創造に向かう性、破壊に向かう性。
世の中には、「調和を愛する人」と「支配を愛する人」がいます。
これは白と黒ではっきり線引きできるものではなくグラデーションになっているものだと思うのですが、
なんとなく価値観が合わないなあ〜と感じる相手とは、「調和」に価値を感じるか、「支配」に価値を感じるのか、そのへんのズレがあったりするのかもしれません。
この両者の違いは「性癖」といいますか、「どこにエクスタシーを感じるのかの違い」ということだと思うのですが、
私は「調和」も「支配」も、方向性は全く違うけれど、どちらも『性のエネルギー』だと感じていて。
自分の性欲(生の原動力)がどちらに向いているかで、
まるで違う星の言語を話している者同士かのように、見えている世界が違うものだと思うのです。
先日また、支配欲に脳をジャックされた男に、元交際相手の女性が命を奪われるといういたましい事件がありました。
この事件は、私も大好きなポケモンを愛する人の集まる場所で起こされたということもあり、言葉にならない思いでいっぱいです。
犠牲になられたポケセンのお姉さん(あえてこの呼び方をさせてください)に心から追悼の意を表します。
(ポケセンのお姉さんお兄さんたちって、ポケモンへの愛とポケモン好きのみんなへのホスピタリティが本当にすごい人たちなんだよ!
そんなお姉さんが夢と命を奪われたと思うと、胸が苦しくて言葉になりません)
このような事件を知るたびに、私は考え込んでしまうのです。
「性欲」のエネルギーは、どうして「愛」や「慈しみ」、「創造」に向かうこともあれば、「支配」や「破壊」、「全てを終わらせること」に向かってしまう対極のエネルギーも持つのだろうと。
もちろん、教育や育ってきた環境によるものが大きいのだとはおもうのですが、
自分自身も、これまでの人生を振り返ると
異常なほどの支配欲を持った人間と付き合ってしまったために命まで預けたような状態になっていたこと
付き合っている相手や好意を向けられた相手から一方的な支配・加害欲求を感じたり、その支配・加害欲求が更にエスカレートした破壊衝動のようなものをぶつけられたこと
別れた男や好意を持たれた男がストーカー化して安心できる場を汚されたり奪われたりしたこと・・・
要するに、好意から漏れ出る「さつ意」を感じることが本当に数えきれないほどあり、
どこかで何かが違っていたら、もしかしたら今頃私もこの世にいなかったのかもしれないと思うと
このような事件の犠牲になられたかたのことが他人事には思えない…… というか辛かったときの自分自身の姿にどうしても重ねて見てしまうのですよね。
「可愛さ余って憎さ百倍」なんて言葉もありますが、
誰かの「性欲(好意)から派生した破壊欲求」に身の危険を感じるたび、
そして、一部の男性の支配欲が本人でさえ手に負えず暴走した結果、本来愛すべき相手であったはずの女性が命まで奪われるという事件を見聞きするたびに
どうして、何が原因で、どんな構造で、
純粋な好意であったはずの「性欲」が、抑えることのできない「破壊欲求」にその姿を変えていくのだろう
どうして最終的な欲求のゴールが「命を奪いたい」ということになるのだろうと
体感としての理解が追いつかずに、あまりに不思議で考え込んでしまうのです。
性欲って、「相手とひとつになりたい欲求」だと思うんです。
「相手と(心身ともに)ひとつになりたい」と願わずにいられないのが性欲であり、恋をするということだと思うんです。
すべては相手との境界線をなくし「二人でひとつになること」が目的で
それはとろけるようなロマンティックなことだけではなく……
支配を愛する人たちの世界観では、「ひとつになりたい」という欲求の延長線上に「死」があると思うと
やっぱり人間の性って、人の理解の及ばないほど巨大なエネルギーなんだろうなと。
性のエネルギーは命を産み出すほどの強烈な光となり希望となり
しかし同時に、人間の顕在意識をいとも簡単にのみ込んで破壊に向かわせるほどの底知れない闇となり絶望にもなる
自分の命を愛せずに依存の世界観しか知らないまま他人と愛し合おうとすると、
そこには恋愛やパートナーシップの形をした「搾取」の構造が生まれてしまう。
「相手とひとつになりたい」という欲求に従って〝愛や性の真似事〟をしてみるものの、エネルギーを与え合い循環させるやりかたがわからないから
大人になっても、親の愛や関心を求める幼な子のように(でも子供ではないから誰にも愛を注いでもらえずに)「奪う」という手段を取るしかなくなるのだろう。
搾取って、生きる力を奪われるということ。
恋愛の怖いところは、相手の依存心や執着心の強さによっては最終的に「生」まで搾取されるかもしれないということ。
性って、恋愛って、どういう姿勢で臨むのかによって本当に命がけになることがある。
恋愛じゃなくても、生きてるだけで、なんかヤバい奴に突然好かれることもある。
間違ってヤバい奴を好きになってしまったりしたら、逃げることができなくなって詰むことになる。
だから私は、恋の話を伝えたいと思うのかもしれない。
性のエネルギーを創造や調和のほうに使うすべを探求して伝えたいと願うのかもしれない。
自己犠牲の限界を越えて命まで犠牲にしそうになっていた、自分を愛することを知らずに破滅的な恋と必死で向かい合っていた、あの頃のわたしに向かって。
私、仙台に住んでたんですよね。
東京に出てくるつもりなんて微塵もなかったんだけど
ストーカーになった元彼氏の男から逃げるために、東京に来たんすよ
当時の就職担当の先生に、泣きながら「このままここにいたら〇されるかもしれないから、東京に行きたいんです」ってすがりついて。
もうすっかり忘れてたけど、そんなこともあったな。
DVストーカー男から逃げて東京に来て、逃げた先の東京で今度はブラック企業に捕まって自分を犠牲にして、
自分を大切にできなかった頃はもう本当、一体何やってんだよって感じの踏んだり蹴ったりな人生だったけど
やっぱりあの時全力で逃げてきたことが転機になって、今の生活に繋がってるんだよなって思う。
ヤバい奴に好かれたり執着されてるかたは、本当にどこまででも逃げてくださいね。
手遅れになる前に。
逃げることで一時的に失ってしまうものは物凄くデカく感じられると思うし、普通に生きてるこっちが頑張って対応しなきゃいけないのって物凄い理不尽なことだと思いますけど、
それでもあなたの命より大事なものなんてないっすよ本当に。
ああ……
世界中の誰もが何にも怯えずに眠れる夜がいつかきますように
なんてきれいごとのようなことをクソ真面目に願いながら、本日は終わりにします。
今日はほんとなぐり書きなんで意味わかんないところいっぱいあるかもだけどこのまま残します。
ではまた。
