【私小説】中学3年生②─騒がしい未来の方へ─
3年生になって初めての登校日。私は重い体を起こし、朝ごはんの支度を済ませた。
「今年度はしっかり学校へ行くんだ!!」
私は心のなかでそう言い聞かせながら、朝ごはんを食べた。
新年度だから、心を入れ替えて前みたいに行こう。昨日そう心に誓った。
誓ったのには、もちろん入試に響くみたいな現実的な理由もある。だが、この春休みの間に、三浦くんや多田くんらと遊んで、みんなといることがとても楽しく感じられたのもある。また昔みたいに、10分休みとかに話せたらいいなと思い、再び教室へ登校しようと思ったのだ。でも、いつまで続くかはわからない。3年生になると、勉強も段違いに難しくなるし、受験もある。もしかしたら前みたいに人間関係やストレスでつまずくことだってあるかもしれない。それでもいい。また行くのが無理そうになったら休めばいいのだから。
朝ご飯を食べ、食器を洗った。洗っているときに、ドアの向こうから多田くんの声がした。
「待ってて!」
急ピッチで洗い物を済ませた私は、急いで支度を済ませ、家まで来てくれた多田くんと一緒に学校へ向かった。
果てしなく続く住宅街。田起こしのされたばかりの茶色い田んぼ。鳥のさえずりが聞こえる誰もいない公園。起き始めた町の中を朝の優しい光が降り注ぐ。
学校の前まで来た。運動公園の前に植えられていた桜は満開であった。
「きれいだなぁ……」
目の前の満開の桜は、用水路沿いに植えられていて、どこまでも続いている。桜の花咲く梢は、わずかにピンクの混じった花で彩られていた。その梢をわずかな春風と小鳥が揺らし、小さく可愛らしい花びらを地面や用水路の水面へ散らしていく。
「桜はいいねぇ。そういえば、今カメラ持ってる?」
手を出して、多田くんは聞いた。
「いや、家にある。さすがに持って行っちゃマズいでしょ」
「まあね。冗談冗談。きれいだから写真欲しいなって思って」
「明日持っていこうかな、なんてね」
「怒られるなよ」
「まあこれも冗談。なら、帰ってお昼食べたら、またここに来て撮ろうよ」
「いいね。約束だよ」
「うん」
放課後の予定を入れたあと、私と多田くんは学校へ向かった。
教室へ入った。誰もいない静かな教室の窓からは暖かな朝の光が差し込んでいる。
「三列目の先頭ね」
座席表を見た私は、三列目の先頭にカバンをかけた。
「さて、どんな感じなのかな……」
誰が一緒なのかを確かめるべく、私は座席表を見た。
座席表には、三浦くんの名前があった。幸い前クラスが一緒だった山木の名前は無い。
(なんだ、普通に過ごしやすいではないか)
ホッとした。あの山木と一緒だったらば、また保健室へ戻ろうと考えていたからだ。だが、もう一度見返してみると、
「あ、体育の自由時間サボりにくくなった……」
体育の時間だけ謎に熱血漢になるみっくんと一緒だった。この感じだと、三浦くんと毎回バトることになりそうだ。
「貴様だったとはな。体育の時間にサボれなくなったではないか」
案の定バトルは起こった。それも、新学期早々に。
三浦くんが来たときに、みっくんが突っかかって来たのである。
「おまえ体育の時間に男同士用具室で何してんのかな? まさか違う意味での『体育』なんかしてないだろうねぇ?」
「男と男の対話だよ。君も男なら、秘めたる思いとか、普段表に出せない感情を誰かに語りたくなることとかあるだろう? それをやっているだけだよ。ね、佐竹くん」
そう言って三浦くんは、私の肩をつかんだ。
「まあ、そうだけど……」
いろいろ気まずいので、控え目に私は返した。実際は突っ込んだ話なんか何一つしていない。昨日見たテレビや映画、最近読んでいる漫画や小説の話を一時間弱しているだけである。
「もう、健困ってるじゃない。何かあったら先生に言うんだぞ」
みっくんは優しいまなざしで私に語りかけた。
「もうヤメテ……」
毎日この二人の喧嘩を見ることになるのか。そう考えると、一年間上手くやっていけるか、違う意味で不安になってくる。
この後また新任の先生の紹介とまた生徒会長と校長の無駄に長い話を聞かされ、一学期初日は終わった。
(やっぱり長いな──)
久しぶりに出席してみて思った。
校長先生や生徒会関係の人の話は、長いうえに、選民思想にまみれている。壇上に立つ自分はどの生徒たちよりも優秀で偉いのだ。愚民ども、我が話を有り難く聞け! そんな雰囲気が出ていて、やっぱり好きではない。
靴ひもをいじったり、別のことを考えたりしながら、私は始業式をやり過ごした。
担任の先生は、去年と同じく安曇野先生だった。
「や、佐竹くん、今年も一緒だね」
帰り際、待っていた多田くんのもとへと行こうとしていたとき、安曇野先生に声をかけられた。
「はい」
「今日はよく頑張って来てくれた。先生うれしいよ!」
生徒全員が揃った喜びで、先生は目を潤わせて言った。
「そりゃあ、新年度ですし」
「受験、がんばろうね。困ったことがあったら、遠慮なく言うんだぞ。君は一人じゃないんだから」
そう言って先生は入口の方を向いた。入口には三浦くんと多田くんが手を振っていた。
「はい! また今年も一年間よろしくお願いいたします!」
再び先生の方を向いた私は礼をした。
「こちらこそ」
先生はそう言って軽く会釈をした。
「人待たせてますんで、私はこれにて……」
そう言い残し、私は先生の前を去った。
「明日もしっかり来るんだぞー!!」
先生は手を振り、教室を出て友達の方へ向かう私を見送った。
久しぶりの教室は、少し居心地良く感じられた。
もちろん不安は抜けきってはいない。でも、なんとなくだけれど、少しはやっていけそうな気がした。
放課後は再び多田くんの家に向かった。そして学校前の桜並木でお花見をした。
「何かいい写真撮れた?」
デジカメの向こう側から、多田くんは顔を覗き込ませる。
「こんな感じ」
私は桜の写真を見せた。構図としては、花を咲かせた枝が、淡い水色の空へと伸びているものだった。
「よく撮れてるね」
多田くんは褒めた。
「まだまだだけどね」
「後でメールで送ってよ」
「了解」
この後もお花見をしながら写真を撮った。
お花見と写真撮影会が終わったあとは、近くのコンビニでお菓子を買って、隣にあった公園のベンチに座って食べた。
平和で、楽しくて、のどやかで。けれども、たまに騒がしくて。そんな何ともない日常が輝かしくも、幸せに感じられた。
こうやって、ささやかな喜びを一つ一つ拾い集め、騒がしい未来の方へ歩みを進めていけたらな……。そんなことを心の中で祈ったりもした。
寝る前に私は多田くんに今日撮った写真を送った。
送った写真は、桜の小さな花をアップで撮ったものと、多田くんが褒めていた春空と桜の花咲く梢の写真だった。
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