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第二十八回 鄭恩無心擒獵鳥 天祿有意搶龍駒

第二十八回 鄭恩、心なくして猟鳥りょうちょうとらえ、天禄てんろく、意ありて龍駒りゅうくうばう。

 詩に曰く:

 春風はいったいどこから来て、
 あの香しい木々の枝を揺らすのだろう。
 旅人の心は物思いに沈み、
 朝な夕なに千里の彼方を思う。

 門を出れば南北に道は分かれ、
 連れ立って行く先は、それぞれの任地。
 白駒をつなぎ留めたいと願っても、
 すでに西日は駆けるように傾いている。

 心ばかりが先を急ぎ、
 行きつ戻りつ、足取りは揃わない。
 一室を行きつ戻りつしながら、
 来たばかりの頃のように、心はおぼろげ。

 西の林へ続く道は深く沈み、
 明るさも暗さも、ここで別れを告げる。

 ――右、「竹垞ちくだ」の古体詩より抄録。

 さて、話は趙匡胤と鄭恩のことである。

 二人は宿屋に泊まっていた折、玉石の琵琶と粉白粉こはくこ(おしろい)の狐――妖怪が旅芸人の女に化けて現れ、惑わそうとした。しかし鄭恩がたちまち仕掛けを見破り、兄弟二人が力を合わせてこれを打ち倒し、妖怪は正体を現して死んだ。

 匡胤が荷をまとめ、出立しようとしたところ、鄭恩が呼び止めた。

「二哥、少し待ってくれ。この二匹は倒したが、こんな姿のまま残しておくのはよくない。害を除くつもりなら、きれいに始末して、後腐れを断とうじゃないか」

 匡胤はうなずいた。

「もっともだな」

 そこで二人は宿の者を呼び、狐の死骸を店の外へ運ばせ、空き地で火をつけて焼いた。風に乗って焦げた毛と腐った臭いが立ちこめ、やがて灰になると、その骨を砕いて野に捨てた。

 続いて鄭恩は玉石の琵琶を空き地に置き、酸棗さんそうの棒を振り上げ、力いっぱい打ち下ろした。琵琶は七、八つに砕け散り、どの破片にも血の跡がついていた。

 匡胤もそれを見て気をよくし、神煞棍棒しんさつこんぼうを手に取ると、兄弟そろってめった打ちにし、たちまち粉々にしてしまった。それを宿の者に掃き集めさせ、ようやく二人は部屋に戻った。

 すると部屋には酒肴が一席、すでに整えられており、宿の主人が脇に控えていた。匡胤が理由を尋ねると、主人は言った。

「お二人のご活躍で妖怪が退治され、民は害を免れました。お礼と申しても大したことはできませんが、せめて一杯の粗酒で、英気を養っていただければと思いまして。どうかお断りなさらずに」

 匡胤は答えた。

「そこまで言ってくださるなら、ありがたく頂戴しよう」

 主人は二人を席に招き、自ら酒を注いでしばらくもてなすと、丁重に辞して去った。兄弟は向かい合って飲み交わし、語り合い、心ゆくまで杯を重ねた。

 やがて日も暮れ、出立するには遅くなったため、その夜はもう一泊することになった。

 翌朝、二人は早く起きて身支度を整え、宿の主人に礼を述べて出発した。匡胤は馬に乗り、鄭恩は徒歩で、西を目指して進む。

 折しも初春の頃で、草の根は緑を透かし、木々は芽吹き始めている。道を急ぐこと数日、やがて前方に一つの村町が見えてきた。

 匡胤が言った。

「兄弟、連日の旅で少々疲れたな。この町に入って宿を取り、二、三日休んでから先へ進むのはどうだ?」

 鄭恩も答える。

「二哥の言うとおりだ。俺も歩き通しでくたびれた。少し骨休めをしよう」

 こうして二人は町に入り、人家が密集して賑やかな様子を眺めつつ、招商宿を見つけた。馬を厩に預け、清潔な客間を選んで荷を下ろす。ほどなく酒食が運ばれ、食事を済ませると、日も暮れたのでそれぞれ休んだ。

 翌日、朝食を終えた後、匡胤は小僧を呼んで尋ねた。

「ここは何という地名だ?」

「はい客官きゃくかん。ここは東西の要路にあたる平陽鎮へいようちんで、たいへん賑やかなところでございます」

 匡胤は鄭恩に向かって言った。

「三弟、俺たちはあちこち駆け回って大哥を探しているが、いまだ手がかりがない。この平陽鎮は人の往来も多いと聞く。ここに滞在して、外を歩いてみれば、ひょっとして大哥に出会えるかもしれぬ。どうだ?」

 鄭恩はうなずいた。

「そのとおりだ。ただ歩くだけじゃなく、馬も連れて手綱を伸ばし、青草でも踏ませよう」

 匡胤も同意し、鄭恩は厩から馬を引き出した。匡胤が部屋に鍵をかけ、二人は連れ立って宿を出る。

 大通りに出ると、店が軒を連ね、人の往来が絶えない。二人は人波に紛れて進み、三つ辻に差しかかったところで、人が押し合いへし合いし、流れに阻まれた。どっと押し寄せた拍子に、兄弟ははぐれてしまう。

 匡胤は鄭恩の姿が見えず、人をかき分けて探したが見当たらない。

「この粗忽者そこつしゃ、どこへ押し流されたのだ? 俺を見失って、馬を引いて宿に戻ったのかもしれぬ」

 そう思い、ひとまず宿へ引き返した。

 一方の鄭恩も匡胤を見失い、探しているうち、先に進んだのだろうと思い、馬を引いて前へ向かった。しばらく行くと、人だかりができていて、皆が傀儡芝居かいらいしばいを見物している。

「ひょっとすると二哥も中にいるかもしれない」

 そう考え、馬を止めて人垣の後ろから覗くと、操り人形は実に精巧で見事だった。鄭恩はすっかり見入ってしまい、思わず手を叩いて大笑いし、首を振って大喜びする。

 ところが、拍子に手綱が緩み、馬は自由になると四肢を伸ばして走り出した。芝居に夢中の鄭恩は、ふと蹄の音を聞いて振り返り、馬が遠ざかっているのに気づいて慌てて追いかけた。

 気づけば平陽鎮を抜け、二里ほど離れた大きな林まで追いかけ、ようやく馬を捕まえる。怒りに任せて拳で馬を何度か殴り、手綱をつかんで地面に座り込んだ。林は木立が深く、なかなか風情がある。

 ふと顔を上げたその時、鈴の音がした。見ると、足に紐をつけた黄鷹こうようが飛んできて地に降り、尾には鈴がついている。羽毛は整い、愛らしい姿だ。

 粗野な鄭恩に、それが鷹だと分かるはずもない。

「ちょうど腹を立てていたところだ。どこから来た野鶏だ? ずいぶん太っているじゃないか。宿に持ち帰って、二哥の酒の肴にすれば、無駄足にはならぬ」

 そう言って馬を木につなぎ、近寄って鷹を捕まえた。

 すると鷹は首を返し、鄭恩の手に激しく噛みつき、離そうとしない。鄭恩は怒り、片手で押さえつけて地面に叩きつけ、足で踏み押さえ、羽毛をむしり取った。鷹は痛みに耐えかね、地面を転げ回って鳴き叫ぶ。

 それを見て鄭恩は大笑いした。

「この野郎、まだ俺をついばめると思ってるのか? このあと熱い湯に入れてやるから覚悟しろ」

 そう言っていると、向こうから一団の者たちが現れた。小犬を連れ、梢棒しょうぼうを手にし、林の中へ一斉に駆け込んでくる。どうやら黄鷹を探しているらしい。

 地面には鷹の羽毛が散らばり、肝心の鷹は羽をむしられ、裸同然の姿で必死にもがいている。これを見て、皆が口々に叫んだ。

「誰だ、俺たちの鷹をこんな目に遭わせたのは!」

 一斉に辺りを見回すと、そこに鄭恩が座っている。

「まさか、あの黒い大男じゃあるまいな? 行って聞いてみれば分かる」

 そう言って、皆で近づき、声をかけた。

「おい、あんた。さっきこの辺に黄鷹が飛んできたが、見なかったか?」

 鄭恩は平然と答えた。

「俺はここに座っていただけだ。見たのは一羽の野鶏だ。羽をむしって、酒の肴に持ち帰ろうと思っただけで、黄鷹なんぞ見ていない」

 これを聞くや、皆が一斉に騒ぎ立てた。

「何て大胆な盗っ人だ! やっぱりお前が俺たちの鷹を殺したんじゃないか! さあ、どう落とし前をつける? さっさと弁償すれば、殴らずに済ませてやるぞ!」

 鄭恩は目を剥き、怒鳴り返した。

「馬鹿野郎ども! これは俺が拾った野鶏だ。お前らに何の関係がある? 黄鷹だの何だのと難癖つけて、奪おうたってそうはいかんぞ!」

 すると向こうも負けじと怒鳴る。

「この狗頭くとうめ! これは俺たちの若旦那が大事に飼っている鷹だ。一羽一羽が宝物同然だ。さっき兎を捕まえたとき、殴られて逃げ、この林で休んでいたところを、お前が野鶏と勘違いして殺したんだ。今さら言い訳は無用だ。
 素直に弁償するならそれで済む。もし払えないなら、俺たちと一緒に若旦那のところへ来い。もしかしたら若旦那が情けをかけて、弁償不要と言うかもしれん。
 それなら俺たちも責任を免れる。だが、このまま無事に帰れると思うなよ」

 鄭恩は睨み返して言った。

「その若旦那とやら、どんな人物だ? 名は何と言う?」

 皆は嘲るように答えた。

「なるほど、田舎の狗頭か。知らなくて当然だ。だが教えてやろう。若旦那は本鎮の団練教師だんれんきょうしかん様のご子息だ。気性は烈火のごとく、すぐ手が出るお方だ。さっさとついて来い。ぐずぐずしていると、脚の筋を叩き折るぞ。後悔しても知らんからな」

 中にはこう言う者もいた。

「口で言っても無駄だ。さっさと捕まえて若旦那の前に連れて行けばいい」

「そのとおりだ!」

 一斉にそう叫ぶと、皆で鄭恩を取り押さえにかかった。

 鄭恩は激怒し、拳を振り上げて応戦する。相手も梢棒を振りかざし、乱打してきたが、鄭恩は少しも怯まず、拳を流星追月りゅうせいついげつのごとく振るい、瞬く間に数人を叩き倒した。

 しかし多勢に無勢、相手は逃がすまいと声を張り上げ、遠巻きに取り囲んで、鄭恩を中央に閉じ込めた。

 ちょうどその最中、韓公子が数人の郷兵きょうへいを引き連れて到着した。人々が囲んで争っているのを見て、一人を呼び止めて問う。

「何事で騒いでいる?」

「この黒い大男が、我らの黄鷹を殺したのです。弁償を求めましたが、拒んだため、このような騒ぎに」

 韓公子は囲みの中を見渡し、心中で思った。

「なかなかの体格だ。素手でこれだけの棒を相手にしている。どうやら只者ではないな」

 さらに目をやると、近くの木に繋がれた一頭の馬が目に入った。毛並みは整い、体つきもよく、見るからに良馬である。

「この馬なら、鷹一羽以上の値打ちがあるのではないか」

 そう思い定めると、騒ぎに紛れて家来に合図し、密かに手綱を解かせ、馬を引き寄せた。自らひらりと跨ると、高声で叫んだ。

「皆、聞け! この黒漢は我が家の鷹を殺した。公子は代わりにこの者の馬を引き取る。馬を返してほしければ、鷹を弁償するがよい。弁償できぬなら、この馬で相殺だ。お前たちは各々引き上げよ。これ以上揉める必要はない!」

 そう言い残すと、韓公子は馬に乗り、そのまま屋敷へ駆け去った。

 周りの者たちは、これで鷹の件の責任を免れたとあって、誰も関わろうとせず、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 鄭恩は馬の姿が見えないことに気づき、慌てて林を飛び出し、あちこち見回したが、馬影はおろか、人の姿すら見えない。

 怒りが込み上げ、雷のように怒鳴り散らし、林の中を走り回り、何度も引き返したが、どうにもならない。やがて追う手立てもなく、思い切り罵声を浴びせると、腹を立てたまま駆け出した。

 一気に平陽鎮へ戻り、招商宿に飛び込むと、部屋にはすでに匡胤が座っていた。

 鄭恩は息も絶え絶えに腰を下ろし、口を閉ざしたまま荒く息をつく。

 匡胤はその様子を見て声をかける。

「兄弟、さっきはどうしてはぐれた? どこでそんなに時間を食ったんだ。それに馬はちゃんと厩に繋いだのか? どうしてそんな有様なんだ?」

 鄭恩は手を振り、息を荒げるばかりで言葉が出ない。

 匡胤はますます不審に思い、改めて問いただす。しばらくしてようやく鄭恩は口を開いた。

「二哥、よくも聞いてくれるな。俺は普通に歩いていたのに、あんたが見えなくなった。そのうえ、あんたの馬が手綱を外して逃げやがったんだ」

 匡胤は驚き、慌てて尋ねた。

「なぜ馬が逃げた? 捕まえられなかったのか?」

 鄭恩は言った。

「馬一匹、捕まえられないわけがあるか。林まで追いかけて、ちゃんと捕まえたさ。ただ――」

 そこで歯を食いしばり、怒りを込めて吐き捨てた。

「ただ、あの驢馬ろば野郎の賊が、どうしても許せねえんだ!」

 匡胤はあわてて問い返した。

「馬は捕まえたというのに、いったい何者がそんなに憎いんだ?」

 鄭恩が答えた。

「俺たちは、一羽のくちばしの曲がった野鶏のせいでひどい目に遭ったんだ。
 林に飛び込んできたから捕まえて、羽をむしり、二哥の酒の肴に持ち帰ろうと思った。ところが一団の連中が現れて、何だか鷹を探していると言い出し、弁償しろと迫ってきた。
 俺が承知しなかったものだから、取っ組み合いになったんだ。腹立たしいことに、あの驢馬ろば野郎ども、隙を見て二哥の馬を引いて行きやがった」

 匡胤は驚いて言った。

「どうして馬を奪われた? 追いかけはしなかったのか?」

 鄭恩は首を振った。

「追おうとはしたさ。だが影も形もなく消えてしまい、どうにも追えなかった。だから戻ってきて、お前と相談しようと思ったんだ」

 匡胤は馬を失ったと聞き、顔を曇らせた。

「三弟、お前はあまりにも粗忽だ。市中ではぐれたなら、まず宿に戻るべきだった。それなのに、わざわざ災いを招くとは。今や乗り物を奪われ、この重い荷を誰が担ぐ? これでは旅を続けるにも続けられぬ」

 そう言って責めていると、鄭恩がはっと思い出したように言った。

「二哥、そんなに責めるな。馬を奪ったのは、名の知れた奴なんだ。相手が分かっているなら、取り返せばいい」

 匡胤は言った。

「名が分かっているなら話は早い。だが、どうしてそいつの素性を知っている?」

 鄭恩は答えた。

「揉めている最中に聞いたんだ。団練教師の韓老爺かんろうやの息子だと言っていた。名のある人物じゃないか」

 匡胤はうなずいた。

「それなら行き先も割れる。店の者に住処を聞き、出向いて取り返すまでだ」

 まさに――

 得たものに浮かれるな、
 失ったものに嘆くな。
 塞翁さいおうの心を知るならば、
 喜びはいつか憂いに変わると心得よ。

補足。
「塞翁之馬」。これは『淮南子えなんじ』の人間訓じんかんくんからの成語で、禍福は転じるという喩えとして伝わっています。
「人間万事、塞翁が馬」。
 塞翁の飼っていた馬がある日逃げ出し、落ち込んでいるとその馬が数頭の良馬とともに帰ってきて、それに喜んでいると息子が乗馬で足を挫き、それを嘆いていると戦争になり、しかしケガをした息子は兵隊にならずに済んで安心した、という禍福の転は人には到底推し量れないという話です。
 しかし元は、単に鄭恩が見世物に気を取られていただけなんだけど。
 韓公子には一方的な禍しかないような予感。

 そこで匡胤は店小二を呼び、尋ねた。

「このあたりに団練教師という者がいると聞いたが、どこに住んでいる?」

 店小二は慎重に返した。

「それをお聞きになって、何かご用ですか?」

 匡胤は事情を説明した。

「この兄弟が馬を連れて外へ出たところ、手綱を外され、韓教師の家の公子に奪われた。取り戻しに行きたいので、住処を知りたい」

 すると店小二は首を振った。

「それなら、どうかこの話はおやめください。馬が一匹どころか、十匹あっても、取り返せません」

 匡胤は怪しんで問う。

「それほどの権勢があるというのか?」

 店小二は声を落として語った。

「客官はご存じないようですが、その公子は韓天禄かんてんろくと申します。父は韓通かんつうといい、拳や棒術に通じ、悪行の限りを尽くす男です。二年前、大名府から家族を連れてこの鎮に来て、腕力を頼みに横暴を働いております。我ら商人は、皆、分け前を取られねばなりません。

 劉員外りゅういんがい(劉の長老さま)の大きな屋敷を力ずくで奪い、自分の住まいとし、団練教師と名乗っています。弟子が百二、三十人おり、さらに郷兵を飼い、召使いを従え、この地を牛耳っているのです。

 毎日のように町に出ては、百姓から税と称して銀十両を取り立てます。誰も逆らえません。そのうえ息子を甘やかし、人妻や娘を辱め、財を騙し取るなど、悪事は数え切れません。地元の者ですら恐れているのに、ましてや異郷の客官が逆らうなど、とても……。どうかこの件は水に流し、無事でいることを第一になさってください」

 匡胤は話を聞き終え、心中で思った。

「やはり韓通か。あの悪党、ここでも民を苦しめているのか。見過ごすわけにはいかぬ」

 そして口に出して言った。

「小二哥、そんなに怯える必要はない。馬を取り返すかどうかは別として、まず住処を教えてくれればよい」

 店小二は観念したように答えた。

「そこまで仰るなら、お教えしましょう。庄は平陽鎮の真南、野鶏林やけいりんを越えた先、大きな林の中にあります。馬もそのあたりで奪われたのでしょう。どうか、くれぐれもお気をつけください」

 そう言い残し、店小二は去っていった。

 匡胤は鄭恩に向かって言った。

「分かったか。馬を奪ったのは、かつて大名府の勾欄院こうらんいんで俺が打ち据えた、あの韓通だ。あいつ、ここでも民を害している。よし、もう一度相手をしてやろう。この地に安穏と住めるかどうか、思い知らせてやる」

 鄭恩はうなずいた。

「俺は野鶏林の場所を知っている。日も高い今のうちに行って、腕ずくで馬を取り返せれば、万事解決だ」

 そう言って酸棗の棒を手に取り、匡胤とともに宿を出た。二人は足早に野鶏林へ向かい、大きな林の奥で件の庄を見つける。

 匡胤は言った。

「兄弟、お前が先に出て、あいつを引きずり出せ。俺はここで待ち、決着をつける」

 そう言うと、匡胤は茂みの中に身を隠し、様子をうかがった。

 鄭恩は酸棗の棒を握りしめ、荒々しく広梁門こうりょうもんへ駆け寄ると、春雷のような大声で韓通を罵り呼び出した。

 ここに――
 狭い道で仇と出会い、
 強暴の徒がついに勢いを失い、
 追い詰められてこそ、
 凶棒もまた善へと向かう。

 まさに――

 道理を踏みにじり、身の安泰のみを図っても、
 どうして民を安んじ、暴を除くことができようか。

 さて、韓通は果たして姿を現すのか。
 それは次回を待って知ることとしよう。

独語。
 相変わらず韓通の扱いが酷すぎておもしろい。
 ところで、韓通の息子は《宋史》韓通傳の最後に少し触れられていて、名前が伝わっていないけど、かしこい人物だったらしく、早くから「趙匡胤には人望が集まっているので、身の振り方を考えるべきだ」と勧めていました。
 韓通は後周世宗(柴栄)に重く用いられ、趙匡胤とは別軸の立身を果たしていたし、競争相手と考えていたのか、より古参な分、優越心があったのか、両者の友好的な付き合いなどは記録されていません。反目していたという話もないですが。
 しかし趙匡胤側が韓通を無視しきれなかったのは確実で、後年、開宝寺に飾られていた韓通親子の肖像画を見咎めて取り除かせたそうです。


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