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橋を架けるために : 基礎工程のとしての「批評」

昨日、与那覇潤が、大晦日の締め括り記事に、私が以前に書いた、与那覇の著書『江藤淳と加藤典洋』のレビューを引用して紹介してくれていた。

御礼: 『江藤淳と加藤典洋』が橋を架け、分断をつないだ1年間

タイトルにあるように、この記事の趣旨は「分断をつなぐ橋を架けよう」というほどのことである。

保守思想の重鎮である佐伯啓思に、以前与那覇が話を聞いた際(2022年)、佐伯は加藤典洋について「評価できない人だなあ」という印象だったと、語っていたのだそうだ。
ところがその後、与那覇の 『江藤淳と加藤典洋』を読んだ佐伯は、加藤の立場が昔とは変わっていたことを知り、

「あの後、こんなに加藤さんが変わっていたとは知らなかった。最後うるっと来た」

と言ったそうだ。
つまり、加藤典洋が変わったことを、佐伯は肯定的に評価した、ということである。

だが、与那覇は、こうした佐伯啓思と同じ感想を、佐伯とは立場をまったく異にする人物からも聞かされたというのだ。

一一他でもない私である。

私は『江藤淳と加藤典洋』レビュー「北村紗衣批判の先輩・与那覇潤の素顔」の中で、加藤典洋の立場が、晩年には変わっていたということを同書で知らされ、『とても驚いた。そんなこと、私はぜんぜん知らなかった』と書いていたのだ。

与那覇潤 『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』 : 北村紗衣批判の先輩・与那覇潤の素顔

これは、かつて加藤典洋高橋哲哉との間で交わされた「歴史主体論争」以来、私は終始一貫して高橋哲哉を支持し、加藤典洋の立場を批判してきたからであり、そんな私としては、加藤典洋の変化は、当然、肯定的に評価できるものだったのである。

つまりこれは、与那覇の著書を介して、保守の佐伯啓思と左翼の私(年間読書人)に「橋が架かった」と、そのような「わかりやすい一例」としての紹介だったのである。

ただ、私が「左翼」の代表例として扱われることには、若干ひっかかりが無いわけでもない。

そうした理解も決して間違いではないのだけれど、あえて言わせてもらえば、私自身の気持ちとしては、私は昔から「右でも左でもなく、私は私だ」という立場だったのである。

しかし、いかんせん「ネット右翼」なんかが跋扈する「安倍晋三の時代」が長らく続き、「こいつらだけは許せん」ということで、そのあたりと敵対したから、結果として先方から「パヨク」だ「売国奴」だ「(外国の)工作員」だ呼ばわりされることになってしまったし、まあ、ネトウヨ側からすれば、私は明らかに左寄りなのだから「別に左翼と呼ばれてもかまわないし、必ずしも間違いではないだろう」くらいの感じでやってきたのである。

しかしながら、私にはもともと、「保守」的な(急進改革を望まない穏健な)部分があるというのは、十分に自覚してきたことだった。
事実、ネトウヨ系とは違う、保守や右翼の人と、稀に意見交換をする機会を得て、気持ちの問題として意気投合することもあったのだ。

まったくの偶然だが、与那覇が昨日、前述の記事をアップするその前日に、私は保守系の評論家である兵頭新児の著書『ぼくたちの女災社会』のレビューをアップした。

反時代的「男」論:兵頭新児 『ぼくたちの女災社会』 批判

この本は、端的に言えば「アンチ・フェミニズム」の書であり、一方の私は、北村紗衣を中心とした「今どきのフェミニスト」を批判している立場の人間だから、共感できる部分が少なからずあっても良かったのだが、しかし、結果としては、そうはならなかった。

実際に読んでみると、同じ「フェミニズム批判」をしていても、私にすれば兵頭のそれは「批判の仕方がよろしくない」ということで、結局は批判文になってしまったのである。

では、兵頭の何をどのように批判したのかというと、要は「男なら、男らしく批判しろ。泣き言めいたことは言うな」と、そのようにまとめることが出来るだろう。
だからこそ、「反時代的「男」論」というタイトルになったのである。

このレビューの内容は、タイトルそのままで「男は男らしくあらねばならぬ」というものであり、端的に言えば「保守的な男の美学」を語ったものだと言えるだろう。

「女を責める前に、自分が男らしくあるべきだ(そっちの問題を優先すべきだ)」というような内容で、要は、兵頭の女性批判が、保守的な「男性の美学」からすると、とうてい評価し得ない軟弱なものだと、そういった批判だったのである。

「男は男らしく」というのは、ごく当たり前に「保守」的な価値観であり、決して「左翼」的なものではないだろう。

左翼的に言えば、「男は男らしく」というのは「女は女らしく」というのと同様、「封建的家父長制の残滓」的なものであり、それは解消されて然るべきものだ、というようなことになる。

しかしながら、私に言わせれば、他人や世間や政治権力などから、そうした価値観を強いられる謂れなどないのは当然のことであり、その上で、個人の「好み(美意識)」の問題として主体的にそれを選び取るのならば、それはその当人の勝手(自由)なのだから、それこそ他人にとやかく言われる筋合いはない、ということになる。

「そういう趣味を持ってはいけない」などと言われる謂れはないし、また、このように考えるのが「リベラル(自由主義者)」だということにもなるのだ。

だからこそ私は、自分自身は「男らしくありたい」と思っても、女性に対して「女らしくあれ」とは望まない。
個性に応じて、女らしくでも、ボーイッシュにでも、男前にでもなればいいし、その選択権は、個々の女性にあると思っている。

たしかに、「男は男らしく(女は女らしく)」という「美意識」は、歴史的に作られたものだろうし、かつては制度的に強いられもしたのであったろう。
そして私たちが、しばしばそれを好ましく思うのは、強いられてきた制度を内面化してしまっているから、という側面もあるはずだ。

だから、その「無意識に強いられた感覚」を乗り越えて解除せよ、という理屈もわからないわけではない。

けれどもまた、私たちの「感覚」や「趣味・嗜好」的なもの(感覚や価値観)で、「非歴史的で、フラットに中立的なもの」など、果たして存在するのであろうか?

私たちが、それを、好ましいとか好ましくないとか考える場合の「価値観」とは、結局のところ、すべては生育過程において刷り込まれた文化的な生成物であり、その内面化でしかない。
中立的な価値観などというものは、そもそも存在しないのではないだろうか。

例えば、「人を殺してはいけない」というのは、はたして「中立公正な価値観」なのだろうか?

私は、そうではないと思う。
それは所詮、人類が種として有利に生き残るための、身内向けの「決め事」でしかなく、客観的にいえば、人類なんか死滅した方が良いという理屈も、他の種は無論、地球外(生命体)の視点に立つならば、簡単に成立するものなのである。

実際、世界的に著名な言語学者で、アナキストの政治運動家でもあるノーム・チョムスキーも、「宇宙人から見て、その行いはフェアなものに見えるだろうか?」と、思考実験的に問うてみせたりするのだから、これは冗談でも何でもなく、普遍的な人間倫理の本質を問うものなのだ。

つまり、私たちの倫理とは、所詮「人間都合の倫理」であって、決して「絶対的な正義」を保証するものなどではない
言い換えれば、「元来この世界には、善も悪もない」のである。

だが、私たちが人間という生物種としてこの地球上に生きていく上では、おのずと「善悪規範」という価値観が捏造され、それに従って生きなければ、何かと不都合が生じるから、功利的にそれに従っている、ということでしかない。
だからこそ、人間の命と他の生物の命は、決して平等にはならないし、そうすることは不可能なのである。

そんなわけで、「男らしい」とか「女らしい」といった価値観や美意識も、所詮は「趣味的なもの」であって、絶対的な意味や価値を持つものではない。

だから、例えば、私に「男らしくない」と批判された兵頭新児が「いや、私は男らしいのが嫌いだから、好きでこうしているんだよ」と反論すれば、もはや私に再反論の余地はない。

「そうですか。私はそういうのは嫌いですが、あなたはそれが好きだというのなら仕方ありませんね。私は今後、あなたのことを女々しい奴だと呼ぶだけですが、それでかまわないということですね?」

と、そう応じるしかないのである。

「いや、女々しいのではなく、男らしくないだけです。そこは間違わないでほしい」

と言われれば、これに対しては、

「いや、まったくごもっともです。言葉を誤り、失礼しました」

という謝罪するしかないのである。

しかし、そうなる可能性がありながら、私はなぜ、兵頭に対して、「男らしくない」「男らしくしろ」という批判をぶつけたのかと言えば、それは兵頭が、保守的な価値観の持ち主であり、ほぼ間違いなく「男らしさ」に価値を置いている人だろうと考えたからだ。

つまり、兵頭は決して「いや、私は男らしいのが嫌いだから、好きでこうしているんだよ」なんて反論はしないし、出来ないと踏んで、そこを突いたのである。

つまり、私と兵頭の間には、「男らしくありたい」という共通の価値観があるからこそ、こうした議論も成立するし、私のこうした兵頭批判も成立し得たのだ。

そして、これは、私がこの一年あまり批判し続けている、「武蔵大学の教授」で自称フェミニストの北村紗衣に関しても同じである。

北村紗衣は、私の正面からの批判に対し、徹底して黙殺で応じている(逃げている)。

教育者であり、著書のある言論人の端くれではあろう北村紗衣が、言論での対決を避けるのは、明らかにその「肩書き」を裏切る、アンフェアな態度だ。
こう断じても、「匿名の卑怯者」以外は、私のこうした北村紗衣評価を、誰も公然と否定したりはしないだろう。

だが問題は、非常によくある「議論に応じない者をいくら批判しても、蛙のツラにしょんべんで無意味だろう」というような考えである。
私はそれを、「間違っている」と言いたいのだ。

相手が、正々堂々の議論に応じて、その結果「私が間違ってました」と認めるのなら、無論それに越したことはない。

またもし、私の方が間違っていたと判明すれば、それはそれでその誤りを認めればいいだけの話であり、別に恥ずべきことではない。誰にも誤りはあるからだ。

しかし、そうしたスッキリしたかたちにはならず、北村紗衣のように「黙殺で逃げるような卑怯者」を、それでも批判することに、はたしてどれほどの意味があるのだろうか? それとも、無意味な徒労にすぎないのだろうか?

私はそれを、徒労だとは思わない。

というのも、私と北村紗衣の価値観が、どれほど違っていようとも、やはり「卑怯な態度は恥ずかしい」という、人間の基本的な価値観においては、私と北村紗衣は、同じ前提に立っていると、そう考えるからだ。

しかし、こう書くと、「いや、現に北村紗衣は、卑怯なノーディベートに逃げているじゃないですか。だから、あんなのいくら批判しても無駄なんですよ」と、そう言いたくなる人も少なくなかろう。

だが、その考えは、半分しか正しくない。

というのも、客観的に見れば、北村紗衣は「卑怯な態度に開き直っている」ということになるけれども、北村紗衣の主観では、決して自分が「卑怯者」だと認めてはいないはずだからだ。
つまり、「私は、無駄な言い争いをしない、賢い人間となのだ」と、そう思ってるはずなのである。

そう、これは初歩の「心理的な合理化(自己正当化)」なのである。

言い換えれば、いかに自称「発達障害」だという、神経の図太い北村紗衣であっても、自分の「卑怯さ」を、そのまま直視することはできないのだ

むしろ、直視するのが辛いからこそ、それを屁理屈で合理化するのだが、そんな表面的な論理操作で、自分の心を完全に騙しきることはできない。
他人は騙せても、自分自身は騙しきれないのだ。

意地になって「あんな的外れな批判、屁とも思わない」などと強がってみせても、自分が強がっているという自己認識を、完全に消しさることは出来ないのである。

だから私は、そうした意味で、私の言葉が北村紗衣に届いていると確信しているし、北村紗衣の中の「抑圧された良心」を信じて、批判を続けているのである。

「待ってろ、いつか俺が救い出してやる」と。

たしかに、北村紗衣の心臓と脳には、ゴリラ並みの剛毛が生えており、その良心はケシ粒ほどにも萎縮して、死にかかっているのかも知れない。

だが、幸いなことに、良心がゼロになることはないのだ。

仮に、当たり前の人間の良心を「1」とし、それに対して「1」の言葉をかければ、当たり前に反応するとしよう。
ところが、北村紗衣の良心は「0.001」しかないとしたら、「1」の言葉をかけても、決して目に見える反応をすることはないだろう。

だが、「1000」の言葉をかけたらどうだろうか?

私が北村紗衣にしているのは、まさにこれなのだ。

普通の人は、一千倍の努力などしないし、出来ないだろう。
だが、私にはそれが出来る。だから、こうして現にやっているのである。

私の「北村紗衣批判」が、ここまで延々と続くと予想できた人が、いったいどれだけいただろうか?

一一でも、私はそれをやる男なのだ。

ともあれ、ここで肝心なのは、北村紗衣に対する批判に限らず、私の行う批評というのは、「必ず相手に届いている」という、相手の「良心」への信頼に立つものであり、まさに「橋を架ける」行為だという点である。

一度で届かなくても、百度くり返してさえ届かないようでも、それはまったく届いていないということではなく、「0.001」くらいは、届いているはずなのだ。

それがいかに、微かな「雑音」にすぎなかろうと、それが積もり積もったり、延々と続くものなら、人はいずれそれを無視できなくなるものだと、私はそう思っている。

だから私は、閉ざされた良心に対するノックを、コンコン、コンコンと、執拗に繰り返し続けるのだ。

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無論、それは目に見える結果を残すことにはならないかも知れない。

例えば、「橋を架ける」という言葉を目にして、私が真っ先に思い出したのは、昨年亡くなった、カトリック教会の前教皇フランシスコだったのだが、一一彼の「教会改革」は、果たしてどれほど、実をむすんだと言えるだろうか?

フランシスコには、『橋をつくるために 現代世界の諸問題をめぐる対話』という著書(共著)がある。

教皇フランシスコ、ドミニック・ヴォルトン 『橋をつくるために 現代世界の諸問題をめぐる対話』:フランシスコによる 〈異端〉との対決

フランシスコは、「旅するローマ教皇」としても知られた人であり、世界を飛び回って、立場的に異にする相手との対話に、積極的に邁進した。

しかし、だからと言って、フランシスコが「妥協的」な人だったのかと言えば、それは違う。
彼は、その温顔にも似合わず、戦闘的と言っても良いほどの、厳しさを備えた人でもあった。

それは、上に紹介した 『橋をつくるために』の中ですら、フランシスコが、教会内の右派について、次のように語っていることにも明らかだろう。

『 教会がその使命を最も良く理解した時代は、ヒューマニズムを尊重した時代です。人間の尊厳を尊重し、それをないがしろにしなかった時代です。ヒューマニズムを損なう二つの非常に重大な危険があって、それらを「異端」と呼ぶことができます。一つはグノーシス主義、大まかに言えばすべては知識であるとする異端で、使徒たちの時代に現れました。もう一つはペラギウス主義、あなたたちフランス人はそのチャンピオンですね。ポール・ロワイヤルパスカルを考えてみてください。あの偉大なパスカル、精神とヒューマニズムの巨匠であるあのパスカルも、ほとんどペラギウス的世界に生きています。肉体の拒否です。(※ 逆に)ドストエフスキーの作品の中に、ペラギウス主義やグノーシス主義を示すような箇所が、たった一つでも見つけ出せるものならば見つけ出してください。』(P240〜241)

これについての私の解説は、次のとおりだ。

『ここで、フランシスコが批判しているのは、『肉体』性を見失った「観念論(精神主義・霊性主義)」であり、だからこそ、現代思想の本場であるフランスをからかってもいるのだ。

フランシスコは、こうした「肉体(民衆・生活・現実)」を見失うこと(軽視し無視すること)で「純粋に霊的たりうる(存在のステータスが上がる)」と思い違いするような「観念論」の誘惑を、「天使性」という言葉を使って批判してもいる。
「天使」とは、この場合「悪しきもの」として批判されているのだが、ここには徹底して「民衆」とともに「低く」あらんとするフランシスコの、人間に分不相応な過度の「天使性」希求の危険性に対する、鋭い嗅覚が見て取れる。』

つまり、人間存在を見失い、民衆を見失った、観念的で貴族趣味の「カトリック右派」を、フランシスコ「異端」とまで呼んで批判しているのである。

さて、そこで私が言いたいのは、「橋を架ける」とか「橋を作る」というのは、決して「仲良くしましょう」「手を繋ぎましょう」というような、やわな話では済まされない、困難な闘いだということなのだ。

たぶん、与那覇潤から見れば、こんな私は、かなり「頑な」な人間に見えているはずだ。

だが、私が頑ななのは、私自身の弱さを知っているからなのだ。
ミイラ取りがミイラになる怖れのあることを、そうなってしまった人のいかに多かったかを知っているからこそ、安易な「党派性」を峻拒して、個人主義に徹するのである。

無論そうした勢に頼まないやり方で、目に見える、わかりやすい「結果」が出せると思ってはいない。

だが、私は私なりに、未来へと橋を架けるために必要な、「蟻の一穴」くらいは開けられると思っている。

橋を架けるのも、土台が腐っていては無理だろう。
ならば、橋を架ける前の基礎工事として、腐った土台は廃棄されなくてはない。そのためには、その腐った土台を突き崩すための、穴を開けなければならない。

私がするのは、橋を架けるための、基礎工事のための基礎工程のひとつなのだと、そう思っている。

一見迂遠に見えても、一度もハンマーを振るわないまま、橋が架かることはないはずなのだ。

そして、私にとってのハンマーの一撃一撃とは、何もこのような、社会問題に直接的に関わるものには限定されない。

つまり、いつも書いているような、書評や映画評、アニメ評などもまた、そういうものなのだ。
何を論じていようと、私が書くもののテーマは、一貫して「人にとって大切なものとは何か」ということなのである。

たしかに迂遠なやり方だ。
けれども、私にとっての「文学」とは、いつでもそういうものであったのだから、当然、私の批評もまたそういうものであり、私はそういうスタンスに、むしろ誇りを持っているのである。

したがって、今年2026年もまた、これまでどおりに、この道を、行けるところまで歩み続ける所存である。

(2026年1月1日)


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