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ケン・ヒューズ監督 『チキ・チキ・バン・バン』 : 機械仕掛けの夢

映画評:ケン・ヒューズ監督『チキ・チキ・バン・バン』(1968年/アメリカ映画)

私が子供の頃にヒットした、ミュージカル映画の傑作である。

本作のユニークなところは、主人公が「車」だと断じても良いところだろう。小道具ではなく、主演なのだ。
主演男優賞か主演女優賞かは微妙なところだが、たぶん主演男優賞候補になるべき、「チキ・チキ・バン・バン」としか歌えない、ユニークなキャラクターである。

先日、レビューを書いた名作ミュージカル映画『メリー・ポピンズ』(1964年)もその前の『オズの魔法使』(1939年)も『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)も主人公は女性で、本作『チキ・チキ・バン・バン』と比較みると、明らかに女性的というか、女性目線の作品だ。
一一もしかすると、ミュージカルというのは、女性目線の作品が多いのではないかと、そんなことを、いま思いついた。

まあ、この思いつきの当否はおくとして、本作『チキ・チキ・バン・バン』が、男性的な作品であるというのは、ほぼ間違いない。

それは、本作の原作者が、「007ジェームズ・ボンド」シリーズで知られる、イアン・フレミングだからであろう。

(主人公のポッツは、夢見がちな発明家)

本作が、かのイアン・フレミングの作品だと言われると、「なるほど」と納得させられる、顕著な特徴がいくつかある。

まず、イアン・フレミングの創造したジェームズ・ボンドをはじめとした「スパイ」というのは、周知のとおり、リアリズムのスパイではなく、ファンタジーのスパイであり、「ヒーローもの」の一種であり、言うなれば「男の子の夢」を具現化したものとしての「スパイ」だと言えるだろう。

まただからこそ、主人公ボンドのキャラクターもさることながら、「007シリーズ」の最も魅力的な要素とは、実は、「秘密兵器」を含めた、ユニークな「スパイグッズ」の数々にあると言っても過言ではない。

今どきの人は知らないだろうが、私が子供の頃には、子供のおもちゃとして「スパイグッズ」が売られていた。
スパイの小道具がひと揃い入っていて、「これで君も007だ!」というような玩具である。

そんな「スパイグッズ(セット)」に何が入っていたのか、今となっては記憶も定かではないのだが、ひとつだけハッキリしているのは「水に溶ける紙」である。
絶対に外に漏らしてはいけない情報をメモする時には、その紙に書いておき、いざとなったら水に溶かして証拠隠滅するのである。

(往年のスパイグッズ「水に溶ける紙」)

大人になってみれば、たわいもないおもちゃなのだが、子供にとっては、これがなんとも言えず魅力的だった。
それで、その紙をすぐに使い切ってしまったのだが、残りのおもちゃはありきたりのものだったからなのだろう、記憶に残っていないのである。

本家「007シリーズ」において、こうした「スパイグッズ」的な魅力を最大限に発揮していたのが、ジェームズ・ボンドの乗る「ボンドカー」であった。
スイッチひとつで、マシンガンが出てきたり、水陸両用に変形したりする、あれである。

(ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーとボンドカー)

つまり、本作『チキ・チキ・バン・バン』に登場する車、ポンコツを再生した車らしく、走行時にたてる(騒)音から取ったその名も「チキ・チキ・バン・バン」は、実は「ボンドカー」の系譜に連なる車なのだ。
だから、作中で主人公の男性カラクタカス・ポッツが、子供たちに語る物語の中で、「チキ・チキ・バン・バン」が変形変身をして、海を行き空を飛ぶというのは、まさに「男の子の夢」を具現したものなのである。

(ちなみに、それを発展させたのが、日本のアニメ『マッハGoGoGo』(1967年)のマッハ号であろう。私も子供の頃に、そのプラモデルを作って、今で言う偵察用ドローンである、バネ仕掛けのギミック、ギズモ号を飛ばしたりしたものだ)

(今も古びないマッハ号のデザイン・ぜひ画像検索を)

「Wikipedia」にも紹介されているとおりで、原作者のイアン・フレミング車マニアだったそうだが、それは本作『チキ・チキ・バン・バン』にも、大変よく表れている。
それは、単に「チキ・チキ・バン・バン」という車が活躍するというだけではなく、ポッツが発明家であり、彼の家の中には、「朝食自動製造機」などのユニークな機械的ギミックが溢れていることなどからもわかるのだ。

つまり、フレミングは、単なる「カーキチ」だったのではなく、「メカフェチ」であったからこそ、ボンドカーも「チキ・チキ・バン・バン」も、多彩なギミックを備えていたり、変形したりしたのである。

そして、当然のことながら、こうした「メカフェチ」という属性もまた、男の子特有のものであり、その点では、『オズの魔法使』のブリキ男とは、その意味合いが微妙に違う。
ブリキ男の場合は、ゼンマイ仕掛けではあるものの、基本的には、見かけ重視のブリキの「人形」だったのだけれど、「チキ・チキ・バン・バン」にはメカニックが詰まっていて、その作動によるギミックにこそ魅力があったからだ。

また本作『チキ・チキ・バン・バン』が、メカニックへの愛に満ちているというのは、「チキ・チキ・バン・バン」の出自にも明らかだ。それは、次のようなものである。

『20世紀初頭のイギリス。あるレース用自動車は、昔グランプリに何年もの間優勝し続けたが、後のレースで事故を起こし、今では廃車置き場に放置されている。寡夫で2人の子持ちの発明家カラクタカス・ポッツ(※ ディック・ヴァン・ダイク)は夢見る人物だが、お人好しで生活力はない。ある日、自動車が屑鉄業者に売り飛ばされることを知ったジェレミージェマイマは、父のポッツに代わりに買い取ってくれるように頼み込む。購入代金が30シリングという高額だったため、ポッツは代金を捻出しようとスクランプシャス製菓会社に自身が発明した「音が出るキャンディー」を売り込む。ポッツは、以前自動車事故で知り合った社長令嬢のトルーリーの助けでキャンディーの売り込みに成功するが、飼い犬のエジソンが他の犬と共に工場に乱入して売り込みを台無しにしてしまう。意気消沈したポッツだったが、子供たちの願いを叶えようと近所の祭りでお金を集め、自動車を購入する。ポッツは、有り合わせの材料で自動車を修理し、「チキ・チキ・バン・バン」と命名した自動車で、子供たちとトルーリーを誘い海にピクニックに出かける。』

(Wikipedia 「チキ・チキ・バン・バン」

つまり、かつて英雄的な活躍したメカが用済みとなって廃棄されていることに対して、イアン・フレミングは「擬人化した同情」を寄せているのである。
そしてこれは、かつてフレミング自身が「軍人」であったこととも関連するのかも知れない。

(ポッツの子供たちがおもちゃにしていた車が、鉄屑屋に売られることになった)

かつて軍人であった彼は、平和が訪れた時代には、過去の遺物として廃棄されたも同然である、かつての兵器や、軍人というものそのものについて、思うところがあったのではないか。
だがまた、それを単に嘆くのではなく、今度は人々に「夢を与えるもの」として、再生しようとしたのではないだろうか。

つまりそれが、『チキ・チキ・バン・バン』であり「007シリーズ」なのではないかと、私には、そんなふうに思えるのだ。

話は変わるが、昔「巨大ロボットもの」の特撮テレビドラマ『スーパーロボット レッドバロン』(1973年)という番組があった。
もちろんこのロボットの名前は、第一次世界大戦のドイツの撃墜王として知られたリヒトホーフェン男爵の愛機の愛称から、そのまま採られたものである。
この『スーパーロボット レッドバロン』がヒットしたことから、主役のロボットを少し変えて作られた続編シリーズが『スーパーロボット マッハバロン』(1974年)で、私は子供の頃にこれらの作品を楽しんだのだが、その中で、今でも特に印象に残っているのが、子供向けのロボットもののそれとしては異色のエンディングテーマの、次の「歌詞」であった。

眠れマッハバロン(作詞:阿久悠

マッハバロン 眠れ眠れ
お前が静かに眠れる世の中が
平和で一番すばらしい時
それを父さんも祈っているだろう
遠い世界で祈っているだろう
マッハバロン 眠れ眠れ
お前の使命を終わらせてあげたい
たたかう機械でなくしてあげたい

ここで言う「父さん」とは、マッハバロンの開発者である、主人公の父親のことだ。

この作詞をした阿久悠が、どこかでインタビューに答えて「子供向けだからといって、ことさらに内容を変えるわけではない。良いものなら子供もわかってくれる」という趣旨のことを語っていたが、この歌詞などは、まさにその白眉であろう。

ちなみに、阿久悠は、戦後昭和最大の作詞家と呼んでいい名作詞家でありヒットメーカーであったが、アニメファンである私からすると、阿久悠と言えば、やはり『宇宙戦艦ヤマト』の作詞家であり、さらに言えば、そのエンディングテーマである名曲「真赤なスカーフ」の作詞者である。
エンディングの作詞は、主題歌に比べて自由度が高かったので、阿久悠も「眠れマッハバロン」や「真赤なスカーフ」などで、そのロマンチストとしての本領を、存分に発揮したのではないだろうか。

ともあれ、私が「眠れマッハバロン」のこの歌詞に大きなインパクトを覚えたのは、子供の頃に戦車の模型作りに凝って、戦車好きだったからである。

もちろん、戦車模型好きの多くは、本物の戦車も好き好きだったし、精巧な戦車模型を作るには、実車に当たる必要があるということで、戦車模型ファンの間では有名で、今で言う「聖地」に近い存在だったのが、アメリカのアバティーン戦車博物館であった。
ここには、第二次世界大戦で使用された各国の戦車の実物が多数展示されており、そこへ行くことのできない戦車ファンは、博物館に展示されていた実車の写真を見て、憧れの地に想いを馳せたりしていたのだ。

だが、博物館に展示された戦車の写真というのは、小綺麗にすぎて、実のところどこか物足りなかった。
戦車模型なら、わざわざ被弾痕のキズをつけたり、サビや泥跳ねなどを汚し塗装で再現したりするのだが、アバティーンの戦車は、破損箇所が修理され、リペイントされていたために、よく出来たプラモデルよりも、かえってリアリティが無く、平板なものに感じられたのだ。
そしてそれに比べれば、写真の質は落ちても、戦場写真の戦車は、実に生き生きとしており、「カッコいい」と感じられたのである。

(アバディーン戦車博物館の展示戦車)

だが、冷静になって考えると、戦場写真に写っている戦車とは、まさに人殺しのための兵器であり、まさに人を殺していたのだ。

一一そう思うと、戦車が好きだっただけに、なんともいたたまれない気持ちになることがあった。
そして、そんな私の気持ちに突き刺さったのが、あの「眠れマッハバロン」だったのである。

閑話休題。
そんなわけで、ずいぶん遠回りをしたけれども、私が、『チキ・チキ・バン・バン』や「007シリーズ」などに込められたイアン・フレミングの想いをあれこれ想像してしまうのは、こうしたことがあるからなのだ。
「フレミングだって、同じように思ったことがあったのではないか」と。

『チキ・チキ・バン・バン』の中で、「チキ・チキ・バン・バン」が、海を行き空を飛ぶのは、ポッツが子供たちに語る「お話」の中でのことである。

『ピクニックを楽しむポッツは、海に浮かぶヨットを見ながら「ヨットの持ち主はバルガリア国の悪党ボンバースト男爵で、チキ・チキ・バン・バンを奪いに来た」とストーリーを聞かせる。ボンバースト男爵はチキ・チキ・バン・バンを奪おうと攻撃してくるが、船に変形したチキ・チキ・バン・バンは軽々とヨットから逃げ出してしまう。』

(Wikipedia「チキ・チキ・バン・バン」

このシーンは、海に浮かぶヨットが、お話の中のボンバースト男爵の船へと二重露出で変化することで、ここから「お話の中の世界に入った」のだということが、大人には容易にわかるように表現されているのだが、果たして子供たちには、どうだったろうか?

大人は、この手の「夢の中」に入っていくシーンの「表現」を何度も見ているからすぐにわかるけれども、子供はそうではない。「なんだか、(映像が)ボヤけたぞ」とは思っても、それが「物語の中の世界への移行手続き」だとまでは考えないだろう。

だが、それはそれでいいのだ。
物語の終盤になって、もとの海岸で、子供たちにお話を聞かせるポッツの姿が描かれて、観客の子供たちも「そうか、さっきまでの冒険譚は、お話の中での出来事だったのか。だから、チキ・チキ・バン・バンは空を飛べたんだな」と、そう納得する作りになっているからである。

だが、こうして「現実の世界」に戻ったポッツは、幸運に恵まれて、ヒロインのトルーリーと結ばれることになるのだが、その高揚した気持ちを表現するのに、本作のラストでは、ポッツとトルーリーの二人が乗った「チキ・チキ・バン・バン」が空を飛ぶ、というファンタジー描写がなされている。

これは無論、作中現実もまた「非現実」の夢物語でありファンタジーだからなのだが、ここに、フレミングや本作『チキ・チキ・バン・バン』のスタッフがこめた「フィクションの力」への思いが表現されているのではないだろうか。

現実には「そううまくはいかない」というのを重々承知していながら、それでも子供たちには「夢と希望」を語らずにはいられないというところに、子供向けフィクションの意味も力もある。一一と、そういったことである。

ちなみに、ポッツが語る物語の中でのこと、空飛ぶ車を欲しがるボンバースト男爵によって、間違って誘拐されたお爺ちゃん(ポッツの父)を救出すべく、ポッツとトルーリー、ポッツの子ジェレミーとジェマイマの4人が、「チキ・チキ・バン・バン」を駆って空を行き、ボンバースト男爵の国バルガリアの居城へむかうのだが、驚いたことにその城には、かの有名な「ノイシュヴァンシュタイン城」が使われていた。

『ボンバースト男爵の城にはドイツのノイシュヴァンシュタイン城が使われた。野外における撮影は実際にノイシュヴァンシュタイン城にてロケが行われたが、城の中のシーンは全てイギリス国内にあるパインウッド・スタジオにて撮影された。海岸場面はフランスで撮影されている。』

(Wikipedia 「チキ・チキ・バン・バン」

(ボンバースト男爵と奥方(左端))

ただ、こう書いても、ノイシュヴァンシュタイン城のことを知らない方もいらっしゃるだろうから、簡単に説明しておくと、ノイシュヴァンシュタイン城は、かの「シンデレラ城」のモデルとなった城で、ヨーロッパでも最も美しくロマンチックな造形で知られている城館である。

しかし、だからと言って、ノイシュヴァンシュタイン城が「女の子趣味」なのかと言えば、そうではない。

ノイシュヴァンシュタイン城を作ったのは、フランス文学者の澁澤龍彦が、そのエッセイ集『異端の肖像』「バヴァリアの狂王」と呼んだ、ルードヴィヒ2世なのだ。
彼は、王制が斜陽の時代に、かつての栄光を夢見て、こんな派手な城を作った、浪費家の「現実逃避者」だったのである。

ルードヴィヒ2世の退嬰的で退廃的な生涯は、ルキノ・ヴィスコンティ監督によって『ルードウィヒ 神々の黄昏』(1972年)として描かれているが、事の良し悪しは別にして、要は、ノイシュヴァンシュタイン城もまた、その意味では「男の子の夢」の具現だったということであり、それが『チキ・チキ・バン・バン』で使われたのも、偶然とは言いがたいものが感じられて、とても興味深かったのである。

村上芳正による『ルードウィヒ』の映画ポスター)

やはり、「男の子」というものは、どこかで「力」に憧れ、また「力」に呪われてもいる、ということなのではないだろうか。

また、そう考えれば、『チキ・チキ・バン・バン』という作品の、ミュージカル映画としての異色性や、どこかミュージカル映画としての印象の希薄さというのも、理解できるような気がする。

本作『チキ・チキ・バン・バン』には、ミュージカル映画らしく「歌って踊る」シーンがいくつもあって、それはそれぞれに楽しいシーンになってはいるのだが、しかし、曲として唯一の有名になった主題歌の「チキ・チキ・バン・バン」は、作中でも唯一「歌って踊る」シーンのための曲ではなく、みんなで「チキ・チキ・バン・バン」に乗っている時に歌うという、人間には動きのないシーンのための曲なのだ。
したがってこれは、ミュージカル映画の主題歌としては、極めてユニークなことだと言えるだろう。

また、「菓子工場」で歌って踊るシーンなどは、いかにもミュージカル映画らしくて楽しいシーンになっているのだが、ある意味では『チキ・チキ・バン・バン』らしくないとも思える。

その一方、ユニークな踊りとして印象に残るのは、トルーリーが、ボンバースト男爵に献上された、実物大の「機械仕掛け人形」のふりをして踊るシーンで、こちらは「ピグマリオン・コンプレックス」的な印象があるし、なにより「機械仕掛け」という点で、「チキ・チキ・バン・バン」と同様に、「男の子」趣味だと言えるのではないだろうか。

『チキ・チキ・バン・バン』は、『メリー・ポピンズ』(1964年)の大ヒットを受けて、同じ「ファミリー向けミュージカル映画」として、同作のスタッフの多くを再結集して作った作品であった。
しかし、それにもかかわらず、期待されたほどにはヒットしなかった理由として、「Wikipedia」『ミュージカル映画自体が斜陽ジャンルとなりかけていた時代背景もあって』としている。

だが、はたしてそれは、『メリー・ポピンズ』から「4年」遅れたせいだったのか、それとも、それだけではなく、「男の子向け」だったことが、どこかで災いしたのではないのかと、私の脳裏にはそんな疑いがよぎってしまうのである。


(2025年9月21日)


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