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ゼノギアスが20年以上後に効いた——発達特性と「人格統合」の話

机に突っ伏した高校生

1996年、静岡の地方都市にある進学校。

教室の真ん中で、俺は机に突っ伏していた。

休み時間のたびに、だ。顔を腕で覆って、周囲の声をシャットアウトする。起き上がれない。いや、起き上がりたくないのか。自分でもよくわからなかった。

高2から高3にかけて、俺は対人恐怖症だった。クラスには悪口を言い合う文化があって、誰かが席を外すと「あいつマジうぜえよな」みたいな話が始まる。で、自分がトイレに行ってる間、たぶん俺のことも言われてる。そう思うと、心臓がドクドクして、顔が熱くなって、まともに教室にいられなくなった。

放課後のチャイムだけが解放の合図。

あの教室を出る瞬間、毎日「今日も生き延びた」って思ってた。

1998年2月、セガ信者の卒業式

高3の2月。大学受験の真っ只中。

俺はあの日、R大学の東京会場試験を受けた。手応えはボロボロ。英語も国語も、頭に入ってこなかった。まあ、当然といえば当然だ。受験勉強なんてほとんどしてなかったから。

試験会場を出て、俺はそのまま秋葉原に向かった。

ソフマップ。店頭には、山積みになった「PlayStation」があった。グレーの筐体。コントローラーの曲線。それを、5年間の「信仰」が音を立てて崩れた瞬間だった。

5年の信仰を捨てた日

メガドライブ、ゲームギア、セガサターン。俺はセガ信者だった。最初は「セガのゲームは世界一」——そう本気で思ってた時代もあった(黒歴史)。しかしメガドライブやスーパーファミコンの時代、俺の心を奪ったのはSFCのFF6やクロノ・トリガー、天地創造といったSFCのRPGだった。(LUNARという例外はあるが)

そしてその日、俺はプレステを買った。

なんでかって? 簡単だ。セガ信者であること以上に、RPGが好きだったから。それはSFCの頃から変わらなかった。

サターンにはRPGが少なかった。グランディアは神ゲーだったけど、それだけじゃ足りない。ゼノギアス、ファイナルファンタジー、テイルズ……プレステには俺が欲しいゲームが山ほどあった。セガへの忠誠心より、「面白いゲームがやりたい」という欲望が勝ったんだよね。

翌日、M大学の試験があった。

俺は会場に行かなかった。

ホテルでプレステをセットアップして、最初にプレイしたのは「トゥルー・ラブ・ストーリー」だった。岩垂徳行の音楽が好きだったから。(……いや、ただの恋愛シミュレーションなんだけど、音楽が良かったんだよ。そこだけ見逃してくれ)

そして、その次にプレイしたのが——ゼノギアスだった。

ゼノギアスとの出会い

1998年2月11日発売。スクウェアの野心作。

宗教、哲学、心理学を詰め込んだストーリー。光田康典の音楽。当時のRPGの中でも、明らかに「尖っていた」作品だった。

フェイの人格統合

主人公はフェイ・フォン・ウォン。解離性同一性障害(多重人格)を抱えた青年だ。

物語の核心は、フェイが「イド」という破壊的な人格と向き合い、最終的にそれを「自分の一部」として受け入れる——人格統合のプロセスだった。否定していた自分、認めたくなかった自分を、それでも「俺の一部だ」と認める。そうやって、フェイは完全な自分を取り戻す。

当時の俺は、正直、他人事として観ていた

「多重人格? 本当にそんな人いるのか?」「フィクションだから面白いけど、現実じゃありえないよな」——そんな感想だった。

もちろん、ゲームとしては最高に面白かった。ディスク2が紙芝居状態だったのは苦痛だったけど(予算や納期の都合であろうことは当時の自分でも理解できた)、それでも俺にとっては衝撃的な体験だった。

でも、当時は「自分の話」としては消化しきれなかった

18歳の俺には、まだ早すぎたんだと思う。

20年の沈黙

それから人生は続いた。

チャットにのめり込んで大学は中退。地元の会社に入って、マーケティングで頭角を現して、社内No.2まで昇進した。でも不倫で家庭を壊して、離婚して、借金作って、生活保護まで落ちて、また這い上がって、また壊れて——まあ、ジェットコースターみたいな人生だった。

その間、ゼノギアスの血を引くゼノブレイドやゼノサーガをプレイした。しかしそれらはあくまでゼノギアスとは別のゲームとして楽しんでいた。ただ、ゼノギアスも思い出の「未完の大作」として、いつも心の引き出しにあった。

2025年12月10日の発芽

去年の12月。俺は40過ぎのおっさんになっていた。

AIとの対話で蘇った記憶

AIと対話しながら、自分の人生を掘り下げるセッションをやっていた。テーマは「両親からの継承」。父親から受け継いだもの、母親から受け継いだもの。車趣味の話から、青年時代の思い出へ、そして「継承」というテーマへ——対話は自然に深まっていった。

「継承をもう少し深掘りしたい」

そう言った瞬間、ゼノギアスが浮かんだ

「ちょっと雑談なんだが、ゼノギアスを思い出した。フェイの解離性同一性障害が治癒したエピソード。自分は解離してないけどさw」

俺はそう言った。AIは「面白い連想だね!」と返した。

で、話を続けるうちに、気づいた。

構造的に同じだった

否定→認識→統合

フェイがやったこと:

否定したい自分(イド)を「存在しない」ことにしていた。でも、それは消えなかった。最終的に「これも俺の一部だ」と認めることで、人格が統合された

俺がやろうとしていたこと:

「支配者としての父」を否定し、距離を置いていた。でも、父から受け継いだもの(車趣味、地図への愛着、好奇心)は消えなかった。「支配者としての父」を否定することは、自分のルーツ(遺伝子)の半分を否定することだった。 そういえば、高校時代の俺もそうだった。 教室で机に突っ伏して、周囲をシャットアウトして、「自分なんていなくなればいい」と自己否定していたあの頃。

ずっと俺は「自分(の一部)」を否定して生きてきたんだ。 フェイがイドを否定したように。俺が父を否定したように。

構造的に全部同じだった。 否定 → 認識 → 統合。

構造的に同じだった。

否定 → 認識 → 統合。

20年以上前のフィクションが、今の俺の「人生の地図」になっていた。

「……フェイに追いつくなんてw 人間ってわからないものだね」

俺はそう呟いた。AIは「20年越しのマスタリーだね!」と返した(大げさなやつだ)。

処方箋は、20年後に届いた

ここで言いたいことは、シンプルだ。

10代、20代で出会った作品——ゲーム、音楽、映画、小説。その時は「なんで好きなのかわからない」ものもあると思う。消化しきれないまま、心の奥に沈殿しているものもあると思う。

それでいい。

その作品は、20年後のお前への処方箋になるのもしれないから。

今はわからなくていい。説明できなくていい。ただ「刺さった」という事実だけを覚えておけ。それはお前の脳が「これは将来必要になる」と判断した証拠だ。

俺は18歳で「多重人格なんて他人事」と思いながらゼノギアスをプレイした。20年以上経って、ようやくフェイの旅路を「自分事」として理解できた

遅すぎるって?

いや、ちょうどいいんだと思う。

フィクションは単なる「娯楽」じゃない。少なくとも、俺にとってはそうだった。あれは「10年後、20年後の人生の地図」だった。

もしお前が今、10代や20代で、「なんでこの作品が好きなのかわからない」ものがあるなら——それを大事にしよう。

いつか、その意味がわかる日が来る。

たぶん。


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