フランク・キャプラ監督 『素晴らしき哉、人生!』 : これはハッピーエンドなのか?
書評:フランク・キャプラ監督『素晴らしき哉、人生!』(1946年/アメリカ映画)
『或る夜の出来事』『オペラハット』『我が家の楽園』で3度アカデミー監督賞を受賞しているフランク・キャプラは、戦前の名匠と呼んでいい映画監督であろう。
私は一昨年、キャプラの出世作となった『或る夜の出来事』を、初めてのキャプラ作品として鑑賞し、その際にレビューを書いてもいる。
私はこのレビューで、キャプラの「通俗性」を、擁護的に論じていた。
『或る夜の出来事』における「通俗性」は、娯楽作品として罪のないものだったから、それを、芸術至上主義的な観点から軽んじるのは間違いだと、大要そうした趣旨のことを書いたのだ。
だが、このようなことを論じたのは、当時の私に、芸術至上主義的あるいは反物語主義(物語軽視)的な蓮實重彦の映画批評への反発が、強くあったためであろう。
「通俗的に面白いお話の、何が悪いのか」という、私の反権威主義が前面に出たレビューだったのだ。
前回初めてキャプラの作品を見て以来、今回はひさしぶりに2本目を見たわけだが、その作品が本作『素晴らしき哉、人生!』であったのは、まったくの偶然でしかない。
私の場合、「この監督の代表作はひと通り見ておきたい」と考えた場合、基本的には古いものから新しいものへと時代を追って見ることにしている。チャップリン作品などが、まさにそうである。
だが私の場合、一人の作家の作品を集中的に鑑賞するということはしないため、すでに買ってあるDVDが多かったりすると、新しい部類(後期)の作品を見るのは数年先ということにもなりかねない。
キャプラに関しては、まさにそうなりそうだったので、今回はそうした順序にこだわらず、単純にタイトルを見て面白そうな作品を選んだのだが、その結果が、本作『素晴らしき哉、人生!』だったのである。

フランク・キャプラという人の作風が、
『1930年代はまだ大恐慌の傷跡が大きく、暗い世相の最中、楽天主義、アメリカン・ドリーム、ユーモア、ヒューマニズムをふんだんに取り入れたキャプラの作品はキャプラスク(Capraesque)と呼ばれ、名実ともにフランク・キャプラは1930年代のアメリカ映画を代表する映画監督となった。』
(Wikipedia「フランク・キャプラ」)
といったものであるというのは、前回『或る夜の出来事』のレビューを書いた際に、Wikipediaを読んで、知っていた。
だが、『或る夜の出来事』の段階では、それが「鼻につく」というようなことはなかった。
だからこそ、同作の通俗性を擁護する気にもなったのだが、今回の『素晴らしき哉、人生!』では、その楽天的なヒューマニズムがいささか鼻について感じられた。
本作『素晴らしき哉、人生!』は、1930年代にヒューマニズム映画の巨匠となったキャプラの「戦後」の作品であり、結果としては、キャプラのヒューマニズム路線の「集大成」的な作品であり、しかもそれが、時代に合わなくなっていたことを証明してしまった、興行的に失敗した作品でもある。
キャプラは、一連の明るいヒューマニズムドラマで大成功したものの、しかし、それはある種のパターンともなってしまったようで、一般人気を博するその一方で、批評家からは辛辣な批判を受けるようにもなっていたようだ。
要は「子供騙しの甘ったるいお菓子」だと評価されたのだ。「世の中、そんなに甘くはないし、我々の目は欺けないぞ」と、そう批判されたのである。
こうした批判に対し、キャプラも黙っていたわけではない。
移民の子であり、だからこそアメリカン・ドリームの体現者の一人として、アメリカの「理想主義」を称揚した反面、負けん気も強かったのであろうキャプラは、そうした批判に対抗するような作品を撮っている。
『その後、ワーナー・ブラザースに移籍、1941年のゲイリー・クーパー主演の『群衆』ではいつものヒューマニズムあふれる内容だけではなく、扇動されやすい大衆の恐ろしさも同時に描いた。1941年にはそれまでとは打って変わったブラック・コメディ、「毒薬と老嬢」を撮影(公開は1944年)。』
(Wikipedia「フランク・キャプラ」)
つまり、『群衆』は、単なる「庶民的なヒューマニズムへの讃嘆」ではなく、庶民の危うさを描いた「社会派」の作品であり、『毒薬と老嬢』は「人間の善意を描くだけじゃないんだぞ」というところを見せようとした作品だったと、おおよそそう評することが出来よう。
つまり、キャプラ自身も、喜ばれるからこそ『楽天主義、アメリカン・ドリーム、ユーモア、ヒューマニズムをふんだんに取り入れた』作品を連発して独自の地位を確立したののの、だからと言って「それしか撮れないやつ」だなんて、見くびってもらっては困ると、そうした反骨心があったようなのだ。
だが、キャプラが、キャプラらしさを批判されて、キャプラらしからぬ作品を撮ると、当然のことながらそれは、一般の観客の期待するものではないということにもなって、それまでの作品のようにはヒットしない、という結果を招来してしまった。
また、そうこうしているうちに、時代は戦争(第二次世界大戦)へと突入してゆき、キャプラは「戦意高揚のためのプロパガンダ映画」を撮るようにもなる。
これは、キャプラが移民の子であればこそ、その愛国心の表明として、ある意味、当然の態度であったのであろう。
戦時中、日系アメリカ人が、日本との戦争にアメリカ兵として勇猛果敢に戦い、その愛国心を示そうとしたのと同じようなことである。
だが、そうなると、キャプラのヒューマニズムというものは、所詮はアメリカ国内に止まる矮小なものでしかなかったということが、バレてしまうことにもなる。
キャプラのヒューマニズムは、国籍を超えた反戦という方向には向かない、視野の狭いものでしかなかったのだ。
だから、こうしたキャプラらしい「ヒューマニズム作品」のそのメッキが、すでにほとんど剥げ落ちていた戦後になって、その劣勢を取り返そうと、かつて得意とした「ヒューマニズム映画」の集大成的な作品として、本作『素晴らしき哉、人生!』を、キャプラが「戦後」世界に問うたというのは、わかりやすいところではあろう。
いろいろやったけど、やっぱりこれが自分の王道だと、原点回帰するかたちで、自信を持って世に問うた作品だったのである。
ところが、本作はキャプラの自信と期待に反して、興行的に失敗してしまった。
そして、キャプラ自身、この失敗に自信を喪失して、以後、目立った活躍もないまま、過去の人となってしまったのである。
つまり、キャプラの2本目の作品として、私がたまたま選んだ本作は、言うなれば、人気作家としてのキャプラにとどめを刺すことになった作品だったのだ。
私は、キャプラ作品を2本見て、キャプラが世に出てきた瞬間と、表舞台から退場していくきっかけとなった作品を見てしまったのである。
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さて、そんな本作だが、どんな物語かと言えば、これは典型的な「クリスマス・ストーリー」である。
クリスマス・ストーリーとして最も有名な作品といえば、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』で、この点については、どこからも異論は出ないだろう。
だが、この『クリスマス・キャロル』は、日本人には今ひとつ馴染みのない作品なので、簡単に内容を紹介しておくと、
『守銭奴のスクルージがクリスマスに過去・現在・未来を旅する超常的な体験をすることで改心する物語。』
(Wikipedia「クリスマス・キャロル」)
ということになる。
私の場合は、昔、テレビのスペシャルアニメ『町一番のけちんぼう』として、同作を鑑賞しているのだが、正直おもしろかったという印象は、まったくない。
いま、ちょっと調べたところ、このアニメは日米合作作品として日本で作られた作品であり、半分以上はアメリカでの放送のために作られた作品だったというのがわかった。
だからこそ、物語的に、いまいちピンと来なかったのだろう。
この物語は、キリスト教文化を背景とした「博愛主義的なヒューマニズム」を語った、教育的な作品なのだ。
だから、日本人が年末に『忠臣蔵』を見るような感覚で、欧米では『クリスマス・キャロル』が、慣習的に親しまれたのではないだろうか。
だが、日本でも『忠臣蔵』が流行らなくなっているように、アメリカでは長らく定番であった『クリスマス・キャロル』も、今では定番ではなくなり、そのかわりに例えば『ホーム・アローン』などの新しい作品が、クリスマス・ストーリーとして楽しまれる時代になったのかもしれない。
世の中というものは、かくの如く移ろいやすいものなのだ。したがって、人気作家の人気が儚いのも、当然のことなのであろう。
閑話休題。
だが、本作『素晴らしき哉、人生!』は、まだ『クリスマス・キャロル』が定番だった時代に作られた作品ということになるのであろう。
というのも、本作は明らかに『クリスマス・キャロル』を下敷きにした、その意味では「手堅い」はずの作品だったのだ。
前記のとおり、『クリスマス・キャロル』は、「守銭奴の爺さんスクルージ」が、三人の精霊によって時空を超えた不思議な体験をさせられることで、それまでの自分の生き方を反省して生まれ変わる物語である。
一方本作『素晴らしき哉、人生!』の方は、守銭奴の金持ち爺さん(街の有力者)のポッター(ライオネル・バリモア)に対抗して、貧しい人たちのために善を施して頑張ってきた主人公ジョージ(ジェームズ・ステュアート)が、その結果として、自殺の瀬戸際にまで追い込まれる危機に遭遇するのだが、天の彼方にいる神から派遣された天使のよって、その危機から救われる、というお話なのだ。
で、その救われ方とは、人生に絶望したジョージに、彼の生まれなかった世界を見せる、というやり方なのである。
このあたりの展開は、まるで『トワイライト・ゾーン』のノリなのだ(日本で言うなら『世にも奇妙な物語』だろう)。
ジョージとしては、真っ正直に生きてきたのに、結局は神にも見放されたような不運に見舞われ、出口なしの状況にすっかり絶望してしまう。
こんなことになるくらいなら、いっそ生まれてこなかった方が良かったと、そんな自殺の瀬戸際に立たされるのだ。

そこへ、神から派遣された、翼を持たない二級天使の爺さんが、「自殺なんかとんでもないことだ。生まれてこれただけでも感謝すべきことなのだ」の、神の視点からの正論で説得しようとするのだが、当然、うまくはいかない。
そこで「君が生まれてこなかった方が良かったと言うのなら、特別にそんな世界を見せてやろう」ということになる。

しかし、ジョージには、翼のない天使は、単なる頭のおかしいお爺さんにしか見えていないから、相手にしないでいると、やがて彼は、次々と不思議な現象に遭遇することになる。
絶望して飲酒運転し、木にぶつけたまま放置してきたはずの車が、その場から消えている。知り合いの酒場に行くと主人が変わっており、知り合いだった店員は、誰も彼のことなど知らないと言い、冷たくあしらわれてしまう。
住宅ローン会社の社長であるジョージが開拓した低家賃の庶民向け住宅地は、別人の名前を冠した街になっている。
自宅に戻るとそこは廃屋となっており、愛妻メアリー(ドナ・リード)も4人の子供たちもいない。
やっとのことで妻を探しだすのだが、メアリーは未婚のままのオールドミスで、彼のことを知らず、彼を恐れて逃げてしまう。

一一とまあ、こうした体験をしたジョージは、天使に、もう死ぬなんて泣き言は言わないから元の世界に戻してくれと泣きつき、その希望どおりに、元の世界に戻ることが出来た。
しかし、問題はここからで、元の世界へ戻ったところで、彼を自殺の瀬戸際にまで追い詰めた問題自体は、何も解決していない。
ジョージとしては「生きているだけで儲けもの」だと喜んではいるものの、現実問題は何も解決していないのだ。
だから、本来ならばここで、彼がその難問をどのようにして前向きに乗り越えていくのかと、そんな話にならなければならないところなのだが、これがそうはならない。
彼が努力して乗り越えていくのではなく、単に、これまで長らく彼の世話になってきた人々が、こぞって彼のために働いてくれ、あっという間に難問は解決し、あっけなくハッピーエンドとなってしまうのである。
つまり、最後の最後で、到底あり得ない、ご都合主義的な「良い話」になってしまうのだ。

キャプラの代表的な作品における作風とは、たしかに「人の善意」を前面におし立てたものだったから、これは「いつものパターン」のようにも見えるのだけれど、しかし、そうではないはずだ。
なぜなら、そんな「あり得ないような善意にあふれる世界」だったのなら、そもそも主人公が、自殺の瀬戸際にまで追い詰められることにもならなかったはずだからである。
つまり本作は、「つらく厳しい現実の社会にあっても、やはり人間の善意は大切だ」ということを描いているのではなく、「つらく厳しい現実の社会」からの、逃避のための「甘ったるい物語」にしかなっていないのだ。
そこでは、「人の善意」というものが、物語をハッピーエンドに帰着させるための「機械仕掛けの神」になってしまっている。
この手さえ使えば、どんな難問も苦境も、一発でハッピーエンドにしてしまえるという、安易な作劇手法に堕してしまっているのだ。
だからこれでは、本作が映画としてまともに評価されないのも、むしろ当然のことなのである。
一一ところが、この「薄っぺらい良い話」が、近年では「定番のクリスマス・ストーリー」として重宝されているというのだから、かえってそれは、「麻薬としての宗教」というものの性質を逆証明する、皮肉な結果にもなってしまっている。
『『素晴らしき哉、人生!』
戦後、戦時中に陸軍の映画班に所属していたジョージ・スティーブンス、ウィリアム・ワイラーらと共に製作会社リバティ・ピクチャーズを1945年に創設、自らも再び映画製作を再開して、1946年にこれまでのキャプラ映画の集大成として『素晴らしき哉、人生!』を発表するも、興行的に惨敗。1948年、リバティ・ピクチャーズはパラマウント映画に吸収され、自分が満を持して発表した『素晴らしき哉、人生!』の失敗で自信を消失して、その作品数は激減する。
晩年
1964年の短編映画『Rendezvous in Space』を最後に映画界から引退、1971年には自伝を発表する。しかし、この頃からテレビでクリスマスの時期になるとパブリック・ドメインとなった『素晴らしき哉、人生!』が頻繁に放映され始め、それまでキャプラを知らなかった若い世代から再評価され、今ではクリスマスにこの映画が流れるのは定番となっている。』
(Wikipedia「フランク・キャプラ」)
『フランク・キャプラ、ウィリアム・ワイラー、ジョージ・スティーブンスの3人が協力して設立したリバティ・ピクチャーズの第1号作品。
アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ「感動の映画ベスト100」では1位に、同協会の「アメリカ映画ベスト100」では11位にランクインしている。
2003年のAFI選定「ヒーローと悪役ベスト100」ではジョージ・ベイリーがヒーローの9位に、ポッターが悪役の6位にランクイン。
2008年のAFI選定「10ジャンルのトップ10」ではファンタジー部門3位にランクイン。
2014年のアメリカの大手映画批評サイトRotten Tomatoesが発表した「2014年版クリスマス映画ベスト25」には第1位にランクイン。
これまでのキャプラ映画の集大成として1946年に公開するも、当時は興行的には惨敗。
1946年(第19回)のアカデミー賞では作品賞を含めた5部門にノミネートされるも、『我等の生涯の最良の年』や『ヘンリィ五世』の台頭により無冠に終わった。
アメリカでは不朽の名作として毎年末にTV放映されることから、それまでキャプラを知らなかった若い世代から再評価され、今ではクリスマスにこの映画が流れるのは定番となり、アメリカで最も親しまれた作品としてよく知られる映画である。その後、権利はナショナル・テレフィルム・アソシエイツ(英語版)(NTA)が買い取り、現在はパラマウント映画から正規版DVDが発売されている。また、公開から50年が経過しているためパブリックドメインとなっている。
アメリカではどの大学の映画学科でも、この映画を必ず見せて、学生の指針としている。』
(Wikipedia「素晴らしき哉、人生!」)
私は、こんな「結果」を、ハッピーエンドと呼ぶ気にはなれないのだが、おかしいのは、私なのか、それともアメリカ社会や映画界の方なのか?
思うに、キャプラの「無根拠な楽天主義」の歓迎される時代とは、それだけ、現実社会に明るい希望の失われた時代だということなのではないだろうか。
だがその意味では、日本(映画)とて決して無縁ではないのである。
(2026年1月18日)
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