敬遠の理由
好きな作家の本でも敬遠して読んでいないものはたくさんある。
宮部みゆきだと、時代物は半分くらいしか読んでいない。
あとティーンが主人公のものは食指が動きづらい。
というわけで、宮部みゆきの現代ものでいえば「ブレイブストーリー」と「ソロモンの偽証」が未読だったのだが、少し前から「ソロモンの偽証」を読み始めた。
で今、何これすげー面白い、となっている。
「ソロモンの偽証」を敬遠していた理由のひとつは大変な長編であること。
いくら大好きな宮部さんとはいえ、長すぎるでしょ、全六巻なんて。
全体が三部に分かれていて、それぞれが上下巻になっている。
いま第二部の上巻を読み終わって、物語のちょうど半分。
ここまでダレることもなく、というか逆に前のめりになって読んでいる。
さすが我らが宮部みゆき。期待を外さない。
登場人物一人一人の描き方が細かい。そして重い。容赦がない。
それを二十人以上のほぼ全員について、背景から心理まですべて掬う。
長くなって当然だ。
でも、その解像度の高さが説得力につながっている。
私はくどいくらい説明に字数を費やす文章が嫌いではない(高村薫しかり)ので、もうずっと虜になって読んでいる。
「ソロモンの偽証」を敬遠していたもうひとつの理由は、主人公が中学生で、舞台も中学校だということ。
どんな本も美味しく摂取できる自信があるけれど、青春小説だけは難しい。
爽やかさ、甘酸っぱさ、(ある種の)痛み、のようなものを本から受け取りたくない。なんとなく鼻白んでしまうのだ。
でも、そこも宮部みゆき。
大人ではない、かといってもう子供でもない中学生の、捻くれて素直な、無鉄砲で思慮深い、明るくて沈鬱な、思春期の微妙で曖昧な感情を描きつくしている。それがキラキラしておらず、グサグサくるのがとてもいい。
歳を取ると、長い小説も、中学生が主人公の小説も、読む前から「なんか無理そう」と思ってしまう。体力以上に年齢がついていけない感じがあるし、長いお話は途中で最初のほうを忘れてしまうし(笑)
「ソロモンの偽証」は久々に掘り当てたその中の金脈だ。
物語に手をぐいぐいと引っ張られて、その推進力に対する期待が大きい。
どこに連れていかれるかもわからない、その決着に対する期待も大きい。
あまりに面白くて寝る時間を侵食するので、夜読むのを止めるためにソリティアを買ったのである(伏線回収)
