見出し画像

第三十一回 郭彥威禪郡興兵 高懷德滑州鏖戰

第三十一回 郭彦威、禅郡に兵を興し、高懐徳、滑州に鏖戰おうせんす。

 詞に曰く:

 君は暗く、臣は奸。
 ともに朝廷の綱紀を転倒させた。
 股肱は傷つき、
 一つの詔が賊心を呼び、辺境に乱を開く。
 旗鼓は鳴り、砲声は人心を震わせ、
 烽煙ほうえん雲霧うんむが山河を覆う。
 嘆かわしきは万民、
 ただ蒼天に向かって叫ぶのみ、
 いったい誰に訴え得ようか。

 将は熊羆ゆうひの勇をもち、
 功績をもって国に報い、
 士は貔貅ひきゅうのごとく、誠を尽くす。
 弓を引き、攻め戦い、
 功を成しても談笑のうち。
 だが一朝、勤王の名で召し出され、
 その義胆忠肝ぎたんちゅうかんを恐れられた。
 結局は天意に翻弄され、
 さまよい、空しく悲嘆するのみ。

 ――右、《満江紅まんこうこう》の調。

 さて、郭威は聖旨を受け取ると、心中、驚きと疑念を抑えきれず、勅使に召還の理由を尋ねた。
 孟業はにこやかな笑みを浮かべて答えた。

老元戎ろうげんじゅう(老将ほどの意)。陛下は、あなたがここで兵を募り、糧を蓄えているとお聞きになり、その真偽を確かめるため、特に私を遣わされました。
 もし少しも異心がないのであれば、都へ赴き、朝廷で直接弁明なさればよろしい。その時は忠良の大臣が必ずや再任を推挙いたしましょう。しかし、もし入京を拒めば、ここに三か条の朝廷の処断がございます。
 いずれかをお選びいただき、私が復命できるよう、お決めください。」

 これを聞いた郭威は、心中で深く思案した。
「もし詔に従って京へ行けば、凶多くして吉は少ない。行かなければ、この三つの処断が情けをかけるはずもない。今すぐ兵を挙げるにしても、兵は少なく将も乏しく、大事を成すのは難しい。しかも、蘇鳳吉そほうきつが讒言と妬みで朝政を握り、幼主はくらく無道で、功臣を顧みず、排除しようとしている。まさに進退きわまるとはこのことだ。どう処すべきか……。」

 いくら考えても、決断はつかなかった。
 孟業はさらに催促した。
「老元戎。私は詔を伝えるために参った身。これ以上の猶予は許されません。もし朝廷に背けば、法は情を容れません。その時になって後悔しても、もはや及びませんぞ。」

 まさに追い詰められたその時、階下から一人の男が宝剣に手をかけ、堂上へ進み出て大声で叫んだ。
「元帥、この者の誘い文句を信じてはなりません。京へ入れば、命はありません!」

 郭威が見上げると、それは監軍かんぐん・柴栄であった。

 郭威が言った。
「天子の明詔だ。どうして背くことができようか。」

 孟業も言った。
「その通り。私も覆命できませぬ。」

 柴栄は声を強めた。
「今の幼主は無道にして、奸邪の言に耳を貸し、武臣の汗馬の功を顧みず、社稷しゃしょくを守る者を疎んじています。深宮にこもって酒色と財に溺れ、是非を取り違え、賞罰は乱れるばかり。昨日は史平章しへいしょう史弘肇しこうちょう)が一族皆殺しにされました。
 あれほどの忠臣が無実のまま屈殺されるとは、痛ましくないはずがありません。今回の詔も、必ずや蘇賊そぞくの策。鎮将を反逆へ追い込み、元帥を害そうとしているのです!」

 そう言うと、孟業を指さして罵った。
「お前たち狐や狗の群れが、君主にへつらい、国を誤り民を害してきたのだ。今日は命日と思え。諸将、よく見よ、我が手でこの賊を斬る!」

 言い終えるや、手にした剣を振り下ろし、孟業を一刀のもとに斬り伏せた。
 血は土に飛び散り、屍はその場に倒れた。

 左右の将たちは一斉に手を打ち、
「よくやった! 痛快至極だ!」
と喝采した。

 郭威は止めようとしたが間に合わず、やむなく叫んだ。
「この若者め、思慮もなく軽率に事を起こし、勅使を殺したとなれば、朝廷は必ず大軍を発して罪を問おう。その時は一門皆滅の禍は免れぬぞ!」

 柴栄は言った。
「元帥。古来、英雄たる者は時勢を見極めねばなりません。今や朝政は乱れ、国は日ごとに衰えています。元帥は国家の重臣、功業は世に知られ、しかも大軍を握り、要地を守っておられる。
 この機を逃さず挙兵し、汴梁べんりょうへ攻め上り、奸臣を誅し、佞人を除き、新たな主を立てる――何の不可がありましょうか。」

 将たちは一斉に声をそろえた。
「柴監軍の言に理あり。元帥、この好機を逃してはなりません。一挙に王業を図るべき時です。我ら、犬馬の労を惜しまず、大事を成し遂げましょう!」

 郭威は人心が大きく動いたのを見て、内心ほくそ笑みつつ言った。
「諸将の厚意はありがたい。しかし、我が徳は薄く、福も乏しい。もし失敗すれば、諸君の心を裏切るのみならず、我が身の置き場もなくなる。それを思うと、どうしたものか……。」

 その時、一人が進み出て言った。
明公めいこう(とのさま)、疑うには及びません。将たちの言に従い、大事を図るべきです。それがしが必ず勝利を保証し、王業成就を助けましょう。」

 郭威が見ると、その人は太原の出身、王朴おうぼくといい、字を子譲しじょうという。
 顔は美玉のごとく、目は朗星のように輝き、七尺の堂々たる体躯。
 幼少の頃、異人に遇って教えを受け、天文をよく観、地理に通じていた。
 今は郭威の幕下で参謀を務め、言は必ず用いられ、深く信任されており、諸将も皆服していた。

 郭威は問うた。
「先生は、なぜ必勝と断言できるのか。大事が成ると、どうして分かるのだ。」

 王朴は答えた。
「夜、天象を観ましたところ、帝星は昏く、漢の運はすでに尽きています。盛んな気は今、禅州を照らしております。国運が衰え、主君が昏く残忍なこの時こそ、明公が天に応じ、時に順って大事を起こす時。ひとたび雄兵を挙げれば、天下は必ず呼応するでしょう。王業成らぬ道理がありましょうか。」

 郭威は大いに喜び、左右に命じて孟業の遺体を運び出し、埋葬させた。
その日は、こうして散会となったのである。

 翌日、大堂に宴席が設けられ、配下の将官すべてが招かれて、酒宴を兼ねて軍議が開かれた。
 酒が三巡し、料理もいく品か出たところで、郭威は杯を手にして口を開いた。

「本日、諸将が心を一つにして力を貸してくれ、南へ兵を進め、奸臣と讒言を一掃し、朝廷を粛清しようというのは、まことに結構なことだ。ただ、糧秣はまだ十分とは言えず、将は少なく兵も多くはない。今回の行軍、成否はなお定かではないが、諸将に良策はあるだろうか。」

 言い終わらぬうちに、一人の将が身を乗り出して大声で叫んだ。
「元帥、何をご心配なさることがありましょう。この王峻おうしゅん、手にしたこの大斧一本で、先鋒を務め、必ずやお役に立ってみせます!」

 郭威が見ると、上将・王峻であった。
 郭威は言った。

「王将軍。禅州から汴京までは二千里余り、しかも黄河が横たわっている。我が軍が動けば、道中の州城は必ず京へ急報するだろう。漢主が京中の兵を出すだけならまだしも、もし諸鎮の兵を動かし、黄河を押さえられたら、いかに将軍が勇猛でも、逃げ場はない。」

 王峻は生来、烈火のごとき気性で、勇を褒められるのは好むが、力を疑われるのは我慢ならぬ男であった。
 郭威が「黄河を越えられぬ」と言ったのを聞くや、胸に憤りを燃やし、雷のような声で叫んだ。

「元帥、決して大言ではありません。諸侯どもに、どれほどの人物がいましょうか。私には皆、土や木の人形同然に見えます。今回、汴京を奪えぬようでは、男の名が廃ります!」

 ――もっとも、兵法に言う「敵を侮る者は敗れる」とは、まさにこのこと。
 王峻は斧の腕と勇力を頼みに、天下に英雄なしと侮ったが、のちに黄河畔で高懐徳こうかいとくの槍を受け、左脇を突かれて命を落としかけることになる。
 これは後の話、ここでは触れない。

 さて、その場で王峻と郭威が議論していると、門官が来て報告した。
「河南・帰徳府節度使きとくふせつどし史老爺しろうやがご来訪です。」

 郭威はそれを聞いて史彦超しげんちょうの来訪と知り、左右に命じて残った宴席を片づけさせ、門官に言った。
「私がまだ身なりを整えていないと伝え、二門で迎えると申せ。」

史彦超は帥府に入り、二門近くまで来ると、郭威が多くの将佐を率いて出迎えるのを見た。
史彦超は数歩進み、鎧の裾を払って跪こうとしたが、郭威は慌てて手を取って止めた。

「賢弟、どうしてこのような大礼を取るのだ。」

 こうして堂上へ招かれ、礼を交わし終えると、史彦超は諸将とも一人ずつ挨拶を済ませ、席に着いた。
 そして言った。

「元帥が禅州を鎮めておられる間、都ではこのような大変が起こっていたのです。」

 そう言って、幼主が兄・史弘肇の一家を無実のまま害した経緯を、ことごとく語った。

「それゆえ、家族を連れてここへ参りました。どうか元帥、兄と同じく国に仕えた情誼をお汲み取りいただき、早々に兵を挙げ、兄の仇を討ってください。それが叶えば、私も感謝に堪えず、兄も泉下で報われましょう。」

 言い終わると、涙は雨のようにこぼれ落ちた。
 郭威は慰めて言った。

「賢弟、悲しみは抑えよ。私は近く兵を挙げ、必ずや奸臣を除き、令兄の仇を討つ。」

 史彦超は礼を述べ、配下の兵を外で部隊に合流させた。
 郭威は改めて宴席を設け、史彦超の来訪をねぎらった。
 酒宴が終わると休息に入り、この夜のことは略す。

 翌日、郭威は住まいを割り当て、史彦超の家族を落ち着かせた。
 それから数日が過ぎた。

 この日、郭威は帳を上げ、諸将と起兵の相談を行った。
 大将・魏仁甫ぎじんほ(魏仁浦)、趙修己ちょうしゅうきらを禅州の守将として残し、
 王朴を軍師、史彦超を先鋒、柴栄を監軍、王峻を左営元帥、韓通を右営元帥に任じ、乾祐三年(950)二月十六日の起兵を定めた。

 期日になると、教場で砲を放って旗を祭り、大軍は禅州を発った。
 その勢いは盛んで、進軍する先々の府州は次々と落ち、誰一人としてこれを防ぐ者はなく、まさに破竹の勢いであった。

 一方、沿道の地方官は郭威の挙兵を知ると、急ぎ使者を京へ走らせ、幼主に報告した。
 幼主は、孟業の従者が戻って、郭威が勅使を斬り、謀反を企てたと奏したこともあって、激怒し、討伐を議していたところである。

 そこへさらに辺境からの急報が届き、幼主は大いに驚き、急ぎ蘇鳳吉を召して策を問うた。
 蘇鳳吉は奏した。

「陛下、ご心配には及びません。臣が一人の将を保証いたします。必ずや逆賊を討ち取らせましょう。」

 幼主が尋ねた。
「誰を用いれば、功を立てられるのだ。」

 蘇鳳吉は答えた。
「臣が推すのは、潼関元帥どうかんげんすい高行周こうこうしゅうです。この者は用兵に精通し、智勇比肩する者なし。彼に兵を預ければ、逆賊討伐など、袋から物を取り出すようなものにございます。」

 幼主は大喜びし、直ちに詔書をしたため、使者を潼関へ遣わし、高行周に命じた。
 期日を定めて兵を率い、禅州へ向かい、反逆の郭威を捕らえて京へ献上せよ。
 功に応じて賞を与える。
 詔が届き次第、即刻出立せよ。京へ戻って拝謁する必要はない、というのである。

 勅使は命を受け、昼夜を分かたず駆け、数日で潼関に到着した。
 帥府で詔を読み上げると、高行周は遅滞なく、まず使者を京へ返して復命させ、その後、三万の兵を選び、武具を整えさせた。
 砲三声を合図に大軍は潼関を発ち、昼夜を兼ねて禅州を目指した。

 黄河を渡り、滑州へ向かおうとしたところ、斥候が戻って報告した。
「滑州はすでに失われ、郭威の軍が城に駐屯しております。これ以上の前進は困難です。」

 高行周は報告を聞くと、即座に命じ、城から十里の地に陣を敷き、翌日の攻撃に備えさせた。

補足。
 滑州は、黄河を南に越え、都・汴梁の北に位置する州ですね。
 ここでは出てきませんが、滑州に鎮していた節度使は宋延渥と言って、郭威軍が迫ると当然のように迎え入れたのでした。

 さて、郭威は兵を滑州に駐屯させ、軍を休ませ馬を養い、黄河渡河の備えを整えていた。
 そこへ探子が駆け込んで報告した。

「元帥に申し上げます。潼関の高行周が大軍を率い、城外に陣を敷きました。取り急ぎお知らせいたします。ご指示を。」

 この報を聞いた郭威は、顔色が土のように変わり、肝胆が裂ける思いがした。
 大事を成そうという気概も、たちまち半分は削がれてしまったのである。

 ――それもそのはず。
 郭威は、かつての出来事を思い出していた。
 高行周は、鶏宝山けいほうざんの大戦で王彦章おうげんしょうを追い詰め、ついには自害に追い込んだ名将である。
 高家伝来の槍術は天下無双、その名を聞けば誰もが震え、姿を思うだけで背筋が寒くなる。
 しかも将門の出で、兵法の伝授も極め、智略に富み、用兵にも長けている。
 さらに恐るべきは、「馬前神課ばぜんしんか」と呼ばれる占術を操り、吉凶を占って外すことがないという点であった。

 こうした事情から、郭威は思案に沈み、気力をくじかれながら、王朴に目を向けて言った。

「先生。高行周は名門の将で、兵の使い方にも通じている。今、彼が兵を率いて来た以上、我が軍は大敗を免れまい。軍師に妙案はないだろうか。」

 王朴は答えた。
「明公、ご心配には及びません。私が夜に天象を観たところ、高行周の将星もまた昏く、長くはありません。ただ一つ、気がかりがあります。大将にとって、あだ名というものは案外と忌むべきものです。高行周は自らを“鷂子ようし(鷹)”と称し、明公は“雀児じゃくじ”と呼ばれております。雀が鷂子と争うとは、羊を虎と戦わせるようなもの、卵と石をぶつけるに等しく、勝ち目はありません。しかも雀は、鷂子の餌となる存在。どうして敵いましょうか。」

 郭威は言った。
「それでは、どうすればよいのだ。」

 王朴は静かに答えた。
「一計があります。高行周をして、自ら兵を引かせるのです。そうすれば、明公は何の妨げもなく汴京へ進めます。」

 郭威は問うた。
「その策とは?」

 王朴は言った。
「明公は当面、兵を動かさず、滑州を堅く守ってください。数か月、戦を仕掛けずに待つのです。鷂子も餌がなければ腹を空かし、やがて飛び去ります。そうなれば、進むにも退くにも妨げはなく、長駆して汴梁を落とすことができましょう。」

 郭威は大いに喜び、
「なるほど、その通りだ」
と称賛した。

 ところが、この話を聞いた史彦超が、たちまち声を張り上げた。
「明公、何をそこまで恐れる必要がありましょう! 軍師も慎重すぎます。高行周がどれほどの者だというのですか。そこまで怖れるとは。
 軍師の言う通り、兵を動かさぬのでは、私が兄を殺された仇は、いつ晴らせるのですか! この史彦超、不才ながらも、自ら兵を率いて出陣し、高行周の首を斬って、元帥に献じましょう!」

 そう言い捨てると、左右に命じて槍を持たせ馬を引かせ、そのまま堂を下りようとした。

 郭威が止める間もなく、王朴は驚いて叫んだ。
「将軍、少しお待ちください。申し上げたいことがございます。」

 史彦超は足を止め、振り返った。
「軍師、何か。」

 王朴は言った。
「将軍が出陣される以上、私は無理に止めはしません。ただし、臨陣にあたっては、万事慎重であるべきです。高家の槍法は変幻自在、並の将とは違います。どうかこれから申すことを肝に銘じ、後悔なきよう。敵を量り、自らを知り、決して驕らず、慎重に事を運ばれよ。」

 史彦超は微笑み、
「ご心配なく。史某、この戦、必ずや勝ってみせます。」
と言い切った。

 そうして甲冑をまとい、帥府を出ると、槍を執って馬に乗り、本隊を率いて城を出た。
 一路、高行周の陣へと突進したのである。

 王朴は、その強情さを見て勝ち目は薄いと悟り、王峻に命じて三千の兵を率い、後詰めに出させた。
 王峻は喜んで兵を引き、城を出て救援に向かった。
 ――この件は、しばらく置く。

 さて、史彦超は本隊を率い、配下の勇将八人を伴って、高行周の陣へ押し寄せ、名乗りを上げて挑戦した。
 斥候がこれを高行周に報告すると、高行周は即座に兜を戴き、甲を着け、剣を佩き、鞭を下げ、馬に跨って槍を執った。
 砲を放って陣を出、戦列の前へと進み出る。

 史彦超は砲声を聞き、敵が現れたと知って前方を見る。
 そこに見えたのは――

 門旗二旒もんきにりゅう、左右に分かれ、
 とう(大将旗)の後ろに主将が続く。
 四人の勇将が陣脚を固め、
 三千の鉄甲兵を率いる。
 中軍の主将は威武堂々、
 天神のごとき装いで並ぶ者なし。
 朱のえい(冠のひも)は炎のように赤く、
 柳葉形りゅうようけいの戦裙が前後に揺れる。
 団花の袍に玉帯を締め、
 青銅の宝鏡が日に映えて輝く。
 左に半月の強弓を懸け、
 右に狼牙の矢を数本挿す。
 手には長槍、八矛の異名を持ち、
 座下の良馬は砂塵を蹴って走る。
 生涯の智勇は天下に並ぶ者なく、
 術数の妙は遠近に鳴り響く。

 史彦超は高行周の姿を見るや、胸中の怒りが一気に燃え上がり、悪気が全身に満ちた。
 そして罵声を浴びせた。

「老賊め! 我が兄は、劉先王の御代に、お前と同じ殿廷でんていの臣として仕えていた。それが今、昏君により一族皆殺しにされたのだ。
 “兎死して狐悲しむ”という言葉もある。物は同類を傷んで嘆くものだ。お前はまず奸臣を捕らえ、兄の仇を討ってこそ、同じ境遇にある者の義というもの。
 それなのに、兵を率いて我が行く手を阻むとは何事だ。今日ここで会った以上、必ずお前の命を取る!」

 高行周はこれを聞いて激怒し、怒鳴り返した。

「史彦超、戯言を申すな!
 お前の兄・史弘肇が存命の折でさえ、我が名を呼ぶことなどなかった。ましてやお前ごときが、郭威と結託して謀反を企て、都へ兵を向けた大罪人の身で、よくも私を侮れるものだ。
 国法に照らせば、ただちに捕らえて京へ送り、寸断してさらし者にすべきところだが、史弘肇との旧交に免じて、今日は命だけは助けてやろう。さあ、反賊郭威を呼び出して、潔く死なせよ!」

 この言葉に、史彦超は怒りで我を忘れ、顔は赤く、耳まで紅潮し、大声で叫んだ。

「老賊、ここまで侮っておいて、済むと思うな!」

 そう言うや、手にした槍で高行周の胸元を突いた。
 高行周もまた怒り、
「逆賊め、無礼千万!」
と叫び、蛇矛槍を構えて応戦しようとした。

 その刹那、背後から一人の若武者が飛び出してきた。
 馬は飛ぶように走り、長槍を振り上げ、史彦超の脇腹めがけて突きかかる。

 史彦超は驚き、あわてて槍を引き戻して受け止めた。
 その若将をよく見ると、まさに英雄の風格を備えている。

 顔は満月のごとく、唇は朱を引いたよう。
 紅いえいは銀の兜に映え、
 白袍はひるがえり、白甲をのぞかせる。
 弓を懸け矢を差し、かつては左天と号した男。
 馬上で槍を振るう姿は、前代の白虎将にも劣らぬ。

 史彦超は大喝した。
「来将、名を名乗れ! 本先鋒が相手をしてやる!」

 若将もまた史彦超を見据えた。そこに立つ姿は――

 黒い顔にのようなびん
 凄みある眉と鋭い眼光。
 紅い襆盔ほくかい(かぶと)に朱のえいが群れ、
 鎖帷子は黄金に輝く。
 長毛吼ちょうもうこうの名馬にまたがり、
 烏纓槍うえいそうの動きは稲妻のごとし。

 若将は叫んだ。

「逆賊め、私を知らぬか!
 私は潼関元帥・高行周の嫡男、左天蓬さてんほう高懐徳こうかいとくである。
 謀反を企てたその罪、万死に値する。ゆえに、ここへ来て命を取ってやる!」

 言い終えるや、槍を突き出した。
 史彦超もまた、手にした槍で素早く迎え撃つ。

 二人はもつれ合い、激しく戦った。
 その激しさは、まさに凄絶であった。

 二頭の馬が交錯し、二条の槍が打ち合う。
 蹄は大地を砕き、塵は舞い、
 戦場には霧のような砂煙が立ちこめる。
 槍は回り、交差し、
 我が突けば彼がかわし、
 ひらめく刃は白霜のごとし。
 行き来すること久しく、
 勇と技の優劣、いまだ決せず。

 まさに好敵手、名将同士の対決であった。
 高懐徳は家伝の槍法を身につけ、年長の将といえども恐れはない。
 史彦超もまた、歴戦の勇将として、若者に譲るつもりなど毛頭なかった。

 二人は七、八十合も戦い、勝負はなお決しなかった。

 やがて高懐徳は、史彦超の馬の速さと槍の鋭さを見て、心中で思った。
「この黒賊、力任せで押し切ろうとしている。ならば、まずは勢いを使い切らせてから、仕留めてやろう。」

 そう考え、槍を引き、攻め込まず、防戦に徹した。

 門旗の中から戦いを見守っていた高行周は、史彦超の槍が豪雨のように激しく、高懐徳が守りに回って退くばかりなのを見て、
「若くて力が足りぬのか」
と誤解した。

 配下の将たちも、息を詰めて見守るばかりで、ざわめきが広がる。
 勝ち気な高行周は、息子が劣勢に見えることに面目を失い、怒りを抑えきれず、槍を振って命じた。

「太鼓を打て! もっと打ち鳴らせ!」

 戦鼓は雷鳴のように鳴り響き、三軍は鬨の声を上げ、旗を振って前へ進んだ。

 その時、高懐徳は父の怒りを悟り、心中で思った。
「これ以上長引かせれば、父上が案じられる。」

 そこで腰の脇から、打将鋼鞭だしょうこうべんを取り出し、左手に握った。

 史彦超はなおも馬を飛ばし、両手で槍を握りしめ、正面から突きかかってくる。
 高懐徳は右手の槍でこれを受け流し、すれ違いざまに馬を返すと、左手の鋼鞭を振り上げ、
「くらえ!」
と叫んで、頭上から打ち下ろした。

 史彦超は
「しまった!」
と叫び、身をかわそうとしたが、
 ガン!
という音とともに、背に直撃した。

 史彦超は血を吐き、鞍に伏せたまま逃げ走る。
 高懐徳は馬を駆り、槍を突き出して、疾風のごとく追撃した。

 ここに至って――
 その名声は行く先々で将兵の胆を砕き、
 槍と剣の通る道には、屍が折り重なる。

 まさに、

 一身にして三千里を戦い、
 一騎にして百万の軍に当たる。

 さて、史彦超の命運はいかに。
 その結末は、次回にて明らかとなる。

独語。
 続々とメインキャラクターが登場した回。
 後周朝から北宋の統一までの規定戦略を描いた王朴を、ここですでに投入してきました。
 王朴というのは後周朝の軍師です。
 ある時、柴栄は参謀たちを集め、『平辺策』の提出を要求しました。内政に多事多用なれど、統一の大望もあった柴栄なので、明確な戦略が欲しかったわけですね。
 そこで王朴は、のちの北宋の統一戦略、「先南後北策」の基になる戦略案を編み提出しました。
 その他に、王峻、魏仁浦、高行周に高懐徳などが登場してきました。
 高行周の説明のときに、王彦章を追い詰め自害に追い込んだ、とありますが、まぁそれは夏魯奇かろきですね。
 王彦章とは朱全忠の後梁朝末期に亡国を支えた名将で、「神人」と呼ばれ忠義の将として英雄視されています。


いいなと思ったら応援しよう!