見出し画像

『開戦前夜』と「空気」の正体

映画『開戦前夜』を観た。

総力戦研究所を題材に、若い研究員たちが戦争をシミュレーションしていく物語(フィクション)である。とはいえ、ここで映画の内容を詳しく書くつもりはない。

観ながら何度も思ったのは、戦争そのものよりも、

「日本人、今も昔も空気で動くなあ」

ということ。
山本七平の『「空気」の研究』を読んだことがある人なら、たぶん上映中に何度か「ああ、これか」と思うとおもう。

空気は、勝手に生まれるわけではない

「国民がそう望んでいる」
「世論が許さない」
「ここまで来た以上、引くことはできない」

こういう言葉は、とても便利である。

まるで「民意」というものが社会のどこかから自然発生して、政治や組織の上層部に届いたように見える。

けれど、そもそもその空気を作ったのは誰なのか。

政治が方向を示し、報道が伝え、人々が受け取り、さらに人々の感情が増幅される。
そして、出来上がったものが、今度は「民意」として上に返っていく。
自分たちで種を撒いておきながら、育ったものを外部条件のように扱う。

もちろん、市民もただの被害者ではない。
空気に流され、判断し、そして、文句は一丁前である。

今も昔も、このあたりは妙に日本人らしい。

空気に抗う側にも、空気は生まれる

一方、若い研究員たちは、最初から英雄として集められたわけではない。
調べる。数字を見る。条件を置く。結果を出す。
やっていることは、言ってしまえば大規模なデスクトップリサーチである。

ところが、その調査結果が既に存在している空気とぶつかった瞬間、仕事の意味が変わっていく。

ただの分析だったものが、やがて「この結果を曲げてはいけない」という覚悟になっていく。

そこは立派でもあり、同時に少し危うく見えた。
空気に抗う人間は、空気の外側に立っているわけではない。
彼らの中にもまた、別の空気が生まれていく。

しかも若い。

純粋で、無知で、だからこそ腹を括れてしまう。
社会全体を覆う強迫的な空気に対して、別の覚悟の空気が立ち上がる。
単純な「理性対空気」ではないところが、この映画の面白さだった。

管理職は、誰の部下なのか

そして個人的に印象に残ったのが、佐藤隆太と江口洋介が演じる管理職だった。どちらも、いわゆる「嫌な上司」として描かれているわけではない。

むしろ良い管理職だと思った。ただし、その良さの方向が違う。

佐藤隆太演じる人物は、最後には若手側に立つことを明確にする。
その判断をすれば、自分がどう扱われるのかも、おそらく分かっている。

一方、江口洋介演じる人物には、上への忠誠がある。
ここで改めて思った。
中間管理職は、部下から見れば上司だが、その人自身もまた誰かの部下である。

部下はつい、「上司ならこちらを守るべきだ」と考える。けれど、その上司もまた上層部の命令系統の中にいる。上への忠誠と、下への責任。
その両方を抱えるのが中間管理職なのだろう。

しかし、良い管理職がいることと、組織全体の意思決定が正しいことは別。会社員には、なかなか胃の痛い話である。

同じ危機でも、立っている場所が違う

若手たちが、次第に自分の人生や将来まで含めて覚悟していく一方で、国家の上層にいる人間はまったく別の視座から物事を見ている。

近衛総理の“公家的”とでも言いたくなる距離感は印象的だった。
冷たいというより、見ている世界が違う。
若手にとっては自分の人生そのものに関わる話でも、国家の上層では膨大な要素のひとつになる。

同じ危機の中にいても、立っている位置によって、現実の温度が違う。
組織が大きくなるほど、この距離は避けられない。
だからこそ、組織論として観ても面白い。

日本人は、今も空気で動いている

この映画を観て、
今もあまり変わっていない。
と思った。

日本人は空気で動く。

これは必ずしも悪いことばかりではない。
いちいち明文化されなくても周囲を読み、足並みを揃え、必要なときには一気に動く。非常時には、それが強さになることもある。
けれど、一斉に動ける社会は、一斉に間違えることもできる。

問題は、空気が存在することではない。

その空気を、事実や数字や異論によって訂正できるかどうか。
誰が決めたわけでもない。
けれど、いつの間にか「そうするしかない」ことになっている。
そして、それを後から「民意だった」「空気だった」と説明する。

80年以上前の時代背景を扱った映画ながらも、その仕組みにあまり古さを感じなかった。たぶん、それが一番怖かった。


◆編集後記
誰も決めていないのに、もう決まっている―――「戦前の日本人を知る映画」じゃなくて、「日本人という集団の動き方を知る映画」として捉えると、今回みたいな作品は、公開時の評価だけじゃなくて、10年後、20年後に見返される価値がある。歴史資料そのものではないけれど、当時の意思決定構造や「空気」のあり方を、現代人が追体験できる形にしたアーカイブ。

良い研修教材になると思う。
学生なら、歴史・公民に加えて、メディアリテラシーや集団心理までいける。「民意って何?」「自分の判断だと思っているものは、どこまで自分の判断?」まで考えられる。
社会人にはさらに刺さって、組織論・中間管理職・意思決定・データの扱い方・同調圧力まで全部入ってる。

「調査結果が上の期待と違ったらどうする?」
「部下と上層部の意向が衝突したら管理職はどうする?」
「組織の空気とデータが食い違ったとき、何を根拠に判断する?」

これ、普通に企業研修のお題になる。

しかも、「正解はこれです」と教える教材じゃない
若手だって完全に安全な合理主義者じゃないし、管理職もそれぞれ違う忠誠や責任を抱えている。上層部だって、ただの悪役として片付けられない。

だから観たあとに立場を割り振って議論させると面白そう。

学生に「あなたが研究員なら?」
若手社員に「あなたが佐藤隆太の立場なら?」
管理職に「あなたが江口洋介なら?」
経営層に「数字が敗北を示していたら、それでも進む条件は何か?」

……全階層が嫌な汗をかく研修になる(笑)

「これ、自分の会社でも学校でも地域でも起こってない?」
って必ず自分側に返ってくる。

学校でやるなら、『「空気」の研究』を先に短く触れてから映画を観せて、最後に「この映画で“空気”を作っていたのは誰か」を書かせるの、かなり良い授業だと思う。


原案:猪瀬直樹、監督:石井裕也、エグゼクティブ・プロデューサーの一人に竹内力。Vシネの帝王、粋な動き方されてますなぁ(笑)

本日は、8月15日。終戦記念日。英霊に祈りを。


いいなと思ったら応援しよう!