架空家苞記 11.「呪詛保守点検管理」
MEMO
場所/不明
案内/不明
備考/パソコンのデータ整理中に覚えのない録音データが見つかる。内容を確認したところ、自分自身が録音したものだと思われるが、ファイル名になっている数年前の日時の当時に何があったのか(何をしていたのか)詳細は全く記憶にない。とりあえず記録しておくが、話している男性も含めて記録や情報が何もないので後で消すかも。普段からもっとマメに整理整頓するよう気を付けること。(メモ:あの紙は何?)
あー……いつ始めるの?え、もう録音してる?はは、こんな風にインタビューされる状況なんて初めてだからね。緊張しちゃって。とりあえずお互いのことは勤務中と同じ呼び方でいいかな。
改めて、今日はお疲れ様。この仕事だと途中で気分や体調が悪くなる人がいたり、作業が中断されたりすることもよくあるんだけど、今日は上出来だ。1392さんも他のバイトの人達も皆よくやってくれて、ほとんど問題なしで時間もぴったり!本当に助かったよ。
さて、わざわざ退勤後に残って話を聞きたいと言うからには、1392さんには仕事中に何か思うことがあったんでしょ?もしかして現場で引率していた私の態度だとか、さっき渡した給与だとかに不満が……あ、違うんだ。この仕事について説明してくれって?
そりゃそうか、一日だけのバイトでこの仕事を理解するのは到底無理な話だ。実際、バイトの人達には今朝集合してから簡単な説明があったくらいでしょ?作業中は私語・携帯電話の使用・録音・録画・メモまで一切禁止で会話もほとんどなかったし。1392さん以外のバイトの人達も色々聞きたいことがあっただろうな……はは、面と向かって説明を求めてきたのは1392さんだけだけど。
うんうん、仕事が終わった後にこうして話すのは全然問題ないよ。録音もメモも自由にどうぞ。ああ、ただし人や場所を特定するような情報は話せないからね。現場でも注意があったでしょ?作業員もバイトも全員が識別番号で呼び合うことが徹底されているように、この仕事では個人情報の取扱いは最も注意すべき要素だ。じゃ、質問をどうぞ。
……「呪詛保守点検管理」なんて仕事、聞いたことないって?うんうん、この仕事自体はずっと昔からあるよ。世界各地にある事務所を中心に、私らみたいな作業員達が働いている。でも基本的にごく少人数でやってるからほとんど知られてない。はは、それだけだよ。まあ、今日一日一緒に働いてもらって、この奇妙な仕事と、それに従事している人間が存在すると理解してもらえたんじゃないかな。
で、普段はその少人数だけで手が足りてるんだけど、中には同じ人が同じ作業を繰り返し行うことを避けるべき現場もある。だから定期的にバイトを募集して一日だけ手伝ってもらう訳だ。1392さんも見たんでしょ、あの求人広告?はは、あんな怪しいネット広告見てよく応募してきたね。当日現場に来るまで詐欺や犯罪を疑ってる人もいるくらいだ。まあ、人事部があえて狙ってそう作ってるらしいからそれで正解だよ。私はネットに疎いからよくわからないんだけど。
……「呪詛保守点検管理」の目的、か。うんうん、特別な力や専門の人達が恐ろしい呪詛に対抗または消滅させるために活動している……と、まあ普通はそう考えるよね。1392さんやバイトの人達が怪しんだり怖く思ったりする理由って、呪詛とは「呪い」で、怖くて恐ろしいもので、ひょっとして私ら作業員が何も知らないバイトを集めて、呪いの儀式に参加させるとか呪いを肩代わりさせようとかそういう企みがあると想像したからじゃない?
いやいや、気にしてないさ。私らみたいな現場が長い人間はつい忘れがちだけど、呪詛というものに対して恐怖心や忌避感情を持つのは自然なことだからね。でも、呪いに巻き込んでやろうなんて考えがあるなら、そもそも馬鹿正直に呪詛なんて言わないで、道路や設備の保守点検管理だとか無難な説明で人を集めればいいじゃないか。そうしないのは、そんな魂胆がないからさ。
そうだな、「呪詛が存在するからこそ世界が存在する」と言われたらどう思う?……つまりね、この仕事を最初に始めた人達は、今この地球が巨大な火の玉になったり、地中から大量の死霊が溢れ出したり、生き物が空中でバラバラにねじ切れたりしていないのは、今のこの世界のバランスが一番いい状態だからだって考えた訳だ。あ、環境破壊とか異常気象とは別の話ね。今この世界にいる人間と、人間が抱えているエネルギーと、それが具現化した呪詛とのバランスだ。
人間の感情は無限に湧き出て、この世にこびりつく。誰かが誰かを呪って、誰かが誰かに呪われて、その因果が存在している世界だからこそ、今の平穏と均衡が保たれている……その考えを検証するために、私達は今この世界にある呪詛の保守点検管理を行っている。過去から現在までに施された呪詛の効力が損なわれないよう・または想定外の発顕がないよう呪詛を守り、保っていく。これはそういう仕事だよ。
はは、フィクションの話みたいだって思うよね。例えば、不気味な山の中や人気のない不気味な廃墟で謎の呪いの儀式が行われている……みたいなイメージでしょ。はは、特定の宗教だったり古い因習だったり、生贄がどうとかね。でも、今日行った現場を覚えてる?そうそう、あのどこにでもあるような普通の雑居ビルだとか商業施設だとか集合住宅だとか公園だとか。私らが扱う呪詛は、あのように日常のすぐ傍に施された、何気ないものなんだ。
あちこちの現場に行ってさ、棚の置き物を入れ替えたり、階段を上ったり降りたり、真っ暗な小窓を監視したり、ポストに書類を投函したり、壁や地面の写真を撮ったり、水の入った器を移動させたり、皆で手分けして色々やったでしょ?不気味な呪いの儀式や生贄を捧げるなんてこともしないし、その結果何も起きなかったから、拍子抜けした人もいただろうね。けど、それは私らの仕事が成功してるってことだ。今の何も起こっていない状態の世界を維持するためにやってるんだから。
実際、現場にいる普通の人達が気づかないような細かい変化や影響は日々起こっているんだよ。二件目の現場なんて、その典型だ。そうそう、商業施設で従業員通路の天井裏を確認したところね。レーザー距離計で配管と壁の距離を測ると現実的にあり得ない数値が出るって、それだけだよ?……まあ、あそこの呪詛は古過ぎて資料も見つかってないからね。昔は全く違う形の呪詛だったのかもしれないけど。
あそこはねえ……埋立地が開発された区画だから、呪詛の対象や呪詛を施した本人はもしかしたら遥か昔に海の底へ沈んでしまったんじゃないかな。あの場所に呪詛の影響があると判明して以来、私らがずっと保守点検作業をしてるけど、あそこには呪詛が施されたという事実と、いびつな結果だけが残っているんだ。……そう、目的も対象もわからないような呪詛でも世界の均衡に関わってるかもしれないからね。定期的な点検と保守管理が必要なんだ。私らの管理下ではそんな呪詛は珍しくないよ。
……「現場にいる一般人(特に呪詛対象者)には呪詛について知らせるな」というルールについて?まあ気になるよね。でも、もし1392さんが、自分や家族や隣人や職場が呪われてると突然言われたらどう思う?普通は気味の悪い冗談だと相手にしないでしょ。実際、呪詛の存在を知ったところで普通の人は何も対処できない。知るだけ損じゃないか。それに呪詛対象者や周辺の人達は自覚がない場合がほとんどだ。そこに私らがやってきて「あなたやこの場所は呪われています、世界のためにその状態を維持しましょう」なんて言ってきたら?余計な混乱を招くだけさ。
逆に、自分が呪われてると知った呪詛対象の素人が、何とかしようと藁にも縋る思いで変な悪魔祓いだの自称霊能力者だのを現場に呼び込んで更に事態を悪化させる可能性すらある。過去に実際そんなケースがあったんだよ。たくさんの人が巻き込まれて大変だったとか。私らの管理している呪詛は彼らの領分じゃないからね。冷酷だと思われるだろうけど、これは関係ある人・無関係な人を全員守るためのルールなんだ。
現場にいる人達が呪詛について知っても知らなくても、呪っていても呪われていても、彼らに出来ることはないし、私らがきちんと仕事をすれば何も問題はない。呪詛保守点検管理なんて仕事はそもそも誰にも知られない方が都合がいいんだよ。
……ああ、でも例外もあるよ。ほら、最後に行った現場、あの集合住宅に住んでる入居者の男性。あの方は自身が呪詛対象者であることを知った上で保守点検管理に協力してくれてるんだ。呪詛の効果や影響が消えないように、自室に人形や札を設置したり特定の言葉や物を避けたりする生活を長年続けている。ああして呪詛を受け入れてくれる人がいるから、呪詛の存在するこの世界の均衡が保たれているのかもしれない。私らはその可能性と彼の献身を忘れず、全ての呪詛を保守し続けていくんだ。
……被害者救済ではなく呪詛の保守優先なのか、って?そうだね、大きな目的のために人への思いやりが欠けているという意見は否定しないよ。でもそれで世界が保たれてるんだから、別にいいじゃないか。この仕事はね、たくさんの現場で呪詛に触れて、呪詛について恐れや憎しみや怒りや悲しさを持たない、何も感じない人間しか続けられない。長く勤めている私ら作業員は、皆そうだ。世界を維持するという漠然とした大義名分のもと、長く呪詛と関わり続けて、人間性を無くして、黙々とこの仕事をこなす適性だけが残った。呪詛被害者が私らを恨んで気がすむならそうしてくれればいいよ。
1392さん、今日この仕事をしてみてどうだった?バイトで来た人達は気分や体調が悪くなることが多いって言ったでしょ?普通はね、そうなんだよ。私らがそうだけど、呪詛保守点検のバイトで何も感じない、影響を受けないって人の方がおかしいんだ。つまり、誰かに呪われているか、誰かを呪っているか、既に呪詛の影響下にある人だけがそうなる。どうだい1392さん、何も感じなかったかい。なら、私らみたいにこの仕事の適性があるかもしれないね。……なんてね、冗談だよ!
さてと……そろそろ最終バスの時間だ。名残惜しいけど、表のバス停まで送ろう。話ができてよかったよ。(パイプ椅子を引き、立ち上がる音。廊下を歩く二人分の足音が反響している。話を聞いた部屋、廊下、建物の外観などは全く記憶にない。建物の外に出て、ジャリジャリと荒いアスファルトの地面を踏む音に混じり、自分が何かを尋ねているような声が聞こえるが不明瞭で聞き取れない。)
そう言ってくれるのはありがたいけどね。残念ながらこの呪詛保守点検管理のバイトは一人一回しか採用できないんだ。普通の人が呪詛の現場に何度も通ってると影響を受けかねないからね。人事部のやることだから私はわからないけど、1392さん達が今回見た応募ページはたぶんもう見られないし、このバイトを経験した人には二度と求人広告も表示されない。採用時の連絡アドレスも既に変更されてるはずだ。寂しいけど、1392さんとは今日が最初で最後だよ。そういう仕組みなんだ。すまないね。
でもね、最後にバイトの人達全員でアンケートを書いて提出してもらったでしょ?業務内容や環境改善のために参考にさせてもらって、一度きりでも1392さん達の成果は今後に活かしていくから……え、書き損じのアンケート用紙を一枚持って帰っていいかって?そんなのどうするの?……へえ、この会話の録音とまとめて記録するんだ。はは、変わった趣味だね。別に持って帰っていいよ、どうせ意味ないから。
ああ、文字通りの意味だよ。1392さんとのこの会話の録音も、今日見た景色も、聞いた言葉も、手にした物も、そのアンケート用紙の文字も、ここ以外では全て無意味なものになる。意味を残せない、という方が正確かな。呪詛保守点検管理の仕事は誰にも知られない方が都合がいいって言ったでしょ?これはバイトに来てくれた1392さん達を守るためのルールだから、悪く思わないでね。むしろ羨ましいよ。私ら作業員は永遠にこの仕事を辞められず、忘れられず、呪うことも呪われることも終わらないから。
……ああ、ちょうどバスが来るところだ。じゃあね、1392さん。今日はありがとう。体に気を付けて。さようなら。
(ガサガサとくぐもった衣擦れの音。レコーダーの録音を停止しないまま、鞄にしまったらしい。バスのエンジン音が接近、停車。ドアが開き、金属のステップを踏んでバスに乗り込む音。乗降口からすぐの座席に腰を下ろしたようだが、バスの路線、車体の色や形、停留所の様子などは全く記憶にない。)
(その後、何度か停留所に停車してドアが開閉する音。乗客は少ないようで近くに人の気配は感じられない。たまに自分が手に持ったままのアンケート用紙がエンジンの振動でカサカサと揺れる音、他の車とすれ違う音、道を曲がる際のウインカー音が聞こえるが、車内の人の移動音や話し声などはほぼ聞こえない。どのような景色の中、どこの道を走っていたのか全く記憶にない。)
(乗車からおよそ37分後、最終停留所に到着したと思われる。どこに着いたのか、全く記憶にない。数人の乗客が降車していく足音が聞こえるが、自分自身は座席から動く気配がない。そのまま1分半ほど経過。近づいてくる足音。バス運転手と思しき男性の声。顔や背格好は全く記憶にない。)
……お客さん、終点だよ。降りて下さい。
(声かけから30秒後、座席から立ち上がる。バスの乗降口に向かう足音がするが、運転手が再び声をかけてくる。)
お客さん!困るよ。ゴミは持ち帰って。……いや、とぼけたってダメだよ。バックミラーで見えてたんだから。乗ってきた時からずっとお客さんが持ってたでしょ、これ。真っ白な紙一枚だって立派な不法投棄だ。非常識じゃないか。まったく、最近の若者はこれだから……
(何も言わない自分に運転手が強引に紙を渡してきたらしく、ガサッと乾いた音が聞こえる。運転手がブツブツと文句を言いながら離れていく足音。自分はそのまま紙を適当に鞄に突っ込んだようで、さらに紙がよじれ潰れる音。鞄の中を見た時にようやくレコーダーの止め忘れに気づいたのか、ここで録音終了。その後のことは全く記憶にない。)

MEMO
概要/ただの紙。表裏共に白紙、印刷や筆記の形跡はない。鞄の底で潰れているのを見つけたが入手経緯等不明。
保存/廃棄。
備考/この紙がなぜ手元にあるのか全く記憶にない。録音データ発見後に関係があるかもしれないと思ったが、ちょうど可燃ゴミの日だったので処分。今後はゴミや不用品を貯め込まずにちゃんと捨てること。
2026年 7月5日 小説家になろうにて公開
「架空家苞記」 一覧
01.指魚の骨箱 https://note.com/nibi_kon/n/ne73d2b2cda95
02.笑う晶洞種子 https://note.com/nibi_kon/n/nff35aff87978
03.髪編みの唄 https://note.com/nibi_kon/n/n147107a43028
04.樹海月 https://note.com/nibi_kon/n/nd878718b5339
05.還りつく祖骸 https://note.com/nibi_kon/n/n454c73ff420e
06.殉いの山 https://note.com/nibi_kon/n/nfc13ead41971
07.渦戻り https://note.com/nibi_kon/n/n97f04b69323a
08.忘れぬもの https://note.com/nibi_kon/n/n7eed66bceeec
09.真底より覘望す https://note.com/nibi_kon/n/n588ff9f7ee39
10.汀墓の弔い https://note.com/nibi_kon/n/n81724161d7dd
11.呪詛保守点検管理 https://note.com/nibi_kon/n/ne2b22ba68997
