「アーカイブ・サテライトの園」第4話
●あらすじ
人工知能と人工意識を搭載したアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法は、不審な死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子と、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角から協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。
あの日から止まっていたカレンダーの時間を、一枚ずつ切り離して進める。今月のページまで破りそうになって、慌てて手を止めた。もう残り少ない。紙のカレンダーなんて必要ないが、エリコが残したものだから捨てられない。足元に散乱するカレンダーの抜け殻が、エリコの死んだ日から経過した時間の長さを物語っている。
ゴミ袋を広げ、部屋中のごみを回収する。いくら徹夜して調べても、論文の秘密は暴けそうにない。そこで、まずは人間らしい生活を取り戻すことにした。ほんの少し動くだけで息が上がる。情けなさに笑ってしまった。体力も取り戻さなくては。
いい加減な掃除を終わらせて、モッズコートを着込む。ピアス型携帯を右耳に着け、財布と鍵をポケットにねじ込んだ。玄関のドアを開けると、ひんやりとした風がのど元をくすぐる。マフラーを取ってくるか迷ったが、結局そのまま外に出て鍵を閉めた。
マフラーの収納場所を思い出しながら、現実世界の道を歩く。色彩を失っていく街の景色に、少し安心する。冬に向かって、時間の進みが遅くなるような気がするからだろうか。エリコがいなくなってから、いっそ時間なんて止まってしまえと思っていた。しかし、あのシニアホームに通い始めてから、ちょろちょろと流れるのなら許せる気がしてきた。まさに秋から冬にかけての速さが、今の俺にはちょうどいい。今の俺の中では、そんな速さで時間が流れているのだ。
対照的に、兼平さんの中では時間が猛スピードで流れている。毎回、数日ぶりの再会が半年ぶりの再会になる。季節なんてお構いなしに。どうせ時間の速度が上がるなら、あのくらい速くなるほうがいい。流星のように全てが過ぎ去るなら、どんなことにも耐えられるだろう。
シニアホームが見えきた。玄関先で掃除をしているクロエさんと目が合った。
「こんにちは。お掃除、ご苦労様です」
「五塔さん、こんにちは。枯れ葉が少なくなってきたので楽ですよ。もう冬なんですねぇ。時子さん、自室で待ってらっしゃいますよ。井ノ坂さんは今日、入浴介助の日だったので疲れてお昼寝中です」
「そうですか。今日もお邪魔します」
「はーい」
見慣れた広いロビーの受付で面会者用のバッジを貰い、時子さんの個室へと迷いなく進む。ホテルのように同じドアが整然と並ぶ廊下で、最初は戸惑ったものだ。ノックをして声をかけ、返答を待つ。
「どうぞ。いらっしゃい。勝手に入っちゃって~」
「どうも。また来ちゃいました」
ドアを開けると、振り返った時子さんの姿が目に入った。眼鏡をかけている。
「あれ、その眼鏡は」
「新鮮でしょ?細かい作業をする時だけ着けるのよ。どう?」
「よく似合ってますよ。へぇ、時子さんはコンタクト派かと思いました」
「あら、ありがとう。昔はコンタクト派だったわ。3回ほど車椅子の車輪でコンタクトを粉々にしてから、眼鏡に替えたの」
「あはは、それは災難だ」
部屋の隅にあるスツールを引き寄せて、時子さんの隣に座った。時子さんは机の上にある古いノートパソコンを凝視している。部屋を見渡し、小さな図書館みたいな部屋だと改めて思う。壁は全て本棚になっていて、隙間なく本が詰め込まれている。本の保管用に倉庫を2つ借りていると言っていた。子どもの頃から光子データの本ばかり読んでいる俺には、信じられない。ノートパソコンを覗き込むと、記憶にある記号と数式が並んでいた。
「一昨日からずっと、論文を読み進めてるんだけどね。私も素人だから完全に内容を理解するには、まだ時間がかかると思うわ。期待させてしまっていたら、ごめんなさい」
「ありがとうございます。俺じゃ何年かかっても少しも理解できないでしょうから、本当に助かります。頼んでおいてなんですが、無理しないでください。時間はいくらかかってもいいので」
一昨日、俺は時子さんにエリコの論文のことを話し、論文の解読を頼んだ。明らかに俺よりも時子さんのほうが素粒子に詳しいからだ。快く引き受けてくれたが、帰宅してから少し後悔した。本当は俺がやるべきことだ。時子さんに頼りすぎている。時子さんは病人でもあるのに。
「いえ、できるだけ早く手がかりを見つけないと。もしも本当に殺人事件ならば時間との勝負よ。証拠は時間が経つほど消えてしまう。五塔さん、本気で自分で再捜査するつもりなら、やはりプロに協力してもらったほうがいいわ。身の安全のためにも」
時子さんの真剣な眼差しと声に圧倒される。
「……そうですよね。でもエリコの事件の捜査をしてくれた刑事さんたちは、ちょっと信用できない気がして。最初から自殺と決めてかかってましたから。でもあの刑事さんたち以外に、知り合いの警察関係者なんていなくて。とにかく自分で何とかするつもりでした」
「警察じゃなくてもいいのよ。例えば探偵とか」
「探偵なんて警察以上に関わりがないし、信用できないですよ」
「あら、警察以上に頼りになる探偵もいるわよ。なんなら、警察に頼りにされてる探偵も」
「え?時子さん、探偵とお知り合いで?」
「ふふふ、知り合い以上ね」
時子さんはゆっくり眼鏡を外し、にっこりと笑った。
「私、元探偵なの。もう老いぼれだから打ち明けようか迷ってたんだけどね。警察関係者にツテがあるから、ほんの少しならお役に立てるんじゃないかと思って」
驚いて言葉を失った。さっき失礼なことを言ってしまった気がするが、衝撃が少し前の記憶を消し去っていく。
「信頼に足る良い刑事を知っているわ。実は今日、その人を呼んでいるの。そろそろ約束の時間だと思う。直接会って話して、再捜査を頼むかどうか決めるといいわ」
さらなる衝撃に片手で口を覆う。いつもは約束などしないのに、一昨日は今日この時間に会う約束をさせられたのは、このためだったのか。思い返していると、背後のドアがノックされた。時子さんが返事をして入室を促すと、ドアが勢いよく開く。同時に部屋の中に植物の匂いが充満した。
「おっと危ない。やっぱり大きすぎたな。時子さん、お久しぶりです!これ、時子さんに。今時珍しい生花専門店で買ったんですよ。あれもこれもと選んだら、こんな大きな花束になっちまって」
「あらら、今更そんな気を遣うような間柄でもないでしょうに。でもとっても素敵だわ。ありがとうね」
「忘れましたか?俺は紳士ですよ?待ちに待ったお呼ばれですからね、そりゃぁ張り切ってかっこつけますよ」
「はいはい。とりあえずお花は置いて、落ち着きなさいな。五搭さん、すみませんけど受け取ってもらえる?」
大きな花束が軽快に喋りだしたのかと思った。男性が抱きかかえている花束を、下から慎重に受け止める。強烈な青臭さに息を止めた。草花に視界が塞がれて何も見えない。
「ああっ!すみません!僕が持ちますから!」
さっきよりも若い男性の声がする。もう1人いたようだ。戸惑っていると、急に両腕が軽くなった。誰かの腕に抱えられた花束が、部屋から速やかに退場していく様子を呆然と見送った。
「キャス!すまん!花瓶か何かに入れてきてくれ!全部じゃなくていいから!」
「当たり前ですよ警部!こんな量の花束、全部入る花瓶なんてありませんよっ!」
走り去る青年に怒られた中年男性は振り返り、申し訳なさそうに俺に会釈した。頬に付いた花粉を袖口でぬぐいながら、会釈を返す。若い男性は警部と呼んでいた。この人が例の刑事だろうか。くたびれたトレンチコートは大昔の刑事っぽいが、コート無しでは刑事とは思えない風貌だ。
「えーっと、ドタバタしてすみません。五塔さんですね。時子さんから大体の話は聞いてます。俺は警部の冠木一獅です。さっきの口うるさい奴は部下のキャスです。最近俺の相棒になりましてね。アンドロイド警官ですが、かなり人間臭い奴です。よろしく」
男性はスーツの胸ポケットから擦り切れた警察手帳を俺に見せた。紙の警察手帳を見たのは初めてだ。今はほぼ全ての警察官が光子データ化された警察手帳を使っている。エリコと同じ趣味なのだろうか。
「初めまして。五塔重法です。キャスさんと冠木さんですね。本物の刑事さんが協力してくれるなんて頼もしいです。やはり素人の俺だけでは、やれることなんて限られますから」
冠木さんは居心地が悪そうな表情で、あー、うー、と唸ってから時子さんのほうに顔を向けた。
「時子さん、俺が刑事だって言っちゃったんですか」
「うん。だって刑事でしょ?」
「あのですね、時子さんが探偵を引退した時に俺も無茶をする刑事を引退したのですよ。今は備品管理課に配属されて、退屈で安全な日常を謳歌してるんです。つい最近、電話で話したでしょう。まさか忘れたなんて言わんでくださいよ」
「知ってるわよ。でもどうせあなた、スリルが足りなくて棚だらけの部屋の中でくすぶっているのでしょ。一度刑事になったら死ぬまで刑事なんだって、あなたが言ったことよ。忘れたの?そもそも、あなたまで引退することなかったでしょうに。十分今でも刑事として一流なはずよ、あなたは」
備品管理課。聞こえてきた単語で、芽生えた希望が枯れていく。
「ちょっと、ちょっと待ってください。備品管理課?殺人事件担当の刑事さんじゃないんですか?」
「えーと、5年前までは現実世界での殺人事件を扱ってました。時子さんたちに手を貸していただいて、それなりに実績は残したんですよ。難事件もいくつか解決しましたよ。トランプが詰め込まれていた金庫から頭蓋骨が出てきた事件とか、ご存じですか?あれ解決したの、時子さんたちと俺なんです」
「懐かしいわね。もう15年くらい前かしら」
「そうそう!あの時は相棒さんが活躍してくれましたよねぇ。捜査のためとはいえ女装までしてくれて。本当に似合ってなかったなぁ」
2人は俺を置いて思い出話に興じ始めた。トランプ詰め金庫の事件、昔ネットニュースで報じられていた気がする。本当にこの2人が解決したのか?事実だとしても、今の2人に現役当時の力があるのか?しかし単独捜査には自信がない。信じるべきか否か。迷っていると時子さんが書棚から分厚い本を取り、膝に乗せて俺に近づいてきた。
「まずは信用に足る証拠を見せなくちゃね。アルバムよ。20ページから25ページ」
言われるままにアルバムを開く。そこには写真が6枚ほど貼り付けられていた。見知らぬ男性と時子さんと、今より少し若い冠木さんが一緒に写っている。次のページは、感謝状と記された賞状を両手で持つ時子さんだけの写真で埋まっている。さらにページをめくれば、また3人の集合写真が並んでいた。無表情な時子さんと笑顔の2人からは、温度差が感じられる。
「例の金庫の事件の時、警察から初めて感謝状を貰ったの。私は辞退するつもりだったんだけど、2人に貰ったほうがいいって言われて、仕方なく受け取った時の写真。写真の裏に日付も書いてあると思う。警察のデータベースにも記録が残っていると思うけど。冠木さんの名前を出せば見せてもらえるわ。そうよね?」
「う~ん、古いデータだから残っていますかねぇ……でも五塔さんがどうしてもというなら探しますよ」
2人の視線を感じながら、アルバムをめくり続ける。最後の写真には巨大な天体望遠鏡だけが写っていた。国立天文台にある望遠鏡だろう。懐かしい。付き合っている時に、よくエリコと出かけた場所だ。エリコならどうするだろう。考えながらアルバムを静かに閉じた。
「……とりあえず、お2人を信用します。エリコのために、どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。今の俺はこうするしかない。
「頭なんて下げないで。こっちが勝手に言い出したんだから。それに、こちらは圧倒的な人員不足だから、五塔さんにも動いてもらわなきゃいけないし」
「ぜひ何でもさせてください。でも、素人の俺は足手まといになりませんか」
「大丈夫ですよ。危険が及ばない範囲内で手伝ってもらいますから。いざという時は俺とキャスで五搭さんをがっちり守りますよ。キャスは優男に見えますが、ああ見えて屈強な部下ですからご安心を。あれ?そういえばあいつ遅いな」
冠木さんは大股でドアに近づくと、勢いよく開いた。
「うわっ!」
「おっと、すまん」
「警部、ドアはゆっくり開けてください。ぶつけて顔のひび割れが増えるところでしたよ」
キャスさんがちょうど戻ってきたようだ。花がぎっしりと詰め込まれた花瓶を抱えているキャスさんを見て、息をのんだ。顔の左側に大きな亀裂が入っていて、左目はブラックホールのように黒い。机のそばにある小さな丸テーブルに花瓶を置いたキャスさんは、俺と時子さんに向き直って敬礼した。
「警視庁備品管理課所属、キャス警部補であります。アンドロイドで識別番号はLKF9762です。よろしくお願いします」
「あらら、ご丁寧にどうも。雪島時子です」
「五塔重法です。よろしく」
深々とお辞儀してから頭を上げたキャスさんは、顔の右側だけで笑った。どうやら顔の左側の運動機能は、ほぼ失われているようだ。冠木さんがキャスさんの両肩に手を置いた。
「新人のようですがベテラン警官でね。よく助けてくれますよ。きっと今回も頼りになるでしょう」
「はは、ベテランと言っても長い間、交番勤務でした。数年前に起きた爆弾テロで顔を損傷しまして。どうしても見た目で人を怖がらせてしまうので、備品管理課に移ったんです。捜査機能に支障は一切ありませんのでご安心ください。お役に立てるよう頑張ります」
言葉を失った。数年前というと、あの連続爆弾テロだろう。アンドロイドたちの社会進出に反対する者と、賛成する者の間で起きた凄惨な事件だ。その巻き沿いになったのか。
事件が起きた頃には、アンドロイドたちはとっくに人間の生活になくてはならない存在になっていた。誰もが嫌がる仕事をこなし、生みだした利益は全て人間に譲るアンドロイドたちには、複雑な感情を抱くプログラムは搭載されていない。人工意識は人工知能ほど複雑に進化していないので、そんなプログラムは作れないはずだ。
しかし人間を憎んでいるに違いないと決めつけ、アンドロイドたちを未来の反乱分子と見なし、破壊し尽くそうとする過激な反対派もいる。その思想は理解できない。しかしアンドロイド頼みの人間社会は、この先どうなるのかと不安にはなる。この不安が増幅し煮詰まれば、俺もテロリストになってしまうのだろうか。暗い想像をしていると、時子さんがキャスさんに近づいた。
「……キャスさん、少し屈んでくれるかしら?」
戸惑いながら屈んだキャスさんの両頬を、時子さんは両手で優しく撫で始める。
「痛かったでしょうに」
「……なんともありませんよ。アンドロイドには痛覚はありませんし」
「心のほうよ。心の痛覚はアンドロイドだって一緒でしょ?」
キャスさんは目を丸くしてから、うつむいた。そうだ。人工物とはいえ意識も思考能力もあるのだ。痛くなかったはずがない。
「……顔の傷、直すことはできないんですか?」
気になっていたことを尋ねてみると、冠木さんの顔が曇った。
「俺も直してやりたいんですがね。警官用の強化型アンドロイドは特注品で、少し修理するのにも大金がかかります。おまけに警察上層部にいるアンドロイド反対派がうるさくて、予算交渉が上手くいかない。そのせいで捜査機能に問題ないレベルの損傷では、なかなか修理の予算が下りないんですよ。それに最近の警察は、仮想空間内で増え続ける事件の対応で手一杯だ。現実世界で起きる事件の捜査には、力を入れなくなりました。当然、現場の捜査員のケアもろくにしません。それで俺は刑事に嫌気が差して、備品管理課のおじさんになったんです。確かに仮想世界に人間が大移動したおかげで、現実世界の事件は減っています。でも事件が1つ起きれば、必ず被害者も生まれる。効率を理由に少数の被害者の存在を軽視しろと命令されて、耐えられなかった」
「……備品管理課での仕事が不満というわけではないのですが、交番のお巡りさんだった頃が恋しいです。お年寄りや子ども、アンドロイドたちと小さな出来事で大騒ぎして過ごす日常が、性に合っていました。でも、アンドロイドは人のために存在します。そう在らねばなりません。仕方のないことです。裏方の備品管理課に移って安心したのも本当です。この顔でも人に尽くせますから。満足しているんです」
時子さんの両手を優しく掴んで下ろし、キャスさんは微笑んだ。時子さんはその微笑みをじっと見てから視線を逸らす。少し辛そうに顔を歪めていたが、すぐに凛々しい表情に変わった。
「さぁ、さっそく動き出すわよ。まずは捜査記録を探ります。目撃者から直接話を聞きましょう」
「そうですね。キャス、俺の識別IDを使ってデータベースを検索してみてくれ」
「了解です」
キャスさんは目を閉じ、直立不動になった。時子さんの一言には威厳がある。場の雰囲気が、さっきとは比べ物にならないほど鋭くなった。
「……目撃者情報が見つかりました。エリコさんの遺体の第一発見者です。キッズシッターをしているアンドロイドですね。当時は預かっている子ども1名を広場で遊ばせていたようです。目ぼしい目撃者はこの2名のみですね。アンドロイドの所有者の電話番号が記載されています」
「おお、すんなり見つかったな。良かった。じゃあ俺が連絡してみよう。俺の携帯に番号を送ってくれ」
「キャスさん、2人の証言は報告書にまとめられているの?」
「アンドロイドのほうは事細かに。証拠管理法に則り、アンドロイドの視覚データが映像として残されていたようです。しかし有益性が認められず、情報量削減法に引っかかって削除されています。子どもの証言内容はわずかで曖昧です。きちんと事情聴取しなかったのかもしれません」
「では、まず現場にいた子どもの目撃証言を狙いましょう。でもアンドロイドの証言も再確認したい。冠木さん、連絡お願い」
頷いた冠木さんは、胸ポケットから使い込まれた板状の携帯を取り出した。もうピアス型の携帯が一般的だ。やはり冠木さんはエリコと同じ趣味なのかもしれない。キャスさんは携帯に人差し指で軽く触れた。
「送信しました。子どもの母親の携帯番号です」
「よし。じゃあさっそく」
冠木さんは後ろを向き、懐かしいポーズで携帯を構えた。全員で押し黙る。数秒の呼び出し音の後、母親らしき女性の声が漏れ聞こえた。もしもし、という第一声から焦りと苛立ちが伝わってくる。冠木さんが事情を説明している間に、緊張感が増していく。娘さんとキッズシッターのアンドロイドから、直接話を聞きたいと冠木さんが切り出すと、乱暴な返事が返ってきた。冠木さんの謝罪の言葉の途中で、一方的に切られてしまったようだ。
「……タイミングが悪かったみたいですな。まぁ約束は取り付けました。今日の午後4時頃、あの広場で2人と会えますが……。五塔さんはどうします? 一緒に行きますか?」
「行きます。お2人の邪魔にならないようにするので、どうか連れていってください」
両手を強く握り、はっきりと答えた。ついに、はるか遠くに行ってしまったエリコに近づける。その喜びと興奮は、俺の薄れた輪郭線を濃くした。
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