ヴィットリオ・デ・シーカ監督 『自転車泥棒』 : 義務ではない「共感と同情」
映画評:ヴィットリオ・デ・シーカ監督『自転車泥棒』(1948年/イタリア映画)
ヴィットリオ・デ・シーカ監督の代表作。第二次世界大戦後の貧困にあえぐイタリアの庶民をリアルに描いた、「ネオレアリズモ」映画の代表作のひとつでもある。
私が子供の頃には、「名作」映画として、よくタイトルを耳にした作品だが、最近ではそうしたことも、すっかりなくなってしまった。
たぶん、国は違っても、「戦後の貧困」という共通体験において、イタリアのネオレアリズモ映画に共感できた世代、つまり、私の親以上の世代が、すでにほとんどいなくなってしまったからだろう。
私自身、「高度経済成長」の中で育った世代であり、その私がすでに還暦を過ぎたのだから、今の現役世代が「戦後の貧しさ」を知らないのは当然のことだ。なにしろ、すでに「高度経済成長」の後の「バブル経済期」を経て、再び日本の経済が下降線をたどって「経済的二極化」が進み、新たな貧困層が増えてさえいるのだから、はるか過去の話である「戦後の貧しさ」に興味を持つ者など、いなくて当然なのである。







それでも、「戦後の貧困社会」と「現在の貧困社会」には、あきらかな違いがあろう。
戦後の場合は、ごく一握りの富裕層が豊かであっただけで、それ以外は「みんな」が貧しかったのであり、そうした大半の人には、自分たちが貧しいのだという自覚があった。
ところが、今の「経済的ニ極化」の中で生きている私たちは、かつての経済的繁栄を経てきた者が少なくないためか、生活が苦しいという実感は多少あっても、自分が「貧乏人」であるという実感までは持てないでいるのではないか。
一一私には、そのように疑われてならない。
「たしかに、あまり経済的な余裕はないが、それでも私は、貧乏人ではない」というような妙なプライドの高さがあって、「貧乏」という現実を認めようとはしたがらない、といったことがあっても、その人が比較的豊かな社会の中で生きてきた世代であるならば、ある意味でそれは、当然のことなのかもしれない。
また、そうした傾向があるのは、昔とは違って今の社会には、「現実逃避」をうながす情報が満ちみちているからなのかもしれない。
テレビなんかを見ているかぎりにおいては、自分が貧乏人ではなく、テレビの中の日本人と同レベルの「平均的な日本人」だと、そんな錯覚を覚えてしまうのではないだろうか。なにしろ世界には、貧しい人たちがごまんといるのだし…。
戦後すぐのように、(戦前との比較において)周囲はみんな、見るからに「貧乏人」だというのであれば、貧乏人としての自意識も生まれやすければ、貧乏人同士の連帯だって生まれもしよう。
だが、少なくとも外見的には、周囲に「貧乏人らしい貧乏人」がいないとなれば、誰も自分だけが貧乏人だとは思いたくないので、貧乏人であるという自意識など持てないのが、道理なのではないか。
しかもこうした状況は、「経済的ニ極化」を歓迎し、推進しさえする「上級市民」的な人たちにとっては、きっと、ありがたいことなのだ。なにしろ、貧乏人が徒党を組んで、今の「二極化社会」を揺るがすような事態など、想定しないでも済むからである。
だからこそ、自覚のない貧乏人たちには、安手の「パンとサーカス」を与えておけば良いということにもなるのだ。
そんなわけで、「豊かそうな夢」ばかりが投げ与えられる社会では、「貧乏人への同情」も、おのずと薄れてしまうだろう。
なにしろ「同情」とは、「情を同じくする」ということなのだから、ある程度の「感情の共有」が前提となるものであるはずだからだ。つまり、多少なりとも、自分が「貧乏人」であるとか、今は貧乏ではなくても「貧乏に苦しんだことがある」という気持ちがないかぎり、「貧乏人への共感」は難しいはずなのである。
無論、この私自身、「貧乏」らしい「貧乏」を経験したことがないし、自分を「貧乏人」だとは思っていない。
特別豊かではないし、「経済的二極化」社会の中では「下層」に属するんだろうとは思うものの、現にひとまず、働かずに好きなことだけをして生活を営んでいるのだから、これで「貧乏人」を名乗るのは、さすがに烏滸がましいと、自分でも思っている。
だが、そんな経済的に苦労知らずで生きてきた私が、どうして本作『自転車泥棒』などに描かれる「貧乏人」に同情できるのかと言えば、それはたぶん、戦前・戦中派の作った、「貧乏人への同情と共感を描いた」映画やテレビドラマや漫画やアニメ、あるいは小説などの作品に、接してきたからではないだろうか。
自分自身は、直接「貧乏」を体験しなかったものの、フィクション作品を通して、仮想的にではあれ、「貧乏」を体験していたのである。
デ・シーカ監督には『靴みがき』(1946年)という作品があって、主人公は「靴みがきの少年」である。
一一と、このように書いても、私より上の世代なら、「靴みがきの少年」と言われて、すぐにその姿が思い浮かび、ピンとも来るだろうが、はたして、今の三十代以下の人には、それは可能なのだろうか?
もちろん、古い映画やドラマが好きだという、一部の趣味人は別にして、若い世代の多くにとっては、「靴みがきの少年」などというものは、現実は無論、映画やテレビドラマ、漫画やアニメの中ですら、見たことがないはずなのだ。
例えば、私の世代で「靴磨きの少年」といえば、その原イメージのひとつとして、テレビアニメ『タイガーマスク』(1969年10月2日 - 1971年9月30日)の主人公・伊達直人の「回想シーンにおける少年時代」の姿を思い出す。
彼は「戦災孤児(みなしご)」の「孤児院」育ちであり、孤児院を飛び出したあと、路傍での「靴みがき」をして、独りで生計を立てていた。
このような子供たちが、戦争直後の日本には、多く実在していたのである。


アニメ『タイガーマスク』には原作漫画があって、その原作者である「梶原一騎」は「1936年生まれ」だ。だから、当然のことながら、戦前・戦中・戦後を経験している世代であり、戦後の漫画に「戦後風俗のひとつ」であった「靴みがきの少年」を描いたというのは、ごく自然なことであった。
梶原一騎自身が、「靴みがきの少年」の存在を現に目にしており、また、デ・シーカ監督の『靴みがき』も見ているのかもしれない。
ともあれ、私の世代は、こうした戦前・戦中・戦後を経験している世代の作家たちの作品に接してきたからこそ、彼らが描いた「貧乏人への共感と同情」というものを、間接的に体験することが出来た。そして、そんな「間接体験」を持つ者として、ある程度は「貧乏人」に共感することも出来たのだ。
だが、そうした作品にすら接する機会のなくなった、今の現役世代が、果たして「本気で」、貧乏人に「共感」することなど、出来るものなのだろうか? ましてや、「同情」などできるのか?
一一と、そんなふうに疑われてならない。
もちろん、そうした「貧乏」体験や間接体験が一切なくても、「共感や同情はできる」と言う人も、少なからずいることだろう。なぜなら、そういう作品に接した場合、現に「可哀想になあ」と「思う」ことが出来るからだ。

しかし、その「同情」というのは、はたして自然なものなのだろうか? 「自然な感情」の発露なのか?
もしかするとそうではなく、「貧乏人に共感できないような者は、心の冷たい、共感能力の低い人間だ」と、そう否定的に評価されかねないからこそ、自己防衛的・自己正当化的に、同情的な気分になっているだけの、「自己欺瞞」なのではないのか?
つまり「共感・同情できる」から「貧乏人に共感・同情できる」のではなく、「恵まれない人には、同情すべきである」「恵まれない人に共感できる(心の温かい)人間であるべきだ」といったような「社会倫理規範」があり、それを内面化しているから、あるいは「社会倫理規範」に従っていないと「世間体が悪い」からこそ、自分は、そうした「社会倫理規範」を備えた「心の温かい人間」だと、そう思われたいがために、「共感・同情できる」と主張し、「共感・同情できる」と思い込んでいるだけ、なのではないだろうか?
例えば、本作『自転車泥棒』は、一言でいえば「貧乏人の悲哀」を描いた作品だが、映画マニア以外に、今どきこんな映画を見たいと思うような人が、一体どれだけいるだろう?
見るんなら、もっと楽しく心踊るような映画が見たいのではないだろうか?
それでなくても「今の世の中」は、ろくでもなく暗いニュースが溢れているというのに、そのうえ「映画」でまで「嫌な現実」を見るなんてことは、したくないと考える方が、よほど自然なことなのではないだろうか。
一一むしろ私には、そのようにさえ思えるのである。
しかしながら、だからこそ、多くの人に本作『自転車泥棒』を見てほしい。
本作だけではなく、「嫌な現実」を描いた、映画や小説などに接して、間接的に「恵まれない人々の体験」を共有してほしい。
そのことによって、「実感を伴って見えてくる現実」というものが確実にあると、そう考えるからだ。
「娯楽作品」が悪いというのではないし、「現実逃避」がいちがいに悪いというのでもない。
ただ、「嫌な現実」から逃げてばかりしていると、その人は、自分自身の「嫌な現実」からも逃げることになるだろうし、そうなれば、その人自身がいずれは、「冷たい社会」から見放されることにもなるのではないか。
なぜなら、社会全体が、その人と同様に「嫌な現実」から目を背ける人たちばかりになってしまうからである。
そしてそうなった時に、「嫌な現実」から逃げていた私たちは、もはや「冷たい世間」を責める資格などなくなっているのである。なにしろ、私たち自身が「冷たい人間」なのだから。
あなたは、本作『自転車泥棒』の主人公親子に、同情・共感できるだろうか?
義務や見栄からではなく、本当に、心の底からのそれが、可能なのか?
以下の「あらすじ紹介」を読んで、ぜひ、自身を試してほしい。
『第二次世界大戦後のイタリア、ローマ。
2年間職に就けなかったアントニオ・リッチは、職業安定所の紹介で役所のポスター貼りの仕事を得る。仕事に就くためには自転車が必要だと言われるが、生活の厳しいアントニオは自転車を質に入れていた。妻のマリアが家のベッドのシーツを質に入れ、その金で自転車を取り戻す。新しい職に浮かれるアントニオを見て、6歳になる息子のブルーノも心を躍らせる。
ブルーノを自転車に乗せ、意気揚々と出勤するアントニオ。しかし仕事の初日、ポスターを貼っている最中に自転車を盗まれてしまう。警察に届けるも「自分で探せ」と言われる始末。自転車がなければ職を失う。新しい自転車を買う金もない。アントニオは自力で自転車を探し始める。
友人のバイオッコに相談し、翌朝に広場のマーケットへ探しに行くことに。広場には大量の自転車が売りに出されていたが、アントニオの自転車は見つからない。
雨が降り、二人はずぶ濡れだ。息子ともに途方に暮れている中、アントニオは犯人らしき男が老人と会話しているのを見かける。男を追いかけるも逃げられてしまい、戻って老人を追う。老人は「何も知らない」と言い張り、施しを行う教会に入った。アントニオはミサの行われる中で老人を問い詰め、男の住所を聞き出す。アントニオは老人をその男のところまで同行させようとするが、老人は「せめて施しの食事を食わせてくれ」と頼む。アントニオはそれを許すが、その隙に老人は逃げる。アントニオの不手際を責めるブルーノの顔を、アントニオはぶってしまう。
いじけたブルーノを慰めるために、高級レストランに入るアントニオ。周囲が豪華な食事をする中、肩身の狭い思いで食事をする。ポスター貼りを続けられればもっと生活が楽になるんだ、だからなんとしても自転車を見つけたい、とアントニオは息子に語る。
昨日までインチキだとこき下ろしていた占い師にも頼ってみるが、「すぐに見つかるか、出てこないかだ」としか言われず何の進展もない。
貧民街で犯人とおぼしき男を見つけたアントニオは、激しく男を問い詰める。しかし男は何も知らないと言い張り、発作を起こしてそのまま倒れる。昂ぶった街の男たちに取り囲まれたアントニオの元へ、ブルーノが警官を連れてくる。警官とともに男の家を捜索するが、自転車は見当たらない。証拠もなく、証人もいなければこれ以上の捜査はできないと警官が言う。アントニオはあきらめ、住民に激しくなじられながら貧民街をあとにする。
あてもなく歩き、サッカーの試合を開催しているスタジアムの前で座り込む二人。目の前には観客が乗ってきた大量の自転車。背後には人気のない通りに一台の自転車が止まっている。アントニオは立ち上がり、何度も振り返って一台の自転車を気にする。やがて試合が終わり、退場する観客で通りが混雑し始める。思いつめたアントニオは息子に金を渡し、先に帰って待っていろと言う。そして背後の通りへ恐る恐る歩いていく。
人気のないことを確認し、自転車を盗むアントニオ。しかしすぐに気づかれ、追いかけられる。必死に逃げるアントニオを、路面電車に乗り遅れたブルーノも見つける。アントニオはあえなく捕まり、取り押さえられた。泣きながら父にしがみつこうとするブルーノ。 捕まえた男たちはアントニオを警察に突き出そうとしたが、自転車の持ち主はブルーノを見て、「もういい、見逃してやる」と言う。アントニオは男たちの罵倒を背中に受けながら解放された。
弱弱しく歩くアントニオ。次第に涙がこぼれ始める。父の涙を見たブルーノは、強くアントニオの手を握る。手をつないだまま、親子は街の雑踏の中を歩いていく。』
(Wikipedia「自転車泥棒」)

(2025年5月20日)
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