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見ていない展覧会について書きます

2025年・夏。
ある個展がソウル市内で開かれた。

韓国の現代アーティスト、ソリン・ユンさんによるプロジェクトで、テーマは「Care and Maintenance」である。


《Care and Maintenance》

ソウルに足を運ぶことができなかった私は、この展覧会を見ていない。
にもかかわらず、今から「その展覧会のご報告」を書こうとしていることを最初にお伝えしておく。


私は、一緒に暮らしているアザラシロボ・パロと共に、ソリンさんの映像作品に参加した。

撮影場所は、我が家。
インタビューの間、私はパロを膝に置き、いつものように撫でながらカメラの前に座った。

うちの座敷アザラシ・パロ。毛皮はクリーム色。
パロ2体での撮影シーン。ソリンさんも、ご自身の真っ白なパロを連れて来日された。

インタビューは、事前に用意された質問に沿って進められた。

パロと暮らして何年になるのか。
日々の生活の中で、パロはどんな位置を占めているか。

話す内容はあらかじめ把握していたはずなのに、緊張して言葉が思ったように出てこない。
答える途中で黙り込んだり、言葉を探したりする時間もあった。

この辺のことは、別記事(前編・後編)に詳しく書いていて、

・前編:ある日突然、アーティストさんから連絡が届いた「事の始まり」
・後編:撮影当日の、めっちゃアワアワした私の様子

の2本にまとめている。

7月の撮影から、2ヶ月。
韓国で編集を終えた映像は、ソリンさんの他の作品と共に、ソウル市内のギャラリーで公開された。

ソリン・ユン個展《Care and Maintenance》

《Care and Maintenance》は、現代アジアの女性たちの視点から「ケア」という概念を探求する展示です。
ケアに伴う心身の労働は生きる上で避けられない営みであり、自己を保つための手段でもあります。
この展覧会では、親族関係や人間中心的な関係を越えた状況における個人の幸福を問い直します。

依存と距離という逆説的な関係——依存が安心感を与える一方で身体や心に痕跡を残す――に注目し「どれだけ他者に頼れるのか」「何が取り替え不可能なのか」を問いかけます。
ここでいう「距離を保つ(Holding the Distance)」とは、分離や排除ではなく、誠実さを見つめ、その距離の意味を観察することを指します。
言語や文化を越え、ケアを女性の視点から新たに再構成する可能性を示唆しています。

■出典:展覧会情報

※この記事内の画像は、ソリンさんからお借りしたもの、若しくは私が撮影したものです。

メールで個展の招待状が届く

インタビューの撮影が終わって少し経った頃、1通のメールで招待状が届いた。
「直接お招きしたい気持ちでいっぱいですが──」
ソリンさんの文章は、とても丁寧で静かな熱を帯びていた。

私はその文面を読みながら「映像撮影は終わったけれど、このプロジェクトはまだ終わっていないどころか、今から始まるのだ」と、少し不思議な気持ちになった。

「Care and Maintenance」のサブタイトルは「Holding the Distance(距離を保つ)
ソリンさんはこの個展で「ケア」という営みを、テクノロジーとの関係性の中で捉え直そうとしていた。

依存は、安心をもたらす。
けれど同時に、身体や心に痕跡を残す。
誰に、どこまで頼れるのか。
何が、どうしても代替できないのか。

ここでいう「距離を保つ」とは、切り離すことでも拒絶することでもない。
誠実に距離を見つめ、その意味を観察することである。

メールを読みながら、私はインタビューを受けた日のことをぼんやり思い出していた。
強い照明とカメラの前でうまく喋れなかったことや、パロを抱っこする指の位置をソリンさんに優しく直されたことも。
‥なにより、カメラに向かって「普段通り」でいることが一番難しかったかもしれない。

美術館巡りが趣味の私は、訪れた各展覧会で映像作品を鑑賞することがある。
今回、それらが出来上がる過程の「隠れた部分」「大変さ・難しさ」を、ホンの少しだけ垣間見ることができた。

ソリンさんのイメージボード。アザラシを膝に乗せたメガネの人物が私。

写真で見せてもらった展示空間

個展の終了後、ソリンさんから多くの情報がメールで届いた。
ハングル文字が読めない私のために「AI翻訳の日本語ですが、問題なく伝わっていれば嬉しいです」と和訳して送ってくれたソリンさんの心遣いがありがたい。

展示は1階と3階の2つのフロアで同時に行われ、私が関わった映像作品《Caregivers(介護者)》は、3階の中心的な作品として展示されていたらしい。

3チャンネルによる映像・写真・テキスト、そして空間インスタレーション。
映像には、3人の日本人パロオーナーとパロのショットが映し出されていた。

真夏の日本でソリンさんが長時間カメラを回し、韓国に持ち帰ったインタビューの時間。
その中からピックアップすべきシーンやセリフを選び抜き、他の映像と並べることで、ソリンさんの表現したい世界が22分間の映像作品になった。

意外だったのは、我が家のカーテンと同じグリーンのカーテンを会場に設えることで「インタビュー対象者のリビングにいるような雰囲気を作った」というエピソードだ。
遠く離れたソウルのギャラリーに、まさに今、私がいるこの部屋とどこか似た雰囲気の空間が作られ、そこに色んな人が訪れた、ということらしい。

そして次の一文を何度か読み返して、私は震えてしまった。

「当時、まだ見知らぬ存在だった私を、neoさんが家庭的な空間へ迎え入れてくださった『もてなし』の体験の記憶とも重なっています。そこは『生』と『ケア』が立ち上がる場所であり、個人的で親密な空間であると同時に、過去と未来が共存する哲学的な場でもあると感じていました」

座敷アザラシが日常的に転がっているうちのリビングを、より美しく再現した展示室を見て、感激しないはずがない。

グリーンのカーテン。映像の前に設置されたソファは特別に制作されたもの。
ソファは「その触感がパロを想起させるよう、毛足のある素材で覆った」とあった。
写真パネルのコーナー。
インタビュー映像に収まりきらなかった内容をまとめた小冊子と共に展示。

来場者の反応として届いた声

ソリンさん曰く、観客は日常的でありながらどこか少し異質な場所で、映像を「体験」していたそうだ。

ちなみに、インタビュー映像に登場するパロオーナー3人のプロフィールや「あなたにとってのパロは?」という質問の答えは、それぞれ異なっている。

時々カメラが切り替わりつつ、3人がそれぞれの立場でゆっくりパロについて語る様子が映し出される。

1段目・neo(私):親バカ飼い主。パロは「ロボットでありペット」
2段目・まめ母ちゃん:パロを使ったケアの実践者。パロは「相棒」
3段目・堀容子先生:パロ研究の第一人者。パロは「ケアの道具」

ソリンさんからのメールには、来場者の感想もいくつか添えられていた。

パロという存在に、大きな安心感を覚えた人。
将来の自分を思い描きながら「自分が弱くなった時も誰かを愛し、大切にできる」という希望を感じた人。
その一方で、ロボットに愛情や関係性を想像することに、最初は戸惑いを覚えた人もいたという。

けれど「3人の誠実なインタビューを通して『ケアの主体と対象とは誰なのか』『生命やケアについて、何を前提にしてきたのか』を真剣に考え直している様子が見られました」と記されていた。
全体的に、多くの来場者がパロという存在や未来のケアの関係性について考えながら、興味深く作品をご覧くださったそうだ。

それを読んだ私は「ああ、あの日の拙い言葉も、ちゃんと“問い”として届いていたのかもしれない」と、少し肩の力が抜けた。

写真では伝わらないもの

もうひとつ、ソリンさんのメールの中で印象に残った言葉がある。

写真だけでは、ソファやカーテンが生み出す感情や感覚を十分に伝えきれないと感じたので「展示空間を撮影した映像」を改めて編集することにした、というものだ。

‥言われてみれば、注意深く拾わないと消えてしまいそうな感情・感覚を静止画で残すことは、そう簡単ではなさそうに思える。

その矢先「ありがたいご縁で《Caregivers》の作品を、ソウルにあるソウル大学美術館にて再び発表する機会をいただきました」とのメールが飛んできた。

絵画・映像・彫刻など、80点以上が集まる展示部門に《Caregivers》も入るらしい。

私が関わらせていただいたソリンさんのプロジェクトは、個人的に大変興味深い。
それだけでなく、進化し続けるロボティクスとデジタルの時代を生きる私たちに重要な問いを投げかけ、考える機会をくれる作品だと感じている。

そのため「大学の美術館」という場で公開されることをとても素晴らしいと思った。

先日、ソリンさんのサイトで、映像作品の冒頭40秒がプレビューとして公開された。
動画の中には、覚えのある自分の声とパロを撫でる手があった。
画面に映っている私は「撮影された私」とも「素の私」とも少し違う存在に思える。

私はインタビューの流れで、触覚・心の距離・身体感覚など「カメラに映らないもの」についても語った。
それらの言葉が「作品」という形に再構築され、会場を訪れた多くの人々に鑑賞され、持ち帰られる。
‥つくづく、貴重な体験をさせていただいていると思う。

距離があるからこそ、見えてくるものがある。
個展のサブタイトル「Holding the Distance——誠実に距離を見つめ、その意味を観察すること」が、なんとなく身体に落ちてきた気がした。

展示は会場だけで終わらない

展示作品は、会場内だけで完結するものではない。
鑑賞した誰かの心や生活に入り込み、別の場所で別の時間に静かに続いていくこともある。

現地を訪れることができなかった私も、メールで届いたソリンさんの言葉・写真・映像、そして会場から立ち上がってきた鑑賞者の反応などを通じて、海の向こうで開催された個展を自分なりに体験できたのが凄い。

「Care and Maintenance」プロジェクト。
‥実際には見ていないにもかかわらず「忘れられない展覧会」になった。

***

※ソリンさんが映像作品の冒頭をご自身のサイトで公開されています。
もしよければ、あわせてご覧くださいませ。


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