便利なはずのDXで、なぜ現場は混乱するのか
このところ、私はずっと追われている。
アカウントとパスワードに。
GIGAスクール構想が描く「便利な未来」は、まだ少し遠いようだ。
教員18年目、4月から主幹教諭となった。
去年までは担任を持ち、授業、進路指導、生徒指導、部活、研究会と駆け回っていた。その忙しさも、子供と関わっているという意味では良かったのかもしれない。
というのは、中間管理職として、新しい学校に赴任し、仕事の景色ががらりと変わったからだ。
もはや別の職に移ったような感覚すらある。
正直なところ授業がしたい。子どもたちともっと向き合いたい。
そのために教員になったはずが、なぜか最近よく向き合っているのはログイン画面だ。
システムに入るためのパスワード。
個人ごとに割り振られたアカウント。
ソフトウェアを使うための登録。
欠席管理の更新手続き。
デジタル採点ツールの更新。
学校にない部活動へ参加するための登録手続き。
そのたびに、また別のアカウントとパスワードが出てくる。
やってもやっても、鍵の開かない扉が現れる。
もう、半分お手上げである。
本来なら、専門の分掌を置いて回す仕事なのだろう。
こうした管理業務そのものの重要性はわかっている。誰かが担わなければならない仕事でもある。
だが、問いたいのは、その回し方である。
得意な人がやる、ではなく、誰が担当しても回る仕組みが必要なのだと思う。
どうやらこの学校では、主幹教諭が一手に引き受ける仕組みらしいのだ。
らしい、というのは、誰もはっきり教えてくれないのだ。聞けば、皆そろって「わかりません」と言う。
わからないのなら仕方がない。
だが、私にもわからないのである。
こちらが答えを探している間にも、「あれはどうなっていますか」「これは更新されましたか」と矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
いや、ちょっと聞いてほしい。
今の私は、転校生のようなものだ。
まだ、この職場の地図を持ち合わせていない。
誰かを責めたいわけではない。
問題は、知っている人がいないこと、そして誰に聞けばいいのかもわからないこと。
役職が変わって見えてきたのは、皮肉なことに、仕組みそのものがブラックボックス化しているということだった。
もう少し楽に回せるはずではないか。
その違和感の正体を探るために、最近感じている「便利なはずの不便」を、少し整理してみることにした。
現場で起きていること
1. 生徒一人ひとりのアカウントとパスワードを管理する
生徒一人ひとりに、アカウントとパスワードが割り当てられている。
だが、パスワードがわからない、各自で設定したパスワードを忘れるなどのトラブルで、ログインできない生徒が出るたびに、対応が必要になる。
その場で教師が対応できる状態ではない。
人によっては、パスワードの一覧表やカードを作って管理した方がいいという意見もある。
たしかに、その場の対応だけを考えれば楽になるのかもしれない。
けれど私は、リスクには慎重でありたい。
教師側のITリテラシーが問われている。
2. 引き継いだ業務のパスワードがわからない
異動していった前任者に連絡しないと進まない業務がある。
それでも解決しない場合、問い合わせるにも大元の問合せ先がわからない。
仕組みとして管理されているというより、人づてになっていることが多い。
3. 管理者アカウントにすら入れないことがある
教師と生徒全員を管理できるアカウントがある。
これに入れれば、更新手続きができる。と思ったら、またアカウントとパスワードの要求。
二段階認証が通らず、電話番号で認証しても、電話がかかってこない。
結局、教育委員会経由で委託会社に連絡し、二日かけてログインできた。
窓口は教頭なので、と言われ、取り合ってもらえない事もあった。
4. GoogleとMicrosoftが並走している
複数のアカウントがバラバラに管理されている。
管理コスト・業務の混乱が増える。
5. 自動化されていない更新作業
欠席連絡はネットで受けられる。
電話対応だった頃に比べたら、大変便利になった。
だが、学年や組の更新は自動ではなく、手作業だとわかった。
何百人分を生徒の名前もわからない人が直していく。
電話番号が変わった人の登録も重複していて、どれが最新のものかわからない。
6. 支える人が足りていない
学校外から、サポートしてくれる仕組みはある。
ICT支援員に助けられているが、人数が少ないという現状。
専門の人が少なく、その人が一人で何校も受け持っている。
学校に来るのは月に数回。
また、技術的なサポートはあるが、教育とは連携できていない。
こうして並べてみると、問題は技術ではない気がしてくる。
GIGAスクール構想の課題は、端末やネット環境の管理、教員ごとのICT活用力の差、家庭環境による格差、情報モラルや安全面など、いくつもある。
ただ、現場でいちばん苦しんでいるのは、もっと手前のことだった。
とにかく、知っている人がいない。
誰に聞けばいいのかも、わからない。
Google、Microsoft、欠席管理、採点ツール、端末管理。
それぞれの仕組みはあるのに、全体を見渡せる地図がない。
だから、便利なはずのものが、毎回「まずどこに聞けばいいのか」で躓いてしまうのだ。
一人一台の端末は整った。
使えるサービスも増えた。
便利になったのは間違いない。
それでも、その仕組みに、現場が追われている場面もある。
今日はほんの短い時間だが、授業をすることができた。
チャイムが鳴ると、生徒の中から「もう終わりなのー」と声が聞こえた。
受験に向けて頑張りたいと言っている生徒もいる。
効率化の先に目指すところは、子どもと先生が、学びに向かう時間を取り戻すことではないか。
そうであってほしい。
そんなことを思いながら、私はまた職員室に戻った。
そうはいっても待っているだけでは仕事は進まない。だから、自分なりにできることから学んでいる。
その後、ICT支援員さんとの話で、少し見えてきたことがあった。
そして私は、また一つスキルを身につけてしまった気がしている。
それでも、誰か一人の得意や善意に頼らなくても、仕組みとして回せる改善は必要だと思う
