第二十回 真命主戲醫啞子 宋金清驕設擂臺
第二十回 真命主、戯れて啞子を医し、宋金清、驕りて擂台を設ける。
詩に曰く:
世の道を覆う濁りを掃い尽くせば、道は澄みわたり、
行き交う人は呼び合い、胸の内を語り合う。
天の星はもとより文明の質を備え、
地の世界では、ときに霊妙な導きを示す。
景色が異なれば障りも多く、
山林には道もなく、侵されて塞がれる。
神威が及ぶところ、戦火は鎮まり、
その徳は万世に仰がれて尽きることがない。
さて、趙匡胤は趙員外と言葉が合わず、怒りにまかせて家を飛び出し、憤りを胸に歩き続けたため、宿を逃してしまった。
その夜は京娘の陰霊が灯を執って道を送ってくれ、さらに一晩を行くこととなった。
やがて心身ともに疲れ切り、道中で古い廟に行き当たり、そこで一日休むことにした。
夜、二更のころ、はたして廟に妖蛇が現れたので、匡胤はすぐさま神煞棍棒を振るい、大喝一声、蛇の頭めがけて打ちかかった。
蛇はそれを見るや、頭をもたげてひらりと身をかわし、逆に匡胤へ飛びかかってきた。
匡胤は身をひるがえして避け、蛇は空を切った。
匡胤が棍を振り上げて打ち下ろそうとすると、蛇は身をうねらせ、尾で鞭のように叩きつけてきたが、これも当たらない。
蛇はさすがに慌て、再び升ほどもある頭をもたげ、正面から襲いかかってきた。
匡胤は身を翻しざま、棍をひとひねりすると、狙いも定まらぬまま、ちょうど急所の七寸に命中した。
蛇は激痛にのたうち、もはや半死半生である。
夜明け前の薄暗さで様子がよく見えぬまま、匡胤は棍を振り下ろし続け、まったく動かなくなったところでようやく手を止めた。
再び板の上に腰を下ろし、しばらくうとうとすると、やがて村鶏が三度鳴き、日が昇った。
目を覚まして妖蛇を見れば、まことに巨大で、見るだに恐ろしい。
そこで壁に向かって、四句の詩を書き残した。
関西の諸州を歩き尽くし、
妖蛇は幾年も人を害してきた。
神前に棍を下ろせば、妖気は散り、
これより行き交う人は憂いを持たず。
書き終えると、神煞棍棒を再び鸞帯に戻して腰に締め、荷を背負い、廟を後にして先へと進んだ。
その日、道を行くうちに、前方にひときわ大きな屋敷が見えてきた。
門前には、白髪の老人が座り、行き来を眺めている。
匡胤の姿を見ると、老人は席を立ち、身をかがめて満面の笑みを浮かべ、
「お方、どうかお足をお留めください。拙宅にてお茶を差し上げたい」
と言った。
年長者の誘いを断るのも憚られ、匡胤はともに門を入り、広間で荷を下ろし、礼を交わして腰を下ろした。
安童(側仕え)が茶と菓子を運び、ひととおり飲み終えると、匡胤が尋ねた。
「老丈とは面識もございませんが、今日お招きくださったのは、何かご用向きがおありでしょうか」
老人は言った。
「私は王と申します。今年六十八になります。祖先からの田地と庄を少しばかり持ち、この凍青荘では“百万円外”と呼ばれております。
ただ、年老いても子がなく、それが長年の憂いでした。
寺に参って願をかけ、五十六の歳になって、ようやく一人の男子を授かりましたが、これが不幸にも身体に障りのある子で、十三歳になる今も口がきけぬ啞の子なのです。
日夜心を痛めておりましたところ、二か月ほど前に、占い師が通りかかりました。姓は苗、名は光義といい、実に妙なことを申しました。
『啞の子よ啞の子よ。今日口を開かずとも、後年は宰相となり公侯に列する。
今年のこの月、この日、この時、この場所で、赤ら顔の君子を待て。
その人は啞を治し、言葉を与える』
――そう言うのです。
そこで私は言葉を信じ、ここでお待ちしておりましたところ、まさしく君子にお会いできた。
もし息子を話せるようにしていただけるなら、家業を半分差し出しても惜しみません。決して約束は違えません」
匡胤はそれを聞き、内心で思った。
「この苗光義は、これまでの言葉はよく当たってきたが、この件ばかりは荒唐無稽だ。
世の病に医はあれど、啞まで治るものか。まして俺に治し方など分かるはずもない。
だが、できぬと言えば、この老人の真心を踏みにじることになる。
いっそ成り行きに任せ、曖昧に応じて、この場をしのぎ、立ち去ってしまおう。話せようが話せまいが、俺の知ったことではない」
腹を決めて、こう答えた。
「啞の治療は心得ておりますが、成るか成らぬかは、その人の運次第です。
心が至れば、すぐに話し出すこともありますし、至らねば三年かかることもあります。
ひとまずご子息をお呼びください。見れば分かりましょう」
そばにいた安童が言った。
「小相公(若旦那)は今、書斎で学問に励んでおります」
匡胤は言った。
「啞なのに、どうして学問ができるのだ?」
安童は答えた。
「他の者は声に出して読みますが、うちの小相公は“悟る”のです。本を手放さず、ただ心で思い巡らすばかり。名ばかりの読書で、どうにもなりません」
すると員外が叱りつけた。
「この犬め、余計なことを言うな。早く小相公をお連れして、この君子に診ていただけ」
安童は急いで去った。
ほどなく、啞の子が広間に連れて来られ、礼をして脇に立った。
匡胤がよく見ると、その姿は――
束ねた髪に包巾を戴き、
髪は眉のあたりまで垂れる。
大紅の道服に、寒梅の刺繍。
中着は鮮やかな松花色、
襟元には白が巡る。
歯は白く、唇は紅く、
顔は満月のように円満で非凡。
眉は清く、目は秀で、
鼻は胆を吊るしたように整っている。
匡胤は思った。
「なんと福相の子だ。啞であるのが惜しい。ここまで来た以上、適当に言葉を唱え、奥へ返してしまえばよい」
そこで尋ねた。
「ご子息のお名前は?」
員外は答えた。
「学名は王曾と申します」
匡胤は言った。
「この治療法は、心の誠次第。誠が至れば即座に話し、至らねば三年待つことになる」
員外は言った。
「誠心なら、この老いぼれに及ぶ者はありません。話してくれさえすれば、それで十分です」
匡胤は王曾を指さし、口にした。
「王曾よ王曾、聡く利発なこの人よ。今日われに遇えば、言葉は銅鈴のごとく鳴り響く」
匡胤は戯れ言のつもりで、ただその場を取り繕ったにすぎなかった。
ところが――
言い終わるや否や、王曾はひざまずき、はっきりとした声で言った。
「ご教示、ありがたく存じます。小子、ついに蒙を啓かれました」
そう言って立ち上がり、匡胤に向かってにこりと笑うと、そのまま奥へ入っていった。
実はこの王曾、文星がこの世に降りた存在で、定められた運命であった。
のちに太祖が天下を取ると、王曾は三元に及第し、太宗の御代には宰相となって朝廷を支え、国政を取り仕切った。
――この先の話は、また別の機会に語ることとしよう。
補足。
北宋の宰相に王曾という名前の人物はいますが、生まれは978年、北宋太宗の太平興国三年。
真宗の末年から仁宗の前半の宰相でした。仁宗の全盛期、いわゆる慶暦の治にはすでに死去してしまいますが、名宰相ですね。
ちなみに、文星あるいは文曲星は北斗七星の四番目の星で、才知を司ります。仁宗期の文曲星は、かの有名な包拯ですね。
匡胤は、さきほど自分が何気なく口にした数句の言葉で、王曾が本当に話し始めたのを見て、当の本人である自分自身が信じられず、実に驚き怪しんだ。
そのかたわらで、員外は息子が言葉を発したのを見るや、胸の内は喜びに満ち、狂喜乱舞するほどで、前に進み出て拝礼し、言った。
「君子の神妙なる術のおかげで、小倅(せがれ)は口がきけるようになりました。先に申した通り、家財は半分お譲りいたします。どうかお受け取りください」
匡胤は答えた。
「老丈、ご配慮には及びません。ご子息が口を開いたのは、第一に生まれ持った才質、第二に老丈が代々積まれてきた徳の賜物です。私にどんな力がありましょうか。どうして報いを受け取ることができましょう」
そう言って、別れを告げようとした。
しかし員外はどうしても行かせようとせず、手を取って引き留め、再び座らせた。そして尋ねた。
「先ほどは失礼しました。まだお名前も伺っておりません。君子のご尊名とお住まいは?」
匡胤は答えた。
「私は汴梁の者で、父は趙弘殷と申します。官は都指揮の職にあります。名は匡胤、字は元朗と申します」
員外は言った。
「それはそれは、貴いお方とは存じ上げず、失礼の段、お許しください。
しかし、公子ほど清廉なお方が、わずかな謝礼も受け取られぬとなれば、ぜひとも拙宅にしばらくご滞在いただき、老いぼれの心ばかりのもてなしをさせてください。どうか再びお断りなさらぬよう」
情を無下にするわけにもいかず、匡胤は逗留することになった。
日々のもてなしは実に手厚く、周囲のへつらいも言うまでもなかった。
折しも秋も末、冬の初めであったため、員外は匡胤の寒支度が整っていないのを見ると、すぐに家人に命じて仕立屋を呼び、上等で清潔な綿入れを何着も作らせ、寒さをしのぐために贈った。
このころ、村の噂好きたちが口から口へと伝え、遠近にまで広まっていった。
「王員外の家に、啞を治す神仙が来ている。実に霊験あらたかで、どんなに口のきけぬ者でも、その神術にかかれば、たちまち話し出す」
この噂に、愚かな男も女も我先にと集まり、遠近を問わず、まるで烏や蜂の群れのように凍青荘へ押しかけ、王員外の屋敷の門を取り囲み、口々に叫んだ。
「神仙を出せ! 啞を治してもらうのだ!」
庄の者が中へ知らせに来たので、匡胤はやむなく外へ出て言った。
「皆々、どうか静まりなさい。あいにく、私の治療には決まりがあり、一年に一人しか治せません。縁があれば、来年またお越しください」
これを聞くと、人々は一斉に騒ぎ立てた。
「金持ちだけ治して、貧乏人は相手にしないのか!同じ人間なのに、二つに分けて扱うとは道理に合わぬ、情にも耐えぬ!」
ある者は土を投げ、ある者は騒ぎ、またある者は石や煉瓦を投げ始めた。
収拾がつかなくなり、匡胤はなすすべもなく屋敷の中へ逃げ込み、大門を固く閉ざした。
員外に別れを告げる暇もなく、荷を背負い、庄の者に案内させて裏門からひそかに抜け出し、そのまま先へと走り去った。
やがて別の村に着いた。名を桃花荘という。
そこに一軒の酒屋があり、匡胤は中へ入って酒を求めた。
腰を下ろしたそのとき、ひとりの旅人が血相を変えて駆け込んできて、机を叩きながら叫んだ。
「酒をくれ、酒を! 温いのでも冷たいのでもいい、一壺でいいから持ってこい!気合を入れて、擂台(闘技場)の勝負を見に行くんだ!」
店主は慌てて酒を出し、その男は勢いよく飲み始めた。
匡胤は「擂台」という言葉を聞き、すぐに尋ねた。
「その擂台とは、誰が立てたもので、どこにあるのですか」
男は酒を飲みながら答えた。
「この桃花荘の西の端だ。桃花山の三人の大王が立てた擂台だ」
匡胤はさらに聞いた。
「その大王とは、どんな名で、腕はどれほどのものだ?」
男は言った。
「三人は同じ母から生まれた兄弟だ。長兄は宋金清、次兄は宋金洪、三男は宋金輝。
それに妹が一人いて、宋金花という。
皆、腕は並外れて強く、豪傑を集めて山に拠り、英雄気取りで一帯を牛耳っている。誰も逆らえない。
だから山の下に擂台を設け、三・六・九の日ごとに交代で下山し、勝負をする。
台には金銀が積まれていて、拳で一発打てば金元宝一枚、蹴りを一つ当てれば銀元宝一枚。
もし負ければ、逆に十倍払う決まりだ。
だがこれまで勝った者はなく、皆返り討ちにあっている。今日は長兄の番だから、見に行くのだ」
そう言うと、勘定を済ませ、店を出て行った。
匡胤はそれを聞いて血が騒ぎ、自分も一壺飲み干すと、代金を払って西へ向かった。
ほどなく擂台が見え、周囲は人で埋め尽くされ、山や海のような人だかりで大変な賑わいであった。
台の上には一人の豪漢が立ち、身なりも整え、威勢よく叫んでいる。
「この中に腕の立つ者はいるか?上がって来い! 俺に勝てば金銀はくれてやる。だが十倍返しが怖いなら、恥をさらすな!」
その言葉が終わらぬうちに、匡胤は群衆をかき分け、一跳びで台に上がり、大喝した。
「小僧、口先だけで威張るな! 俺が相手だ!」
この一声に宋金清はぎょっとし、目を細めて匡胤を見て、心中でつぶやいた。
「なかなかの赤ら顔の男だ」
そして言った。
「その赤ら顔の大男、俺と手合わせする気か?」
匡胤は叫んだ。
「宋金清、お前の腕前を聞き及んだ。だからこそ、十倍の金銀を用意して、ここへ来たのだ!」
そう言って荷を下ろし、上衣を脱ぎ、構えを取った。
宋金清は激怒して叫んだ。
「赤ら顔の賊め、どうして俺の名を知っている!」
そう言うや、脚で蹴りかかった。
匡胤はひらりと身をかわし、逆に背後へ回った。
宋金清は「泰山圧卵」の勢いで打ちかかる。
匡胤は迎え打つふりをして、わざと足を滑らせ、どさりと台に倒れた。
宋金清は大喜びし、「餓虎撲食」の構えで掴みかかってきた。
その瞬間、匡胤は「喜鵲登枝」とばかりに、両足を相手の胸に突き出し、力いっぱい蹴り飛ばした。
宋金清は仰向けに倒れ、匡胤は跳ね起きると、両脚を掴み、持ち上げ、ひと引きに裂いて、真っ二つにして台下へ投げ捨てた。
台下にいた十二人の弟子と百余の手下は、一斉に叫んだ。
「赤ら顔の賊を逃すな! 長兄の仇を討て!」
槍や刀を振りかざし、擂台を取り囲み、矢を雨のように放った。
匡胤は形勢の悪さを悟り、身を隠す場所もなく、荷も帯も捨て、台から飛び降りた。
素手で拳を振るい、活路を切り開いて南へ疾走した。
まさに、
手を放して生死の道を切り開き、
身を翻して是非の門を飛び出す。
であった。
匡胤が逃げる背後から、追撃の叫びが轟き、追っ手は迫ってくる。
多勢に無勢で太刀打ちできず、ただ前へ前へと走るしかない。
そのとき、忽然と黒霧が立ちこめ、天地を覆い、岩も林も見えなくなった。
手下たちは道を失い、匡胤の姿も見失い、やむなく桃花山へ引き返して報告するほかなかった。
匡胤は、大霧のおかげで追っ手が退いたのを見ると、ようやく胸を撫で下ろし、あわてて先を急いだ。
山道に入ったそのとき、にわかに激しい突風が吹き荒れた。
風が過ぎたと思う間もなく、「ふっ」と唸るような気配とともに、斑模様の猛虎が跳び出した。
牙をむき、爪を立て、尾を振り、頭を揺らして、匡胤めがけて飛びかかってくる。
匡胤は身をひねってかわした。
虎は空を切り、すぐさま向きを変えて、また襲いかかる。
匡胤は横へ跳んで避けながら叫んだ。
「まずい! 前には猛虎、後ろには賊が追う。俺の命もここまでか!」
そう言う間にも虎は再び身を翻して迫ってくる。
匡胤は一瞬うろたえ、拳で応戦する余裕もなく、ふと後ろを見ると、道端に大木がある。
とっさに駆け寄って幹に取りつき、枝へよじ登って腰を下ろし、ひとまず難を避けた。
ところが虎は虎で、また妙なことをする。
匡胤が木に登ったのを見ると、木の下に陣取り、根元に口をつけて、ひたすら噛み始めた。
見る間に半分ほども噛み削られ、上の枝がぐらぐらと揺れ出す。
匡胤は青ざめた。
「しまった! あの畜生、木を半分まで噛み倒す気だ。落ちれば死ぬか、奴の口に入るか――!」
焦りが頂点に達したその瞬間、胸の奥が破れるように突き抜け、頭上に真の龍の気が現れ、空に昇って渦を巻いた。
まさに、
福は重ならず、禍は続けて来る。
賊を退けたと思えば、次は虎の厄。
匡胤の難はさておき――。
この山は「困龍山」といい、山上に古寺があった。名を「蟄龍寺」という。
寺を預かる長老は曇雲といい、もとは唐末の武将・馬三鉄である。潼関の総兵を務めたが、のちに官を捨てて出家し、この寺に住んでいた。
寺には上堂の僧が五百人。いずれも拳や棍に通じ、皆、長老の規律に従っている。
この日、二人の僧が谷へ水を汲みに行こうとして山門を出たところ、林の端に猛虎が座り、道を塞いでいるのを見た。
あわてて寺へ駆け戻り、禅堂で長老に告げる。
曇雲長老は叱りつけた。
「この畜生め、深山で静かにしておればよいものを、勝手に出てきて生き物を脅かすとは!」
そして弟子たちに命じた。
「ついて来い。見に行くぞ」
長老は立ち上がり、鉄の芯が入った強弓と、連珠の矢三本を取り、衆僧を率いて山門を出た。
石段の縁に立って眺めると、果たして林の端に大虎がいて木を噛んでいる。さらに、半空には赤鬚の火龍が現れている。
長老は薄く笑った。
「ここは清浄の門だ。どうしてこの二つの悪しきものに荒らさせる」
左手で弓を引き、右手で矢をつがえ、射ようとしたところ、弟子の一人が叫んだ。
「師父、待ってください! 木の枝に人がいます。あの龍は、その者の頭上から出ております。妖怪かもしれません!」
長老は目を凝らし、枝の上に人がいるのを確かめ、心中で考えた。
「虎に遭って命が惜しくて木に登ったのだろう。今、虎が木を噛んでいるのだから、さぞ肝を冷やしているはず。恐怖のあまり頂が開き、あの徴が現れたのだ。
しかし、これほどの異相が出る者は、先々の福分が小さくない。出家者として命を救ってやろう」
まさに、
龍を降す心を収め、
虎を伏す心が起こる。
長老は虎に狙いを定めて矢を放とうとしたが、僧たちが一斉に言った。
「師父、それはなりません」
長老が問う。
「虎を射てば人が助かる。なぜ止める?」
僧たちは答えた。
「我ら仏門は慈悲を本とします。先ほど龍は射らず、今度は虎を傷つける。片方を許し、片方を害するのは、偏りではありませんか」
長老は言った。
「ではどうせよと言うのだ」
僧たちは言った。
「虎を追い払って、枝の上の人を救い、どちらも命を失わぬようにするのが慈悲です」
長老は頷いた。
「もっともだ」
弓を下ろし、僧たちに虎を追い払わせた。
僧たちは声をそろえて叫び、力を合わせて追い立てたが、虎は呼び声など意にも介さない。
長老は言った。
「下がれ。私が言い聞かせる」
そして大声で叱った。
「この畜生! ここは清浄の法門だ。誰がここで荒らしてよいと言った。
すぐ去らぬなら、その場で命を失わせるぞ!」
すると虎は立ち上がり、長老を一瞥し、毛を震わせると、深い林へすっと消えた。
僧たちは口々に褒めた。
「さすが師父の法力は際限がない。たった数句で畜生が退いた!」
長老は虎が去ったのを見て、上を向いて呼びかけた。
「枝の上の君子よ。虎はもう遠くへ行った。安心して降りて来なさい」
しかし匡胤は恐怖で真元(本性)が噴き出し、目を閉じて心を鎮め、天命を待つ境地に入っていたため、下の騒ぎが耳に入らなかった。
長老が木の下で幾度も呼ぶと、まるで醍醐を頭に注がれたように意識が戻り、元神が体に帰ってきた。
目を開けると、虎は確かに去っており、下には多くの僧が立っている。
匡胤はようやく安心して木から降りた。
よく見ると、先頭の老和尚は風格が尋常ではない。年老いてなお雄々しく、並ぶ僧たちも皆たくましい。
その老和尚は――
眉は雪のように白く、鬢は霜のよう。
顔は蟹殻のごとくゴツゴツして、凄味は鬼神にも劣らず。
目は朗星のように澄み、光は羅漢にも似る。
毘盧帽を整え、仏相の端正さを保ち、
紅の袈裟を正しくまとい、英気は凛として立つ。
両脇の弟子たちは取り巻き、月を捧げる星々のようである。
匡胤はその威容に、思わず心の中で喝采した。
長老もまた匡胤をじっと観察し、面に神威があり、どこか王者の相が隠れているのを見て、内心ひそかに喜んだ。
長老は笑みを浮かべて尋ねた。
「君子のお名前は? どこから来て、今日は何の用でこの地へ?」
匡胤は答えた。
「お尋ねありがとうございます。私は汴京の者で、殿前都指揮・趙弘殷の子、名は匡胤、字は元朗。
関西へ親類を頼って向かう途中、桃花山で悪党が威を張り、擂台で人を侮っているのを見て腹が立ち、宋金清を台上で斬り裂きました。
ところが手下が多く、抗し切れず逃げ出し、ここへ来て虎にも遭い、木に登ってしのいでいたところです。
危ないところを長老に救われ、これはまさに死地から拾われた命、すべて長老の大徳のおかげです」
長老はそれを聞いて大いに喜び、
「なるほど、趙公子でしたか。失礼しました。中で話しましょう」
と言って拱手し、匡胤を迎え入れ、山門を閉ざした。
禅堂に入り、礼を交わして茶をいただいた後、匡胤が尋ねた。
「長老の法名は? 俗世での出自も、差し支えなければお聞かせください」
長老は答えた。
「老僧の法名は曇雲、また仏瑞とも申す。俗姓は馬、名は三鉄。唐の末には潼関の総兵を務め、令尊(お父上)とも一度会ったことがある。
しかし国の有様が日に日に悪くなり、天の心も離れたと悟って官を捨て、ここへ来て出家し、世俗の縁を避けている。
ところで、さきほど公子が討った宋金清は、桃花山の大王で、この寺の施主でもあった。
公子の豪挙であれを斬った以上、禍は天を衝く。
奴には二人の兄弟がいて万夫の勇、妹は妖術を使う。手下も多く、兵は五千。
さきほど追いつけなかったのは、必ず山へ戻って報告するからだ。
兄妹が聞けば必ず仇討ちに来る。こちらは少数、どうしたものか」
匡胤はこれを聞いて仰天し、心の中で思った。
「禍を避けたつもりが、逆に網へ飛び込んだ。
この和尚は賊の一味で、俺を騙して門を閉めたのではないか。
今ここで飛び出すにしても、この和尚は老いてなお気迫があり、僧も大勢いる。突破できるはずがない。
かといって座って警戒するだけでは身が保てぬ……」
思案に暮れた末、ふと考えた。
「いっそ苦肉の策で、相手の腹を探ろう」
そして言った。
「長老、その大王がこの寺の施主なら、私はここで助かる見込みはありません。
どうか私を縛って山寨へ引き渡し、あちらの仇討ちを遂げさせてください。
それが長老の功徳にもなりましょう。ぐずぐずせず、今すぐお取り計らいを」
すると長老は笑みを崩さず言った。
「公子、疑うことはない。老僧に悪意があると思うな。
宋家の兄弟は施主ではあるが、もとより我が本心ではない。老僧の名を恐れて表向きは布施の縁を結び、内々に繋ぎ留めていただけだ。
本当は追い払いたかったが、口実もなく、力も足りず、放置するうちに勢いを増して今日に至った。
それに、老僧は令尊と面識がある。どうして公子を賊に差し出せよう。
奴らは必ず寺へ捜索に来る。ならば、こちらも策をめぐらせ、公子と力を合わせ、あの連中をまとめて始末し、土地から大害を除こう。
それこそが、何にも遮られぬ大功徳というものだ」
匡胤は言った。
「それは本心ですか、それとも戯れ言ですか」
長老は言った。
「虚言ではない。疑うな」
匡胤は言った。
「それほどの志があるなら、策はどう立てるのです。詳しくお聞かせください。私の疑いも晴れましょう」
長老は指を立て、ある計略を語り始めた――。
その計略によって、
僧と俗は心を合わせ、蟄龍寺にはたちまち屍が横たわり血が流れ、
桃花山の兄妹の怨みも、一気に瓦解して霧散することになる。
まさに、
栄枯を共に嘆けば、日も異なり、
今も昔も、結局は灰に帰す。
さて、長老はいかなる策を語ったのか。
それは次回を見れば明らかとなる。
独語。
殿前都指揮使・趙弘殷の名声は天下に聞こえ、その子たる趙匡胤は名乗るだけで相手が恐れ入る貴公子。
と、そこまで名高い家門かなと思いはするものの、貴種流離譚としては必要な一節。
ところで、馬三鉄という人名には心当たりがない。物語上のキャラクターでしょうか。
ただ潼関絡みで「三鉄」という人なら、鉄鞭、鉄槊、鉄檛を持ち、戦場を駆けた猛将・王継勲の異名として記録にはあります。
史実ではその「王三鉄」の軍勢と、おそらく趙匡胤は戦いを交えたかと思われます。
