めている。
「殺されるなんて。なんで。どんな理由があろうと絶対、許せない……。でも俺、良かったって一瞬思いました。自殺じゃ、なかった。俺のせいじゃなかったと、心から安心しました。犯人の男も、弱い俺自身も、憎い。許せそうにない。罰して罰されたい。でもそれが叶ったところで、意味があるんでしょうか?許せるわけがない。罰する以上のことを、望んでしまう。それが叶っても、無意味だろうに」
ああ、またやってしまっている。感情を抑えることができない。弱い自分を少しは克服できたと、勝手に思っていた。俺はやはり弱いのだ。
「……まだ殺人だと断言できませんが、殺人の可能性は高くなりましたね。これから時子さんと捜査をもっと進めれば、はっきりしますよ。五塔さん、犯人を憎むのは当然だ。自分を責めてしまうのも仕方のないことです。苦しむ自分を否定しなくていい」
「カウンセラーみたいなこと、言いますね。俺が弱く見えるでしょう。暇つぶし感覚で他人の事件に首を突っ込めるくらい、冠木さんたちは強いのだから。本当に俺は弱い。あなた方に頼っていたら俺は、もっと脆くなってしまう。俺はエリコを殺した奴を、この手で捕まえたい。そのために強くありたいんです」
頭に上る血に抗えないまま、踵を返して走る。なんて弱いのだろう。どうか助けてほしいと頼む勇気も、無いなんて。
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