【私小説】中学3年生①─君から僕へ─
部活に行ったり、地図を描いたり、宿題をしたりしているうちに、3年生になった。
3年生といえば受験だが、特にそんな実感は今のところ無い。2年のときの春休みと変わらない日々が平和に過ぎていく。水が岩間を、雲が風に乗って空の上を流れていくのと同じように。
4月3日。この日クラス替えの発表があった。
群がる人垣を掻き分けながら、私は新しいクラスの名簿が載った模造紙の中にある自分の名前を探した。
「えーっと……」
私は自分の番号を探した。が、群がる人垣のせいでよく見えない。
諦めて人垣から離脱したときに、
「やあ! 佐竹くん!」
三浦くんに声をかけられた。
「ちょ、その格好!」
ライムグリーンのTシャツの上に白いパーカーを羽織っている。おまけに左手にはコンビニのレジ袋。誰がどう見ても学校の敷地へ入って来る格好ではない。
「買い物行こうとしてたんだけど、そういえば今日何かあったな? って思って予定表見たら、クラス替えだって思い出して、買い物ついでに学校立ち寄ろうと思った感じかな」
三浦くんは小さな声でこの相応しくない格好のわけを話した。
「だからって、私服はないでしょ」
「まあ目を瞑ってくれたまえ。君にだってそういうことはあるだろう?」
「まあ、あるにはあるけどさ……」
「そういうことだ」
「なるほど……。って、必要なものとか買いに行くついでにどこか立ち寄るのと、学校入るのではわけが違うって!」
そう突っ込もうとしたとき、後ろから、
「おう、三浦! 制服はどうしたんだ?」
と生徒指導の先生が声をかけてきた。
「クリーニングに出しててまだ届いてなくて……」
弱々しい口調で三浦くんは返す。
「そういうときは、指定のジャージで普通来るよな?」
「すいません……」
今にも泣き出しそうな表情で、三浦くんは謝った。
「おーい、クラスわかったぞ」
「どうだった?」
私は聞くと、多田くんは、
「スタジャンくんと一緒だった。健は三浦くんと一緒だった。ちょっと面倒な奴もくっついてたけど」
「えぇ……」
私は落胆した。修学旅行もあるし、受験もあるのに、面倒な人間と一緒なのは、少し幸先悪いスタートになりそうだ。
春休みの終わりとなる翌日に、変化が一つあった。春休み最後の日に、多田くんが地図作りを辞めることを宣言したのだ。
地図の進捗は、住んでいる町のほぼ全域が出来上がっていて、残すは中学校のある新興の住宅街と郊外だけとなっていた。そこさえ終われば、あと少しで完成するところだった。
「なんか、もったいないな……」
正直、私は残念に思った。暇でも誰かの助けがあっても、あんな立派な地図を作れるのは本当にすごい。
「どうして、辞めるの?」
私は聞いた。
「お前に託すためさ」
「急にそんなことを言われても……」
急に自分に丸投げされても困る。私は拙い写真は撮れても、多田くんみたいに定規無しできれいな線は描けない。それ以前に、地図を一人で完成させられそうにない。
「いろいろ考えたけど、自分には無理だった。でも、東京まで自転車で行った健と一緒なら、この地図が作れるって思って」
そう言って多田くんは、私に未完成の地図を差し出した。
「できないよ、自分には」
「それでもいい。だから、お願い」
多田くんは私の手の間に地図を挟ませた。
「これは多田くんが完成させるべきだよ。自分はあくまで手伝っただけだから」
私は断った。そして多田くんが手に挟んだ未完の地図を返した。
多田くんは首を横に振り、続ける。
「健が旅に出られるの。夢なんだろう?」
「うん。それが、どうしたの?」
「この地図をもっと広げてくれないか? 好きなように描いてもいい。完成しなくたっていいから……」
再び多田くんは、私に地図を託した。
「わかった。できるだけ描いてみるよ」
私は彼の描いた未完成の地図を受け取った。
自分がどこまでできるかはわからない。けれども、完成させなくてもいいなら、ほんの少しはできそうな気がした。
家に帰るついでに、地図作りをはじめた。
私が描いた線は、ぐちゃぐちゃだった。彼のように上手くは描けない。けれども、それだけでも少し大きな前進。ほんのわずかではあるが、住宅街の地図が完成に近づいた。
作業の終わりに、近くのコンビニでジュースを買ったあと、たまにブランコに乗りながら雑談してる公園に立ち寄った。
ベンチに座った。目の前には夕日が淡いオレンジ色の空に輝いていた。
夕日は優しい光を放ちながら、地平線の彼方へ沈んでいく。
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