「アーカイブ・サテライトの園」第11話
●あらすじ
人工知能と人工意識を搭載したアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法は、不審な死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子と、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角から協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。
シニアホームまで走っていくと、広い庭の隅に兼平さんがいた。大きなシャベルで豪快に土を掘っている。気になったが、今は緊急事態だ。ロビーにいたクロエさんに会釈してから、足早に時子さんの個室に向かう。開きっぱなしのドアから部屋に入ると、時子さんは本棚の側で本を読んでいた。文庫本を閉じて、静かに眼鏡を外した時子さんと目が合う。
「五塔さん、おはよう。会うのは久しぶりね。ちょうど呼ぼうかと思ってたの。論文解読に夢中になってたら、冬の一大イベントをすっかり忘れてたわ。冠木さんたちも呼んで、情報交換のついでにクリスマスパーティーでもできないかしらと思って」
何か話さなくては。思うものの、口が石のように固まってしまう。うつむいたまま、紙の本の匂いを懐かしく感じていた。エリコの部屋にも、1つだけ本棚があった。本を集めすぎてしまうからと、エリコは本棚を増やそうとはしなかった。時子さんのように、壁を本棚で埋め尽くしても良かったのに。もっとわがままを言ってくれたら。言わせてやれたら良かった。
「五塔さん。ここなら安全よ。心配ないわ」
両手が温かい。気付けば時子さんが俺の両手を握っていた。深海から浮上するように、我に返る。そうだ。すぐに伝えるべきことがある。
「……昨夜遅くに中央情報管理局がきて、あのUSBメモリを奪っていきました。通信機器も根こそぎ。論文を誰かに見せたかと尋問もされて。全部俺がやったことにして、論文のコピーを持ってる時子さんと冠木さんの名前は出しませんでしたが、嘘だったら関係者も逮捕すると脅してきたんです。携帯やパソコンの履歴を調べられたら、俺の嘘なんてすぐバレます。お2人にこれから危険が及ぶかもしれません」
話し終えると、時子さんは片手を顎の下に当てた。
「あらもう動いたの。中央情報管理局がそんなに迅速に動くとは予想外。それだけピンボール粒子がダークマターである確率が高いということね」
「……驚かないんですか?」
「起こり得る状況として、予想はしていたからね。もし中央情報管理局が柏戸の論文の不正に勘づいたら、柏戸を問い詰めるだろうし、柏戸はすぐに論文盗用を自白するでしょう。あの男は悪い成功体験を重ねて自信をつけてきたようだけど、厳しい尋問にあっさり陥落しそうだもの。USBメモリ紛失の件も柏戸から聞き出されたら、五搭さんのところに捜索が入るだろうなって」
「その通りです……すごいですね」
「すごくなんかないわ。それにしても厄介なことになりそう。中央情報管理局からの圧力がかかったら、警察も捜査記録を見せるでしょうね。そうなったら冠木さんにも強制回収が執行されてしまうだろうし……私じゃどうにもならないし……やっぱりあの人に頼むしかないか……」
「本当に申し訳ない。俺がもっとしっかりしていれば、こんなことには」
「え?ああ、違うのよ。いくら疑われても、証拠さえ隠せば中央情報管理局も怖くないわ。不正取得したデータを隠す手段ならあるのよ。探偵の現役時代にお世話になってたハッカーさんに頼めばいい。でもその人が心配の種でね……」
「遅ればせながらメリークリスマス! はっはっはっは~!」
野太い笑い声と共に冠木さんが部屋に入ってきた。後ろのほうでキャスさんが申し訳なさそうに縮こまっている。
「あら、いいところに」
「また警部が騒がしくしてすみません……」
「また来ました。五塔さんもいらしてたんですね。お2人に新情報をプレゼントできれば良かったんですがね。捜査資料や捜査記録を読み返して、論文にも目を通してみたんですが、特に新しい手がかりは見つからず。そちらはどうです?」
「こちらも今年のクリスマスプレゼントは無しね。やはり消えた音声データがカギになると思うわ。荒角さんからの連絡は、まだなのよね?」
冠木さんと俺は同時に頷いた。荒角さんにも謝らなければ。捜査後に返すと約束していたUSBメモリを奪われてしまった。荒角さんは無事だろうか。
「ああそうそう。冠木さん、五塔さんの家に中央情報管理局が強制捜索に来たらしいの」
「ええ!?大丈夫でしたか?あいつらは信じられないほど荒っぽいから……」
無事か確かめるように、冠木さんは俺の肩や腕を軽く叩いた。
「脅されましたけど怪我はないです。でもUSBメモリを強奪されました。携帯も昔のパソコンも、思い出の詰まったガラス・ディスクも、全部持っていかれて。強盗に入られた気分でしたよ」
「本当にあいつらは酷いな……国際政府の後ろ盾があるのをいいことに、やりたい放題です。俺たち警察も何回も煮え湯を飲まされてますよ」
「それでね、冠木さん。五塔さんの通信履歴から、私と冠木さんも目を付けられる可能性が高い。論文データのコピーを早く隠さないといけないわ。それで、例のあの人に協力を仰ごうと思うのだけど」
怒りで顔を歪ませていた冠木さんが、一転して楽しそうな表情になった。どんどん表情を曇らせる時子さんとは対照的だ。
「あの人ですか!懐かしいですな。また依頼料が高くつきそうですけど」
「冠木さんもご存じなんですね。どういう方なんです?」
「時子さんと捜査していた頃に、時々協力を仰いでいた天才ハッカーですよ。気難しくて、凡人の俺は近づきがたいと思ってしまうような人ですが、腕は確かでした。何度も中央情報管理局とやり合ってきたんですよ。警察のデータベースにも簡単に侵入できると言われた時には、俺としては複雑でしたけど。あの人は単純な私利私欲では動かないので、黙認してます。人嫌いで、大体の依頼人は追い返すんですよ。ただ時子さんだけは特別なようでね。時子さんの依頼なら、なんでも請け負うんです。ただ請求してくる報酬が半端なく厄介で。ああ、金額の問題じゃないんですよ。なんていうのかなぁ、面倒くさいっていうか」
「特別だ、なんて止めて。面白い落とし物を拾ってくる犬、くらいに思われてるだけよ。報酬にサフィレットを強請られた時は、本当に大変だったわねぇ。博物館にあるようなアンティークの変色ガラスなんて、簡単に手に入らないもの。あちこちに連絡をとって探し回りながら、あの人には引退したらもう、絶対に関わりたくないって思ったものよ。でも背に腹は代えられない。今すぐ依頼します。あの人は私と冠木さんのパソコンをハックして遠隔操作すると思うから、数分あれば片が付くでしょう。ああ、そうそう。あの人は冠木さんも気に入ってるみたいだから、後で無駄に接触してくるかも。心してね」
「え、俺も目をつけられてるんですか……。俺に何か要求してきたりは、しないですよね?」
急に不安そうになった冠木さんに微笑みながら、時子さんは小さなデスクの前に移動して、ノート型パソコンを開いた。
「では皆さん、少しの間ご退席いただける?あの人は一対一でしか人と会わないから。すぐ済むわ。広い談話室で待ってて。温かいお茶でも飲みながら」
颯爽と眼鏡をかけた時子さんを残して、速やかに退室する。廊下を歩きながら、冠木さんに気になっていることを聞いてみた。
「例のハッカーの人には、コードネームとか、ないんですか?」
「コードネーム、これがまた変な名前なんですよ。教えたいんですが、本人から極力明かさないでくれと念を押されてまして。すみません」
「そうですよね。プロのハッカーなんだから、用心深くて当然だ」
「ハッカーの中でも特に用心深い人なんですよ。もう病的なくらい。依頼人と話す時も、姿や声を加工して隠すんです。あの人の本名や年齢なんて、誰も知りません。本当に生きている人間なのかと疑う人もいるんです」
談話室の扉を開くと、大きな天井窓から降り注ぐ光に迎えられた。荘厳な大聖堂のような光景に見とれていると、クロエさんが談話室のキッチンから顔を覗かせた。
「あら、ちょうど今お茶を持っていこうかと思っていまして。どうぞ、テーブルに座ってください。すぐにお茶を……そうだ皆さん、二十日大根お好きですか?」
お構いなく、と言いかけて止まった。二十日大根。どんな大根だったか思い出せない。冠木さんも同じ様子だ。2人で返答に困っていると、キャスさんが進み出た。
「辛みの強い、小ぶりな大根ですね。赤いタイプのものはラディッシュとも呼ばれます。黄色とか紫色とかの品種もあって、見た目が鮮やかで、僕は好きです。残念ながら僕は食べられませんけどね。お2人は?」
キャスさんの説明を手がかりに、遠い記憶から二十日大根の味を思い出す。
「ああ、あのミニチュアみたいな大根……俺は食べられます。冠木さんは?」
「俺も嫌いではないですよ。あんまり辛すぎるのは、ちょっと苦手ですけど」
「良かった。実は今さっき、井ノ坂さんが庭でたくさん収穫してきてくれて。井ノ坂さんは野菜を育てるのが上手で、季節ごとに色々な野菜を作ってくれるんですよ。入居者の方々から美味しいと評判なんです。ぜひ皆さんにも、と思いまして。辛みを抑えられるようにバターソテーにしましょうか。鮮やかで爽やかなマリネも作りますからね。少し待っててください」
クロエさんが腕まくりをしてキッチンに戻りかけた時、談話室のドアが勢いよく開いた。
「大変だぞクロエさん!二十日大根の奴ら、豊作すぎて手に負えん。あっ! お前たちは何者だ?!」
頬に泥を付けた兼平さんの大声に、冠木さんとキャスさんが怯む。兼平さんと初めて会った時の俺とそっくりで、笑ってしまった。
「ははは、お久しぶりです兼平さん。時子さんの友達の五塔です。こちらの2人も時子さんのお友達なんですよ。こっちが冠木さんで、こっちがキャスさん」
「ええと……お初にお目にかかります。冠木と申します。こちらは俺の部下でアンドロイドのキャス。俺は一応警部で……」
「時子さんのご友人でしたか!それはそれは失礼しました!私も時子さんには世話になっておるのですよ。はははは!」
態度の豹変ぶりに2人が面食らっていると、兼平さんは両手に持つバケツを床に置いた。バケツを覗き込んだクロエさんは、驚きの声を上げた。
「わぁ! また採れたの?」
「バケツ2杯が埋まってしまった。ははは!」
「本当に大豊作だねぇ。嬉しいけど野菜室に入るかな……。とりあえず井ノ坂さんは顔と手を洗ってこようか。皆さん、もうちょっとお待ちくださいね」
クロエさんが兼平さんを洗面所へと連れていくと、談話室は台風が過ぎ去った後のように静かになる。
「……あのハッカーに負けないくらい不思議な人ですな」
冠木さんのぼやきに、また吹き出してしまった。
二十日大根大豊作の回でした。兼平さんのセリフを書くのが楽しくて楽しくて…!!
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