福井県立図書館 『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』 : 非P・K・ディック的 『模造記憶の迷宮』
書評:福井県立図書館『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(講談社)
本書は、図書館利用者が、うろ覚えのタイトルや作家名で本を探しに来た際の図書館司書とのやりとりの中から、爆笑ものの事例90篇を厳選して紹介したものである。

もちろん、それを笑いの種にするためではなく、こうした事例にも適切に対応するのが司書の「レファランス」であり、こういう仕事があるのだから、遠慮なくなんでも相談して欲しいと、そう知ってもらうためにまとめられた本なのだ。一一ということになっている。いやホント。
なお、「レファランス」とは、次のような仕事だ。
『調べ物のエキスパートである図書館員=司書が疑問解決のお手伝いするサービスです。
言葉の意味を知りたい、研究資料を見つけてほしい、帰り道が分らないので教えてほしい等々、様々な質問に様々な情報源を駆使してお答えします。』
(大阪府立図書館 「レファレンスってなんだ?」より)
図書館ものの小説(例えば、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやり方』)ではよく、図書館司書が利用者の求めているであろう本をお薦めしてくれるシーンがあるのだが、本当にそんなことまでしてくれるとは知らなかった。
私の場合は基本的に、本は買って、読みたい時に読む派なので、借りるというのは、どうにも落ち着かない。だから図書館を利用しなかったのだが、司書というのは、なかなか大変なお仕事である。なにしろ、個人的には興味のないジャンルの本や作家まで、幅広く知識を持っていなければならないのだから。
無論、本書でも図書館専用の検索システムが紹介されているが、それだって利用者のうろ覚え情報から適切な検索ワードをひきだしてキーボード入力しなければならないのだから、やはり司書個人の知識というのは重要なのである。
さて、そういう図書館司書の大切なお仕事の話はここまでにして、以下では、本書に収められた「ユニークな問い合わせ」事例(とそれへの応答)を紹介し、それらについて感じたあれこれを書いていこう。
ちなみに、4年前に刊行され、当時それなりに話題になった本書を、いまさら読もうという気になったのは、先日読んだ、今井むつみ著『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』に、人の記憶力(量)の限界の話があって、そこで本書のエピソードにふれられていたからだ(たぶん)。
なお、本書に収められた事例には、私の守備範囲ではない「児童書」や「実用書」的なものもあって、それらの多くについては、その本自体を知らなかったので、「ユニークな問い合わせ」についても「ああ、そう間違ったのか」と納得はしても、面白いとまでは思えなかった。
(※ 上の3冊は例外的なもの)
だから、以下に紹介する18事例は、あくまでも私の趣味に偏ったものであることを、あらかじめお断りしておきたいと思う。つまり、個人的な「ベスト18」である。
それでは早速『レッツラゴン』!
(赤塚不二夫の漫画タイトル。これは正解)
(1)
『痔』ある?
「いきなり、それかよ」と言われそうだが、私が言ったのではない。正解は、
『痣(あざ)』ですかね、きっと。
伊岡瞬の小説著書のタイトルである。(P48)
(2)
『人生が片付くときめきの魔法』を探しています。
なにやら不穏なタイトルだが、正解は、
『人生がときめく片づけの魔法』でしょうか。
近藤麻理恵という人の、一時期流行った「お片づけ」本である。
私の趣味ではないが、間違い方がユニークだったので採用。(P83)
(3)
『ドクタードリンク宇宙へgo』はありますか?
なんだそれはと思うが、正解は、
『ドリトル先生月へ行く』ならこちらです。
ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」シリーズの一冊である。
せめて「ドクタードリトル」だったら、読んだことのない私でもわかるが、これで正解に至るのはなかなか至難のわざだ。(P103)
(4)
『そのへんの石』ってあります?
そんな本ないだろ、と言いたくなるのだが、それはさておき、正解はなんと、
『路傍の石』のことでしょうか。
私の世代にとっては、読書感想文ネタの定番だった名作だが、もう「路傍」なんて言葉を使う人もいない時代だから、こうなってしまうのかと愕然。
山本有三も草葉の陰で泣いているのか笑っているのか、あるいは泣き笑いなのか?(P105)
(5)
『ハーメルンの音楽隊』ありますか?
これは「ハーメルンの笛吹き男」のことだとはわかったが、後半の「音楽隊」が何なのかを、のどまで出かかりながら、出てこなかった。
『ハーメルンのふえふき』でしょうか。
この場合は、民間伝承である「ハーメルンの笛吹き男」を元にした、アンネゲルト=フックスフーバーの児童書のことだったようだ。
後半の「音楽隊」は『ブレーメンの音楽隊』であった。(P113)
(6)
『国士舘殺人事件』ってありますか?
これはもう、私にとってはおなじみだった変換ミスタイトルである。正解は、
『黒死館殺人事件』ですね。
無論、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』である。かの「三大奇書」の一冊。
私の場合、今では「こくし」で単語登録してあるので、変換ミスすることはない。(P119)
(7)
『ひやけのひと』どこですか?
何だよそれ? 一一なんと正解は、
『火宅の人』ですね。
これも檀一雄の名作だ。私は読んではいないけれど。
「火宅」というのは、仏教説話からの言葉なので、知らない人が多いのは当然なのだが、それを「ひやけ」と混同するか? 私なら『火事の人』くらいだがなあ。(P123)
(※ 翌日追記:この図書館利用者が、火宅を「ひやけ」と言ったのは、三宅の「みやけ」の「やけ」という読みからだったと、遅ればせながら気づいた。「火宅(かたく)」の読みを知っていたのと、同ページに添えられていた「日焼けした人」のイラストに引っ張られ、気づくのが遅れてしまった)
(8)
『そらからおちる』はありますか?
全然わからないが、正解は、
『空が落ちる』ですね。
正解を聞いても、やはり知らなかった。シドニィ・シェルダンのミステリー小説である。
一時期シェルダンの「超訳本」がたいへんに売れたことがあったが、それを知っている人は、もうそれなりの高齢者だろう。だがシェルダンは、図書館ではいまだにそれなりの人気があるらしい。
なお、当然のごとく私は、シェルダンを読んだことがない。あえてその理由は書かないが、シェルダンの「超訳本」で最も売れた『ゲームの達人』は、どう考えても『ゲームマスター(ゲームの采配者)』であろうと、今でも思う。(P129)
(9)
『ストラディバリウスはこう言った』って本ありますか?
これはもう、後半の『こう言った』でわかる。正解は当然、
『ツァラトゥストラはこう言った』でしょうか?
もちろん、ニーチェである。
昔は文語体で「斯く語りき」などと邦訳された。(P131)

(10)
『ぶるる』みたいな旅行ガイドの本はどこにある?
京極夏彦が旅行本を書いていた。
『るるぶ』はあちらです。
わかっていたが、正解はつまらない。手に取ったこともないな。(P134)


(11)
昔からあるハムスターみたいな本を探してるんだけど‥‥‥
何だ、それ?
『ハムレット』ならこちらです。
おいおい‥‥‥。
私の世代なら、中身は知らなくてもタイトルくらいは知っていた。たぶん「ハムスター」という言葉よりも先に知っていたはずである。初めて「ハムスター」という言葉を聞いた時は、サンドイッチの一種かと思ったほどなのだから。
それにしても「沙翁(シェイクスピア)も過去の人となりきと、北村紗衣は思った」というところだろうか。(P135)

(12)
独身男性が若い女の子を妻にしようとして色々失敗した話なんだけど‥‥‥
さっぱりわからん。
(福山雅治主演・東野圭吾原作『探偵ガリレオ』シリーズより)
「すごいな、ビズリーチ!」ではなくて、すごいな司書さん!(P143)
(13)
『海の男』を借りたいんだけど‥‥‥
う〜ん、何だろう?
『老人と海』だったらございます。
そうか、そうきたか。
これも『路傍の石』や『火宅の人』と同じ、ジェネレーションギャップネタだな。
さぞやヘミングウェイも草葉の陰で泣いているのか笑っているのか、あるいは泣き笑いなのか‥‥‥。(P145)

(14)
デンマークの心の本あります?
う〜む?
ああ、サンマーク出版か。読んだことはないけれど、なるほどな。(P150)
(15)
『ブレードランナー』ありますか?
これはもちろん、フィリップ・K・ディックの小説の、映画化タイトルである。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ならございます。
たぶん、映画化直後なら『ブレードランナー』のタイトルバージョンの文庫本もあっただろうが。(P157)
(16)
へのかっぱみたいな名前の作家の本ある?
わかるけど、酷い言い方だなあ。
妹尾河童ですね?
自伝的小説『少年H』が大評判になった当時、私も読んでみたが、正直なところ、あまりにも優等生的に型どおりな内容で、感心しなかった。
妹尾の著作は、それ以前の「河童が覗いた」シリーズの「舞台装置イラスト」なんかが好きで、イラストだけを眺めていた記憶がある。一種のミニチュア趣味からであろう(P161)
(17)
ラムネかサイダーみたいな名前の新人作家 ミステリーで何かの賞を受賞した人
ああ、あながち間違いではないな。
清涼院流水のことでしょうか。
「新人作家」「受賞作」ということだから、講談社の「メフィスト賞」を受賞した、デビュー作『コズミック 世紀末探偵神話』のことである。(P164)
(18)
「みやけん」?
それだけではなあ。
宮沢賢治のことですか?
なるほど、そう略すか。
しかし、その場合には「宮本顕治」もいるだろうとそう思うのは、それなりの高齢者だけなのだろうな。私は昔、この二人の名前をよく混同したものだが‥‥‥。(P170)
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一一このように見てくると、当然のことなのだが、間違い方にも「時代」が反映されるということがわかって、興味深かった。
さて、そんなわけで、以上の「ベスト18」の中から、私の選んだグランプリ作品は、
『そのへんの石』
である。
もう、死ぬまで読むことはないだろうが、死んだらあの世で、山本有三を励ますことにしよう。(石川達三と誤記しかけた…)

(2025年5月31日)
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