「アーカイブ・サテライトの園」第12話
●あらすじ
人工知能と人工意識を搭載したアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法は、不審な死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子と、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角から協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。
大きなテーブルに紅白の二十日大根のバターソテー、マリネ、サラダが次々と並べられていく。世間話で盛り上がっていた兼平さんと冠木さん、時子さんの3人も会話を止めて、どんどん華やかになるテーブルに目を奪われていた。俺の隣に座るキャスさんは、瞬きもせずに料理を見つめている。眼球パーツの撮影機能で、写真か動画を撮っているのだろう。
「お待たせしました。それでは井ノ坂さん特製二十日大根パーティー、楽しんでください」
クロエさんの挨拶を合図に、一斉に「いただきます」と手を合わせた。それぞれ好きなものに箸をつけ始める。俺はまず大皿からバターソテーをいくつか取り皿に移した。輪切りにされている小さな二十日大根を口に入れると、噛まずともほろほろと崩れていく。二十日大根の爽やかな風味とバターのコクが合わさって美味しい。飲み込んですぐ、もう一口。癖になる味だ。3つのカップに紅茶を注ぎ入れているクロエさんに、声をかけた。
「こんなに美味しいと思えたのは初めてです。何か特別な調理方法でも?」
「ふふふ、ありがとうございます。いたって調理方法はシンプルなんですよ。レシピも。井ノ坂さんの二十日大根だから、美味しくなるのでしょう」
クロエさんが紅茶を配り始めると、それぞれが感想を言い始めた。
「本当に美味しい。兼平さんは野菜作りの達人ね。これだけ風味良く仕上げられるクロエさんも、すごいわ」
「美味しいですなぁ。正直に言うと少し苦手だったんですが、今克服できましたよ。サラダもぱくぱくいけちゃいます。いやぁ、お2人とも素晴らしい」
「栄養豊富で新鮮な野菜は、やはり色合いが鮮やかですね。盛り付けも綺麗だ。アンドロイドの僕も、視覚だけで十分満足できます」
静かに感想を聞いていた兼平さんは、急におろおろして、そっぽを向いた。耳の先が真っ赤になっている。褒められすぎて恥ずかしくなってしまったのだろう。クロエさんの頬も少し赤い。しばらく和やかな沈黙が流れて、再び食器を動かす音が鳴り響き始めた。取り皿のバターソテーを平らげてから、口を開いた。
「時子さん、例のハッカーさんとは話がつきました?」
「ばっちり。今回は探偵でも何でもない私個人として依頼するから、ややこしい報酬は無しって条件を突きつけたら、なんとか飲んでくれたわ。すぐにデータも隠してくれた。ふぅ。安心してお腹空いちゃった。たくさん食べちゃお」
サラダを次々と口に運んでいく時子さんに、俺も安心した。これで時子さんと冠木さんは安全だ。マリネの大皿に手を伸ばそうとして、止まった。まだ油断できない。犯人だって手練れのハッカーである可能性が高いのだ。こちらの動きも把握しているとしたら。中央情報管理局さえ操れるのだとしたら。
「五塔さん、どうか心配しないで。冠木さんも私も危ない橋なんて慣れっこよ。確かに捜査は行き詰まっているし、犯人は手強い相手でしょうけど、きっとなんとかなる。どっしり構えて、視野を広くしておきましょう」
時子さんは悠々と紅茶を飲む。不安で詰まりかけた胸が楽になっていく。マリネを大皿から取り皿に移しながら、話を続けた。
「エレクトロン・ピンボール粒子……。あの粒子がエリコの事件に直接関係しているのかどうか、ずっと考えているんですが、見えてこない。時子さんは、どう思います?」
「私も色々な可能性を考えてみたけど、どれもしっくりこない。やっぱり情報不足ね。あの消えた音声データ、なんとしても復元して聞きたいわ。少しでもアーカイブ・サテライトに残っていてほしい。荒角さんが探してくれていると思うけど、柏戸の件で、中央情報管理局の研究所への監視は厳しくなっているでしょう。今は動きにくいのかもしれない。大人しく荒角さんからの連絡を待つしかないわね。待ち時間にできることをしながら」
「できることって?」
「よく手がかりを見返して推理し、よく寝て食べて、健やかに生きることよ」
二十日大根のバターソテーを箸でつまんだ時子さんは、軽やかに口に入れた。俺も真似して、マリネを口に放り込む。パリパリとした食感を楽しみながら、家のテーブルに放置したままのチキンリゾットを思い出した。
「わははは!二十日大根はプランターでも育てられますよ!石灰を混ぜた土に種をちょいと蒔いて、光と水と風をたっぷり与えてやれば、よく育つ!すぐに収穫できますから面白いですよ!今回の二十日大根は秋に植えたばかりなんですが、この通りの豊作です!」
「ほぉ~そうなんですか。二十日大根、俺も育ててみようかなぁ。いやぁ、そろそろ定年後の趣味を探そうと思ってたところなんですよ。家庭菜園もいいですなぁ」
「ぜひやってみてください!水やりを忘れなければ大丈夫ですから!」
向かいの席にいる兼平さんと冠木さんの会話が、よく聞こえてくる。話が弾んでいるようだ。仲良くなってくれて安心した。
「野菜作りは良いですよ!土を耕して種を植えて、水をやって。そうしていると、育ててやっているという気持ちになってしまう。でも実際は違うんだ。野菜が育つ様子をよぉく見ているとね、自分のほうが育てられているんだって気付くのですよ!私に辛抱強く待つことを教えてくれたのは、野菜なんです!野菜たちのおかげで、不自由さに耐えることも、己の人生の一部なのだと思えたのですよ!」
兼平さんが楽しそうに話している途中で、時子さんの車椅子からヴィーンという重低音がした。下からキャタピラが出てきて、談話室は水を打ったように静かになる。時子さんは何か考え込んでいるようで、しばらく無反応だった。
「……あ、ごめんなさい。間違えてボタン押しちゃった」
すぐにキャタピラは収納されたが、まだ時子さんは白昼夢を見ているかのように呆然としている。そして独り言を言い始めた。
「……視点の逆転……あの音声データを残したのは……キャスさん!ちょっとこちらに来てくれる?」
「は、はい!」
急に呼ばれたキャスさんは、動揺しながらも即座に立ち上がり、時子さんの近くでしゃがみ込んだ。
「なんでしょうか?」
「研究所で再生した音声データの一部、保存してくれていたわよね?今再生できる?できれば数回繰り返して」
「分かりました。少々お待ちを」
目を閉じたキャスさんの首元から、あの忌まわしくも恋しい音声が微かに聞こえてくる。肩甲骨から背中に、神経が泡立つような感覚が走った。
「もういいわ。ありがとうキャスさん。ねぇ五塔さん、あの青年を匿おうとしていたエリコさんが、会話の録音データを職場のパソコンに残すというのは、おかしくないかしら?手帳にも携帯にも徹底して痕跡を残さなかったのに、接触した証拠を中央情報管理局の手がすぐに及ぶ所に残すなんて。きっと会話を録音したのも、そのデータをパソコンに残したのも、きっとエリコさんではない」
「エリコじゃない……だとしたら犯人?」
「そう。あの人間離れした天才ハッカーの犯人なら可能。実際に私たちの前で、研究所のパソコンに忍び込んで悪さをしてみせた。そして今、音声を聞き直してみて確信したわ。犯人は本当に人間じゃない」
「人間、じゃない?」
「よく会話の内容を思い出して。最初にエリコさんは、青年の見た目が想像と違うと言って驚いていた。キャスさん。悪いけど今度は音量を大きめにして、音声を流してくれる?」
「了解です」
思い描いていた犯人像が崩れて混乱していると、再びあの会話の音声が鳴り響いた。今度は、はっきり聞こえる。
"初めまして、江利川透子さん。あなたがエリコなんですね"
"は、はい。初めまして……。君は本物、だよね? 想像とはまるで違う外見だから……"
"ランダムに選んだので。次回はエリコの想像に近い姿で来ます"
"いいの。そんなことどうでもいい。ちょっとこれ飲んでいいかな? 落ち着きたい"
"どうぞ"
「止めて。五塔さん、青年の最初の言葉に何か引っかからない?」
「ランダムに選んだってところですか?洋服とかアクセサリーとかを適当に選んだってことじゃないですか?ちょっと独特な言い回しだとは思いますけど……」
「私もそう思ってた。でも、もしも青年がアンドロイドだとしたら?いえ、もっと正確に言えば、未知の生命体に乗っ取られたアンドロイドだったら?」
頭の中で粉々になった犯人像の欠片が、舞い上がって曖昧な輪郭を持ち始めた。まるで素粒子が物体を構築していくように。
「……ランダムに選んだ……ハックするアンドロイドを、選んでいた……エリコが会っていた不特定多数の人間は……」
「中身は全員同じ生命体の、アンドロイドだったってことになる。キャスさん、録音データの続きを再生して」
「はい」
"……うん、ごめんね。なんか、まだ信じられない。君が目の前にいるなんて"
"私も同じです。エリコが実在していることに感動しています"
"感動だね。まさに、そう。約束通り会いにきてくれてありがとう。私が君を守るから安心して。中央情報管理局から君を隠す。私も約束を守る。信じて。それじゃあ……"
最後に小さく入ったノイズが妙に鼓膜を刺激する。エリコは得体の知れない存在に魅入られていたのか。そして守ろうとして殺された。立体ホログラムを構成するデータの海で、漂っているエリコの魂が、やっと気付いてくれたと微笑んでいる気がする。
「とんでもない話だけど、エリコさんの反応や言葉、行動を論理的に繋げられる唯一の仮説だわ。エリコさんは犯人が操るアンドロイドたちと、頻繁に会っていた。犯人は中央情報管理局の目を欺くために、無差別に選んだアンドロイドたちの皮を被って、外見を変えていたのね。でも会話を録音して、エリコさんの職場のパソコンにデータを残した。ここがまた矛盾するけれど」
沈黙の中で、ベートーヴェンの運命が鳴り響いた。冠木さんが慌てた様子で板状の旧型携帯を胸ポケットから取り出し、画面を見て目を見開いた。応答ボタンを押してすぐにスピーカーモードにしたようで、通話相手の声がはっきり聞こえてくる。待ち望んでいた人の声に、思わず立ち上がった。
「荒角さん!?」
「ああ、今の声は五塔さんですね?声が聞けて安心しました。論文のことで研究所に中央情報管理局が乗り込んできたので、五塔さんの家にも来ているかもと思いまして。用心のために冠木さんの携帯に連絡したんです」
「ナイス判断よ。まさに昨夜、ご想像通りになったわ。私と冠木さんが持っている論文のコピーは、知り合いのハッカーに隠してもらっているから心配しないで」
「時子さんもお久しぶりです。じゃあ安心ですね。皆さんお集まりだったとは。皆さんにすぐにお知らせしたかったので、ちょうど良かったです。あの消えた音声データなのですが、最新のものだけ見つかりました。エリコさんのパソコンを調べたら、あの日、停電した直後に、アーカイブ・サテライトへ少量の音声データを送信した履歴があったんです。複雑な暗号化で隠されていたので、少し時間がかかってしまいました」
データを送信したのは犯人だろう。奇妙な行動の意図が気になるが、最新のデータだけでも残っていて良かった。まだ捜査を続けられる。ほっとして足の力が抜けそうになった。
「ありがとうね荒角さん。残る問題はアーカイブ・サテライトの固いセキュリティね」
「そうですね。衛星のデータの閲覧許可を取る手続きは、私より五塔さんのほうが詳しいかと。もちろん私も協力します。ルミノシティ研究所内のデータになるので、研究員である私が間に入ったほうが、話が通りやすいでしょうから」
今もアーカイブ・サテライトは、大量のデータを抱えながら宇宙を泳いでいるのだろう。飲み込んだエリコのデータを、吐き出させてみせる。
「荒角さん、俺からもお礼を言わせてください。中央情報管理局から脅されたんでしょう?俺たちのことを守ろうとしてくれて、ありがとうございました」
「いえ、私のほうこそ。やるべきだったことをするチャンスを頂けたと思って、感謝しています。すんなり解決する事件ではないのかもしれませんが、諦めないでくださいね五塔さん。私も微力ながら最後まで協力しますから」
「やるべきだったことをするチャンス……。俺もエリコから貰った気がします。これからもお世話になります。閲覧許可のことは一度こちらで計画を立てますので。冠木さんの携帯を介して後日、お伝えしますね」
「分かりました。では冠木さんに少し代わっていただけますか。私の連絡先を伝えてないので」
冠木さんはスピーカーモードを切り、耳に携帯を当てて話し始めた。胸ポケットから警察手帳を引っぱり出し、荒角さんの連絡先らしき情報をボールペンで書き記していく。
「かっこいいですなぁ時子さん!」
感嘆の言葉を雷のように発した兼平さんに、クロエさんが慌てて駆け寄った。
「井ノ坂さん、まだ冠木さんがお電話中だから静かに」
小さな声で注意しつつ頭を下げるクロエさんに、冠木さんは片手で問題ないと伝えて携帯を切った。
「心配はご無用。いやぁ本当に。時子さんは惚れ惚れするほど頭が切れる男前だ。憧れちゃいますよ」
「2人して私をからかって。少しもかっこよくなんてない。いつも誰かに助けられながら、なんとか生きてきたのよ。今だって兼平さんに助けられた。視点を大胆に変えて物事を見ること。兼平さんの野菜の話を聞いていたら思い出せた。ありがとう兼平さん」
「がはは!何が何やら分かりませんが、どういたしまして!」
兼平さんは顔を赤くしながら快活に笑う。俺は二十日大根料理を再び口に運びながら、今後の行動計画を立て始めていた。鉄壁のセキュリティを誇るアーカイブ・サテライトに、最速でアクセスするにはどうするべきか。無策のまま俺1人でアクセスしようとすれば、公的機関でたらい回し、後回しにされて長く待たされた挙句、アクセス不許可を言い渡されてしまうだろう。下手に動けば中央情報管理局に捜査を妨害されかねない。きっともう俺は要注意人物として目を付けられているのだから。
「ついにバトンが渡されたわね。元アーキビストさん」
時子さんに話しかけられて、口に入れようとしていたサラダを膝に落としてしまった。慌ててティッシュを取って拾う。
「この通り、俺は情けない男ですが今度こそ、頑張って良いところを見せますよ」
「情けなくなんかないわ。頼りにしてる。でも行き詰まったら相談して。例のハッカーさんに頼むっていう手もあるから。まぁ、後が怖いから、私としては最終手段にしたいけど」
「フレーフレー!五塔さん!」
急に立ち上がった兼平さんが、大きく両手を振ってエールを送ってくれた。胃がじんわりと温かい。希望が、胃に詰まっているようだ。
お読みくださり、ありがとうございました!二十日大根パーティーが終わりまして、これからSF味が強くなっていく予定です。
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