【私小説】春休み②─地図を作ろう─
多田くんの家を出た。
カバンから白い紙とペンを取り出した多田くんは、
「ここからスタートしようかな」
とつぶやいて紙に線を引いた。白い紙に引かれてゆく線。その線は定規を使って引いたのかと思うほどきれいな直線だった。
線を引いたあと、多田くんは私のことを呼んだ。
「そのカメラで、撮影してくれないかな? どこまで来たか、記録したいから」
「うん」
うなずいた私は、外出用の大きな黒いカバンからカメラを取り出した。そして、彼の家の前にある小路の写真を撮った。
「これが終わったら街の方へ行くから、国道側の写真お願い」
「了解!」
「好きなものも撮っていいから。いや、そこはジャンジャン撮って」
私と多田くんは、町の中の様々な場所を歩いた。
堤防に沿って続く昭和30年代の名残を残した商店街、屋敷地と今風の住宅が混在する住宅街。この町で私は約15年暮らしてきた。けれど、こんな風情のある路地や通りがあったことは全く知らなかった。平日は町にある自宅と学校、休日は彼の家と図書館を往復しているせいだろう。
私は途中にあった寺で気持ち良さげに寝ていた猫の写真を撮ったり、レトロな商店街の風景を撮ったりした。
記録用に写真を撮る役目をやっているだけなのに、近所の散歩をしているだけなのに、私は胸が熱くなった。
白い紙に多田くんは線を引き、地図を作る。白い紙はどんどん地図らしくなっていき、お昼まで真っ白だった紙は、夕方には線でいっぱいになっていた。
次の日も、私と多田くんは部活帰りに集まり、地図を作った。
この日は商店街の北側の地図を作った。
商店街の北側は、南側よりも昭和の残り香があった。色褪せたり錆びて塗装が剥げたりして読みにくくなった看板が、わずかではあるが往時を物語っている。
昨日と同じように、多田くんが白い紙に地図を描き、私が写真を撮る。そうして、多田くんの持つ真っ白な紙に道が記録されていく。
商店街の地図作りを終えた私と多田くんは、ジュースを片手に町の建物の向こう側にある土手で休むことにした。
土手の目の前には、大きな川がゆったり流れている。川の向こう側には隣町の風景が見える。芽吹いたばかりの草花は、春風と川風にゆられ、ひらりとなびく。
黄昏た表情で川の向こう側を眺めていた多田くんは、
「そういえば、健ってどこの高校行くの?」
と聞いてきた。
私は多田くんの質問に答える。
「そんなの、わかんないよ」
わからない。私の学力では、高校さえ行けるかどうかさえ怪しい。それに取り柄も無い。絶望的に「何もない」から、最悪どこも行くところが無いかもしれない。
「へぇ」
先ほどよりも哀愁に満ちた表情で、私のことを見つめた。いつもふざけてる多田も、これからどうするとかで悩んでるんだな。
感慨にふけながら私は続ける。
「めんどくさい」
「確かにね」
私は大きなため息をついて、
「うん。これからもこんな人生が続いて行くんでしょう? 何だか嫌になるよね……」
と言った。将来やりたいこともなく、人から怒られてばかりの自分に、できることなんてあるのだろうか? そう考えると、未来が無明長夜の闇のように思えてならない。
「まあ元気だそうや」
肩を叩いて、多田くんは慰めた。
休んだあと、再び地図製作の作業に取り掛かった。そうしていくうちに今日もいつの間にか夕方になっていた。
一働きしたあとの夕焼けは、いつもの何倍か茜色が色鮮やかに見えた気がする。
次の日もまた、その次の日も地図作りを行った。土日は休みと決め、休養に努めるという形で。
こうしていくうちに暦は3月から4月へ変わり、私たちは中学2年生から3年生になった。
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