帰還不能点
宮部みゆき「ソロモンの偽証」を読み終えた。
15日間くらい、何をしていても(ピアノの練習をしていても!)文字通り続きが気になって気になって、ずっとのめり込んでいた。
少しだけ感想を書こうと思う。極力ネタバレなし。
あらすじとしては、1990年クリスマスの朝、学校で雪に埋もれて亡くなっていた柏木卓也の死の真相を学校内裁判で明らかにしていく、という内容。
前回も書いたけど、宮部みゆきが好きなのにこの小説を回避していた理由は、まず長い。それに中学生が主人公。
もうひとつ、そもそも学校内で裁判を開くことの実行可能性が現実的には限りなく低いので、そのお膳立てがうさん臭く感じられる。
でも、実際に読み始めると、そのどれもが全然気にならないくらい、物語にどんどん引っ張られた。
ミステリーを読み慣れた人なら、たぶん冒頭の描写の真相や、結末がどうなるのか、なんとなく想像がついて実際そのとおりになるのだけど、話の肝はそこではない。そもそもミステリーではないのだ。
ミステリーでなければ何か。
ひとつは、中学生たちの成長物語であるということ。
登場する中学生たちは(少し頭が良すぎるとは思うが)等身大で、それぞれに抱えている悩みにまっ正面から立ち向かう子、誤魔化して嘘をつく子、暴力で解決しようとする子、傍観する子、いろいろだけれど、そういう中学生の姿って昔も今も変わらない。
しかも宮部みゆきは子どもを描かせたら本当に上手い。
中学生たちを応援したくなるし、読みながら見守る親のような心境になる。
もうひとつは、親子の物語であるということ。
登場する中学生の数だけ親子のパターンがある。
理想的すぎる親もいれば、どうしようもない親もいて、その家庭像もたぶん昔も今も変わらない。
子どもは生まれてくる家庭を選べない。親の影響が不可逆的に子どもを壊してしまう家庭もあれば、修復できる家庭もある。どんな家庭に生まれてもそこで生きていくしかない。
自分の家庭の「事情」がわかってくる中学生という年代の子ども特有のつらさがあり、その残酷な描写を逃げずに書ききる宮部みゆきはやっぱりさすがなのだった。
秀逸だと思ったのは、山崎廷吏という人物を配置したこと。
たぶんみんな好きよね。
私も好き、彼の佇まいが。
廷吏に人格を与えたことも、それが彼のようなキャラであるということも、物語を引き締めている。
個人的には野田健一の物語が一番好きだ。
物語前半の彼のくだりは、あらゆる意味で凄まじい。
一番等身大に近く、一番成長し、彼は立派な大人であり続けると思う。
この小説は、越えてはいけない一線をめぐる葛藤の物語でもある。
易々と越える人。
魅入られても引き返せる人。
他人を巻き込もうとする人。
「彼」が一線を越えず、引き返せる可能性はあったのか。
小説ではわからない。なかったようにも見える。
そういう意味で「彼」は庇護されていなかった。
ラストでだいぶ印象が悪くなったけれど、「彼」もまた気の毒な人と言えなくもない。
どこかの地点ではまだ引き返すことができたはずだ。
でも、どの地点でも一線を越える葛藤を育ててもらえなかった。
その意味で「彼」もまた気の毒な人だった。
