「アーカイブ・サテライトの園」第18話(最終話)
●あらすじ
人工知能と人工意識を搭載したアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法は、不審な死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子と、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角から協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。
広場は相変わらず空いていた。ベンチに座り込んで、窮屈な黒いスーツの上着を脱ぐ。駆け抜けていく初夏の風で、上半身が適度に冷やされた。真っ青な空を見つめていると、空に投げ出されたような気分になる。
「空の上は涼しいだろうな」
煙となって空の上に昇っていった友人は、笑っているだろうか。たくさんの人が泣いては笑う、爽やかなお葬式だった。まだ思い出が鮮烈すぎて、シニアホームに行けば会える気がする。きっと元気な声で出迎えてくれるだろう。
「五塔さ~ん!」
本当に聞こえてきた呼び声に、驚いて立ち上がる。周囲を見回すと、時子さんの車椅子を押しながら近づいてくるクロエさんの姿が、遠くに見えた。腕を大きく振る。また涼しい風が吹いて、目を細めた。ベンチに座って上着を畳み直していると、2人が近づいてきた。
「時子さんの予想大当たりですね。きっとここにいらっしゃるだろうから、少し寄ってから帰ろうって時子さんが」
「もう、知らない間に独りで帰っちゃうんだから」
「すみません。シニアホームの入居者の方々と話されてたから、邪魔したら悪いかなと……」
「ふふ、冗談よ。こういう日は思い出話に花を咲かすのも良いけれど、静かな場所でぼんやりしたい気もするわよね。あ、そうだわクロエさん、タッパー出してくれる?あと麦茶の水筒も」
「はい」
クロエさんは、車椅子の後ろに掛けているリュックから、小さいタッパーと水筒を取り出した。タッパーを受け取った時子さんが蓋を開けると、甘いバニラの香りが広がる。
「あっ、ボーロ」
「兼平さんの祭壇にお供えできたらなぁって思って作ってきたんだけど、手作りのお菓子は衛生的に駄目って断られちゃった。もったいないから3人で食べない?」
「井ノ坂さんの供養にもなりますね。食べましょう」
「そうですね。兼平さんの供養だ」
3人の手のひらに3つずつ、ボーロが乗った。クロエさんは匂いを確かめて目尻を下げた。
「やっぱり良い香り。時子さんのボーロ、井ノ坂さんの大好物でしたね。風に乗って香りは届くかな」
クロエさんはボーロを乗せている手を、空に突き出した。風がバニラの香りをさらっていく。
「……ああ、井ノ坂さんはまだ心の中に居るのに、もう現実には存在しないんですね。それが寂しいです。参列者の方々が泣いているのを見て、私も泣きたいと思ってしまいました。私はアンドロイドなのに」
「もう泣いてるじゃない。透明な涙を流すことだってあるのよ。人間もアンドロイドもね」
クロエさんがゆっくり下ろした腕を、時子さんが優しく握った。黙祷のような時間と3人分の透明な涙が流れる。また風が吹いた。
「……兼平さんが泣いてる私たちを見たら、なんで泣いてるんだ?!ってすごい慌てそうね」
時子さんがぽつりと零した一言で、俺とクロエさんは吹き出した。泣いては笑う。これからも繰り返すのだろう。
「ふふふ、じゃあボーロ食べましょ」
「ああそうだ。水筒の麦茶、紙コップに入れて配りますね。献杯しましょう」
クロエさんから麦茶で満たされた紙コップを受け取る。献杯の合図で紙コップを高く掲げてから、一気に飲み干した。身体の内側から冷やされていく。3つのボーロを一気に口に入れた。丸くて甘い塊は、舌の上ですぐに溶けて消えていく。
空が青くて、風が気持ちよくて、麦茶もボーロも美味しくて。まだ何とか息を繋げていける気がした。背負いきれない罪と後悔は俺を生涯、苦しめるだろう。恥を上塗りしながら、自分の弱さを呪うだろう。歩ける道幅はどんどん狭くなっていくだろう。しかし俺は暮らしていくのだ。最後の日まで。
「そういえば荒角さんは元気かしら。あれから会ってないから心配だわ」
「ああ、先週、電話で話しましたよ。今の上司はまともな人らしくて、研究が楽しすぎて忙しいって言ってました。エリコが残した研究を引き継でくれたみたいです。論文が完成したら、時子さんと俺に内緒で読ませてくれるそうですよ」
「あら!そうなの!良かった。私も完成した論文が読んでみたかったの。ふふ、楽しみができて嬉しい」
頬を赤く染めた時子さんは少女のようだ。その血色のいい顔が、キャスさんの顔と重なった。
「今日はキャスさんと冠木さんとも会えて嬉しかったです。謹慎処分だけで済んで良かった。2人とも元気そうで安心しました。キャスさん、倉庫管理課が自分の居場所と心から思えるようになったって、嬉しそうに言ってましたね」
「本当に良かったわね。落ち着ける居場所は誰にだって必要だもの。アーカイブ・サテライトの彼……今はエリコさんか。エリコさんは、最近どうしてるの?」
「変わりありませんよ。突然メモリアル・パレスを介してやって来ては、俺の話をしばらく聞いて帰ります。ほぼ喋りません。自由に話していいと言っても、警戒してるのか無口で。でも最後には必ずまた来るって、ぼそっと言うんですよ。はは、それが可笑しくて」
中央情報管理局での対決の後しばらくして、没収されていた俺の装着型デバイスや携帯が返却された。さっそくメモリアル・パレスを起動してみると、作った覚えのないアバターが1体、増えていた。初期設定のままの男性型アバター。名前はエリコ。その名前を見た時の感動と驚きといったら。生きていた奴は、律儀にも俺との約束を守る気になったらしい。
正直、もう俺に接触してこないだろうと半ば諦めていた。しかし信じられないことに、奴は第二のエリコとして、定期的に会いに来るようになった。ほとんど何も喋らないが、微妙な表情の変化から感情が伝わってくる。やはり生きているのだ。
「ふふ、五塔さんも表情が明るくなったわね」
「そうですか?あんまり変わったような気はしないけど……」
「人は毎日変わっていくものよ。変わる方向を選ぶだけ。五塔さんはこれから何がしたい?」
「そうですね……。ほぼ毎日、時子さんのお見舞いに行ってますし、シニアホームでボランティアでもしてみようかな」
「あら、いいじゃない」
「わぁ!本当ですか!短期ボランティアならいつも募集しているので、さっそく明日手続きしちゃいます?」
「じゃあ、お願いします」
クロエさんのはしゃぐ声を聞きながら、鞄から手帳を取り出す。明日の日付の欄にシニアホーム、ボランティアと書き込もうとした時、今日の日付の蘭を見て思わず声が出た。
「あっ」
不思議そうな顔をしている2人に、手帳を開いて見せる。
「これエリコの手帳なんですが、今日の欄の隅に描いてある小さくて青い星マーク、見えます?めでたい予定がある時に、エリコが手帳やカレンダーによく描いてたマークなんです。……そういえば今日、俺の誕生日でした」
「ええっ!そうだったんですか?おめでとうございます!」
「あら、おめでとう。早く言ってくれればスペシャルなボーロ、作ってきたのに」
「ははは、ありがとうございます。俺も忘れてたんですよ。エリコ、今年の誕生日にも印も付けていてくれたんですね……」
3年分の予定が詰め込める分厚い手帳を、パラパラとめくる。今日から先の日付の欄に印や文字は無い。明日からは、エリコの予定にはない日々が始まるのだ。
今日の日付の蘭に戻り、青い星マークを指先で撫でた。顔を上げて青空の向こう側を見る。2人のエリコも今、青い星を眺めている気がした。
了
★やっとこさゴールテープを切ることができました…!長い長いお話にお付き合いいただき、誠にありがとうございます!焼きたての卵ボーロと麦茶を差し上げたい…!
予想以上にたくさんの方々に読んでいただけて、本当に嬉しく、励まされました。ありがとうございました!(*´▽`*)
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