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第三十八回 龍虎聚禪州結義 風雲會山舍求賢

第三十八回 龍虎、禅州にあつまりて義を結び、風雲、山舍に会して賢を求む。

 詩に曰く:

 青葉は深く茂り、夏の日は長い。
 瓶に挿した蓮の香りが、ひとしずくの涼を運んでくる。
 蜻蛉せいれいが舞い、蝶がひらめいて、人の思いを誘い。
 燕のさえずり、蝉の声が、故郷の情を揺り動かす。
 灼けつく日差しの下で神仏を証に誓いを立て、
 天もまたその志と情の深さを見守っている。
 しばし俗事を離れ、山林の静けさを楽しみ、
 この思いを詩にして一章を捧げよう。

 さて、柴栄は趙匡胤と鄭恩に出会って以来、胸に秘めていた思いが晴れ、二人を禅州へと迎え入れ、花園の邸に住まわせた。
 ひたすら二人が名を成し、世に出て王家を助け、かつて交わした盟約を果たしてほしいと願っていたのである。

 そこで柴栄は二人と相談し、まず国母に拝謁し、しかる後に御前で推挙してもらい、爵位と封を賜ろうと考えた。
 これこそが柴栄の友情の厚さであり、凡庸な人々とは一線を画するところであった。

 その日、義兄弟三人は輿と馬を連ねて帥府へ入り、大堂に着くとそれぞれ馬を降り、輿を下りた。
 柴栄が先に中へ入って柴娘娘さいじょうじょう(尊貴な女性に対する尊称)に事情を奏し、その後で匡胤と鄭恩を後堂へ導き、簾の外に立たせた。

 二人は上座に向かってひざまずき、声をそろえて言った。
「娘娘、微臣趙匡胤、鄭恩、ただいま拝謁つかまつります。どうか千歳万歳あらせられますよう。」

 拝礼を終えると、頭を垂れて立った。
 鄭恩は本来礼儀に疎いが、匡胤が日頃から教えていたため、作法を失うことはなかった。

 柴娘娘は寝台の上から簾越しにじっと眺めた。
 匡胤は人物きわめて非凡で、生まれながらに貴人の相を備えている。
 鄭恩は虎のような背と熊のような腰を持ち、見るからに猛々しく、二人とも凛とした威風に満ちていた。

 娘娘は心中ひそかに喜び、思った。
 この赤と黒の二人は、まさしく天を支える柱、海を渡す梁である。
 これを甥の友とするなら、これほどふさわしいことはない。

 そこで口を開いて問うた。
「賢い甥よ。この鄭恩と趙匡胤は、まことにそなたの友なのですか。」

 柴栄は答えた。
「はい。臣の生死を共にする友で、栄枯も貧富も分かち合う間柄にございます。」

 娘娘はうなずいて言った。
「それは得難いことです。賢い甥よ、この二人は外で厚くもてなすがよい。私の病が癒え次第、ともに都へ上りましょう。その折には必ず御前で推挙し、そなたたちを決して見捨てはしません。」

 柴栄ら三人は恩に感謝して退出し、殿前へ出た。
 宴を整えようとした、その時である。

 門番の武官が駆け込んで報告した。
東京とうけいより三人の官人が参っております。轅門えんもんを無断で入り、千歳さまの旧知だと申しております。現在、外でお待ちです。」

 柴栄は言った。
「それが私の友であるなら、ここへ通すがよい。」

 武官が迎えに行き、二門まで案内してきた。
 柴栄が注意して見やると、他ならぬ張光遠ちょうこうえん羅彦威らげんいであり、後ろにもう一人、見覚えのない人物がいた。

 ほどなく三人は堂上に至り、柴栄はあわてて迎え、互いに礼を交わしてから席に着いた。
 茶が下がると、柴栄がまず尋ねた。

「こちらのご仁は、どなたかな。」

 すると匡胤が答えた。
「これは弟の匡義きょうぎでございます。」

 柴栄は笑って言った。
「なるほど、二弟のご令弟でしたか。喜ばしいことです。今日は三人もの賢弟にお越しいただきながら、愚兄が遠くまで迎えられず、まことに失礼しました。」

 張光遠は言った。
「新君が即位なされ、兄上が王に封ぜられたと聞き、小弟らは喜びに堪えませんでした。すぐに府へ拝礼に参るつもりでしたが、ちょうどご出立と重なりました。
 事情を探ってみれば、兄上は勅命により禅州へ国母をお迎えに行かれるとのこと。そこで星夜を兼ねて追いかけ、ここに参上した次第です。」

 張光遠と柴栄が語り合っている間、匡胤はひそかに合図をし、匡義を脇へ呼び寄せ、耳打ちして尋ねた。
「父母は無事か。家は変わりないか。兄として大罪を犯し、親を捨てて流浪したのは、まことに不孝の極みだ。今日お前が来たということは、もしや父母の身に何かあったのではないか。」

 匡義はそっと手を振り、低い声で答えた。
「兄上、どうかご心配なく。父母はともに健やかです。嫂もまた節を守り、婦道を怠っておりません。ただ、母は長兄を思って涙の乾くことがなくございました。
 ところが新君が即位なさり、天下に大赦が下され、兄上の以前の罪も問われぬと知って、ようやく心を安めたのです。それで私に道々兄上を探すよう命じました。まさかここでお会いできるとは、これほどの幸いはありません。」

 匡胤はそれを聞いて、ようやく胸をなで下ろし、再び席に戻って、それぞれに心の内を語り合った。

 まさに、
 鶯の声は遠くから便りを運び、
 柳の緑は旧友のように人を迎えるのであった。

 その場で柴栄は、集まった兄弟たちがいずれも品格があり、堂々としているのを見て、心から喜んだ。
 そして声をかけた。

「諸君、愚兄から一言ある。どうか静かに聞いてほしい。」

 兄弟たちは答えた。
「兄上に金言があるなら、ぜひお聞かせください。」

 柴栄は言った。
「今は国運も改まり、世はまさに開けようとしている。しかも諸君はいずれも才能に満ち、並外れた資質を秘めている。愚兄が諸君と並び立てることは、まことに大きな幸いだ。
 ただ、諸君はすでに盟を結んではいるものの、その結びつきには先後があり、互いの胸中が必ずしも深く通じ合っていないところもあろう。そこで愚兄は、あらためて義を結び直し、天地に告げ、桃園の誓いに倣い、廉頗れんぱ藺相如りんしょうじょのような高潔な行いを学びたいと思う。生死を問わず、苦楽を共にし、大義のために力を合わせたい。諸君の考えはいかがだろうか。」

 匡胤らは声をそろえて答えた。
「兄上のお言葉は、まさに大義にかなっています。私どもが従わぬはずがありましょうか。」

 柴栄は大いに喜び、ただちに家臣に命じて祭礼の準備をさせ、堂上に祭壇を設けさせた。
 香と燭を点じ、虚空に向かって祀りを行い、典礼官に祭文を朗読させて天地に告げた。

 兄弟たちは順にひざまずき、海より深く山より高い誓いを口にした。
 その後、向かい合って礼を交わし、序列を定めた。

 長兄は柴栄。
 二番目が趙匡胤。
 三番目が鄭恩。
 四番目が張光遠。
 五番目が羅彦威。
 六番目が趙匡義。

 これこそが、禅州における龍虎大結義である。
 詩に曰く。

 龍と虎、情を合わせて大盟を結び、
 天地を祭り、神明に告げる。
 一心に桃園の義を学び、
 来るべき日に君を助けるため励まん。

独語。
 張光遠と羅彦威はどこで柴栄と面識を得、いつの間に義兄弟となるほど親密になったのだろうかと思っていたら、第六回で面識を得、さらりと義兄弟の盟を交わしていましたね。

 盟約を終えると、帥府の大堂には宴が設けられ、兄弟たちは序列どおりに座して、芳醇な酒を酌み交わした。
 山の幸、海の幸は尽きることなく、玉のような美酒が次々と注がれる。

 酒が何巡か進み、肴もいくつか出た頃、匡胤が席を立ち、杯を掲げて言った。
「兄上、小弟から一つお願いがございます。老母が家で私を案じ、心細くしております。しばし暇をいただき、一度帰省して顔を見せたいのですが、その後すぐに兄上のお供をいたします。どうかお許し願えませんでしょうか。」

 柴栄は答えた。
「ご母堂は無事であろう。賢弟は心配せず、数日待つがよい。姑母の病も快方に向かえば、すぐに出立する。その時に兄弟そろって都へ上るのが、何よりではないか。」

 匡胤は願いが聞き入れられぬと知り、これ以上重ねて言えば厚意を損なうと思い、黙って従い、再び席に戻って酒を飲んだ。
 この日は拳遊びや酒令に興じ、存分に楽しみ、夜も更けてからようやく散会した。

 それ以後、柴栄は帥府に住み、日々国母に仕えた。
 匡胤ら兄弟は花園の邸に住み、日々の衣食はすべて柴栄が賄った。

 ある日、兄弟たちが朝食を終えた後、匡胤が言った。
「諸君、ここにじっとしていては、どうにも気が滅入る。今日は暇でもあるし、郊外へ狩りに出てはどうだろう。気晴らしになるうえ、弓馬の稽古にもなる。獲物が取れれば、酒の肴にもなる。」

 皆が一斉に答えた。
「二哥の言うとおりだ。どうせ暇なのだから、皆で出かけるのがよい。」

 匡胤はそれぞれに馬を用意させ、弓矢を持つ者は弓矢を携え、持たぬ者は手持ちの武具だけを整えさせた。
 兄弟五人はそれぞれ馬に乗り、家臣を従えて禅州の東門を出て、北へ向かった。

 狩りに夢中になり、暑さも忘れて進んだ末、二十里あまり行ったところで、大清河の下流に広がる荒野へ出た。
そこで囲みを張り、各自武器を構えて待ったが、いくら待っても獣の影は見えない。

 その日は太陽が火のように照りつけ、草木さえ焼けるほどだった。
 獣たちも暑さを避け、陰に潜んで動かない。
 このがらんとした野で、姿が見えるはずもなかった。

 二刻ほど空しく待ったが、なお獲物は現れない。
 皆はすっかり気落ちし、場所を変えて探そうと、囲みを解こうとした。

 その時である。
 ふっと風を切る音がし、向こうから一つの影が跳び出し、囲みの前を駆け抜けた。

 見れば――

 全身は雪のように白く、
 粉をまぶしたかのように艶やか。
 耳は常に後ろへ伏せ、
 唇は一点、朱をさしたように紅い。
 ひげは玉の糸のようで、
 跳躍は風を追うがごとし。
 草に身を潜め、
 砂に首を縮めて伏す。

 鄭恩が真っ先に気づき、叫んだ。
「二哥、あの畜生、もしや兎じゃねえか?」

 皆も見て言った。
「なるほど、見事な白兎だ。なんと愛らしい。急いで捕まえよう。」

 そう言うや、兄弟五人は一斉に馬腹を蹴って追いかけた。
 ところが、その白兎がただ者ではない。追手に気づくや、身を伸ばして跳ねに跳ね、まっすぐ北へと飛ぶように駆け去っていく。

 匡胤たちは流星のごとく、稲妻のように追いすがったが、どうしても追いつけない。
 実はこの兎、人の世の兎ではない。二十八宿にじゅうはっしゅく房日神ぼうじつしんに属する神兎で、匡胤を導き、国を安んじ世を定める人物に会わせるため、ひとたび下界に現れたのである。

 まさに、

 ひそかに神が縁を結び、
 人の世で君と臣が風雲に会す。

 というわけであった。

 匡胤は追いつけぬと見るや、怒りを爆発させて叫んだ。
「この毛玉め、どこへ逃げようと、必ず捕まえてみせる。捕らえるまでは囲みを解かぬぞ。」

 そう言って、馬にさらに鞭をくれた。
 この馬は宋金輝そうきんき赤兎龍駒せきとりゅうくで、頭には角、腹には鱗を持ち、一日に千里を走り、山も川も平地のように越える名馬である。

 数鞭を受けて荒ぶった馬は、蹄を高く蹴り、飛ぶように走り、たちまち後続を何本もの矢の距離だけ引き離した。
 それでもなお追いつけぬと見るや、匡胤は業を煮やし、弓を取り出して矢をつがえ、狙いすまして放った。

 矢は白兎の後脚に命中した。
 だが兎は痛みを感じぬかのように、矢を背負ったまま走り続け、かえって前よりも速くなった。

 匡胤はさらに怒鳴った。
「この毛玉め、よくも俺の矢を持ち去りやがったな。」

 そのまま飛ぶように追い、気がつけば三十里余りも駆けていた。
 前方に一つの村が見えたその時、突如つむじ風が巻き起こり、白兎はそのまま村の中へ駆け込んだ。

 匡胤も馬を締め、後を追って村へ入った。
 あたりを見回しても、白兎の姿はない。
 ただ花の香りが鼻を打ち、鳥のさえずりが人を引き留める。

 見るとこの村は、背に山を負い、前に水を抱き、竹木が林立し、まさに気を集め風を蔵する地。
 霊気が集まり、秀でた人物を生むにふさわしい場所であった。

 匡胤が眺めていると、ふと耳に琴の音が届いた。
 馬を止めて静かに聞けば、音は門の内から流れ出ており、かすかながらも澄みきって心に沁みる。

 まさに、

 五音は六律に和し、
 清濁高低、韻おのずから分かつ。

 という音色であった。

 しばらく聞き入って、匡胤は心の中で思った。
「この琴を弾く者は、きっと高潔な隠士に違いない。山林に志を寄せる人物だ。ぜひ一度会い、その人となりを見てみたい。」

 そう考えていると、後ろから馬蹄の音が響き、皆が追いついてきた。
 村の前に集まるや、鄭恩が言った。

「二哥、その白兎は捕まえたのか。早く楽子がくしに渡して、料理して酒の肴にしようぜ。皆で味わえるじゃねえか。」

 匡胤は手を振って制した。
 皆が近づくと、内から流れる琴の音があまりに清らかなので、誰も言葉を発せず、そろって馬上のまま聞き入った。

 鄭恩は琴の良し悪しなど分からず、前に出て尋ねた。
「二哥、あの畜生はどこで弦を鳴らしてるんだ?」

 匡胤は言った。
「勝手なことを言うな。あれは弦子じゃない。瑤琴ようきんだ。」

 鄭恩は首をかしげた。
「瑤琴って何だ? 楽子にはさっぱり分からねえ。」

 匡胤は答えた。
「瑤琴は、昔、帝堯ていぎょうが作ったとされる琴だ。宮・商・角・徴・羽の五音があり、清濁や高低は弾く者の心によって定まる。
 たとえば、お前のように粗野な性分の者が弾けば、音もまた荒くなる。剛暴な心の者は、音も剛暴だ。柔らかな者は、音も柔らかい。
 だが、志が高く心が澄んだ者が弾けば、音は清らかに響く。俺にはこの琴の音が澄み渡って聞こえる。ゆえに、この人はただ者ではない。必ずや英賢の士だと思い、こうして耳を澄ませているのだ。」

 そう話していると、内で琴の音が止み、続いて歌声が響いた。

 天下は荒れ、民は苦しむ。
 それは真の天命の主が、まだ現れていないからだ。
 ここ数年、乱れは再び起こり、
 江山はいま周家の手に帰している。

 匡胤は聞き終えて言った。
「諸君、聞いたか。この言葉遣い、ただ者ではあるまい。まさしく高士ではないか。」

 すると中から手を打って大笑いする声がし、さらに歌が続いた。

 十年、窓辺で孔孟を学び、
 鉄の硯もすり減らすほど励んだ。
 青い灯のもとで夜更けまで学び、
 黄巻の書に親しんで見聞を広めた。
 章句を吟じ、学はすでに大成し、
 腹には珠玉のごとき策が満ちている。
 売り時を待つ身は、官禄を求めず、
 いまだ旗印を掲げて迎えに来る者もいない。

 匡胤は、その言葉ぶりがますます大きく深いことから、これは並の人物ではないと悟り、ぜひ中へ入って会い、その風采をこの目で見たいと思った。
 そこで兄弟たちに事情を告げると、皆も喜んで馬を下り、静かに屋敷の門を叩いた。

 中では、その賢士がちょうど歌を吟じ、独り心地よく過ごしていたが、ふと門外の馬のいななきを聞き、誰か訪ねて来たのだと察した。
 ほどなく叩門の音が響いたため、童子を呼び、様子を見に行かせた。

 童子が門を開けて外を見ると、そこには富貴な装いの者たちが並び、いずれも英気に満ち、威厳ある姿をしている。
 そこで前に出て尋ねた。
「皆さまはどちらからお越しで、ここへはどのようなご用件でしょうか。」

 匡胤は答えた。
「我らは東京とうけいの者だ。ぜひ賢士にお目にかかりたく参った。取り次ぎを願いたい。」

 童子は怠らず、急いで書斎へ戻り、その旨を主人に告げた。
 賢士は貴客来訪と聞くや、すぐに衣服と冠を整え、迎えに出た。

 門外に出てみると、五人はいずれも将としての装いで、気概は凡ならず、しかも後ろには多くの従者が控えている。
 匡胤はあらかじめ目を留め、その賢士の姿を見て、思わず感嘆した。
 方巾をかぶり、儒服をまとい、顔は玉のように清らかで、目は星のように澄んでいる。
 まさしく抜きんでた高士である。

 賢士は拱手して言った。
「このようなひなびた村へ貴客がご来訪とは存じませんでした。愚生、遠くまで迎えられず、まことに失礼いたしました。どうぞ草堂へお入りいただき、お茶でも差し上げましょう。」

 匡胤は答えた。
「誠にお会いしたく参ったまで。お邪魔いたします。」

 そうして一行は門をくぐり、書斎へと入り、それぞれ礼を交わして座についた。

 匡胤がよく見ると、書斎は静まり返り、茅屋は奥深く落ち着いていて、俗世の人間の住まいとはまるで違う。
 隠居の妙味とは、まさにこのようなものだ。
 その趣を詠んだ《虞美人ぐびじん》の詞がある。

 金の香炉や名簿が並ぶ要路から離れ、
 こここそが幽人の住まい。
 静かに琴の弦を操り、真の才を写し出せば、
 いつか丹鳳も舞い降りるというものだ。
 窓の外の塵は舞うに任せ、
 心は書に耽り、志は山林に遊ぶ。
 折にふれて歌い吟じれば、
 この一室に満ちる趣は、いつも香り高い。

 やがて皆が座り、童子が茶を献じ終えると、匡胤が尋ねた。
「先生のご尊姓とお名前を、どうかお教え願えませんか。」

 賢士は身を少し低くして答えた。
「小生は趙普ちょうふと申します。この土地の者です。世の中が乱れ、仕官を楽しめず、こうして村里に隠れ、耕し書を読み、自らを慰めております。
 にもかかわらず、台駕みずからお越しとは、これ以上の幸いがありましょうか。差し支えなければ、皆さまのお名前とご出身をお聞かせください。」

 匡胤は言った。
「私は趙匡胤と申します。汴梁の者で、指揮の趙弘殷の子です。」

 さらに、匡義をはじめ、他の者たちの名を一人ずつ紹介した。
 趙普はそれを聞き、内心ひどく驚いた。

 あらためて匡胤を見ると、帝王の相は堂々としており、匡義にも君子の風が漂う。
 鄭恩ら三人も、威容は俗を超え、まぎれもなく英傑の器である。

 その時、趙普は数日前の出来事を思い出し、心の中でつぶやいた。
苗光義びょうこうぎ先生は、まことに神仙だ。今日の正午に、君臣となる五人が訪ねて来て、私は宰相の分を持つと言われたが、半信半疑だった。
 だが、今まさにその通りになった。寸分の違いもない。これは万民の福、天が真の龍を下して世を救う兆しだろう。おそらく十数年のうちに、すべてが明らかになるはずだ。」

 実は趙普がこの地に隠居していた折、数日前に苗光義と出会い、命相を占われていた。
 その際、後に二朝に仕える宰相となり、富貴きわまりない運命だと告げられ、さらに今日の正午、真の天命を帯びた人物が訪れるとも言われていた。

 だからこそ趙普は琴を奏で、静かに時を待っていたのだが、まさかすべてがこのように的中するとは、思いもよらなかったのである。

 その時、匡胤が口を開いた。
「先ほど、外で先生の琴の音を盗み聞きしましたが、あれほど澄みきった調べ、きっと道を胸に抱きつつ世に用いられず、長嘯ちょうしょう(隠棲)なさっていたのではありませんか。」

 趙普は答えた。
「田舎者の戯れ言です。一時の失言、どうして公子のお耳を煩わせるほどのものではありましょう。」

 匡胤は言った。
「いえ、そうではありません。先生は世を救う才をお持ちです。先ほどの歌だけでも、その大略は十分にうかがえました。ただ、今の朝廷がそれを知らず、賢者を山林に埋もれさせているだけのこと。
 禅州の柴殿下は、私にとって生死を分かつ友です。私が必ずお引き合わせします。どうか珠玉の才を惜しまず、山を出て世を救ってください。」

 趙普は言った。
「過分なお言葉、恐れ入ります。しかし私はただ章句を弄ぶ書生にすぎず、実際に君を助け民を潤すほどの学はございません。もしお役に立てぬなら、大恩に背くことになります。」

 匡胤は重ねて言った。
「どうか謙遜なさらぬよう。私は以前から先生を仰ぎ見ておりました。柴殿下もまた賢才を求め、あらゆるところを探しておられます。いまは君が正しく、臣もまた良き時代。まさに先生が世に功を立て、民に尽くす時です。どうかお見捨てなく、共に参りましょう。」

 趙普は本来、佐輔の星が下界に降り、天命を受けて宋家二代の天下を助けるために生まれた人物である。
 趙匡胤の兄弟もまた、もとより同じ縁を持つ者同士。心が通じぬはずもなく、話は一度でまとまった。

 趙普は匡胤の言葉の誠実さに心を打たれ、ついに承知した。
 ただし、こう言った。
「今日はすでに日も暮れました。今夜はどうか皆さま、この草庵にお泊まりください。明日、共に参りましょう。」

 そう言って家童に命じ、馬をつないで飼葉を与えさせ、さらに酒肴を整えさせて書房に席を設けた。
 六人は杯を巡らせ、古今の話に花を咲かせた。
 趙普は弁舌さながら滔々と流れ、問われれば即座に答える。
 匡胤は心底喜び、これほどの人物と出会うのが遅すぎたことを悔やんだ。

 趙普はまた、従者たちにも酒食を与え、荘内の草房に泊まらせた。
 その夜、匡胤と趙普が議論に熱中する中、ただ鄭恩だけは理屈が分からず、口を挟んだ。
「二哥、酒を飲むなら飲む、飲まねえなら寝ちまおうぜ。こんな難しい話、楽子にはさっぱり分からねえ。俺はもう寝るぞ。」

 匡胤は言った。
「それなら先生、この残りの席はお下げください。」

 こうして兄弟は書房で休み、一夜は静かに更けていった。

 翌朝、趙普はすぐに食事を整えさせ、食後、書箱から一通の書状を取り出し、匡胤に手渡した。
「これは十数日前、苗光義先生がここを訪れ、小生の命相を占ってくださった折、別れ際に残されたものです。東京で公子を待っておられるとかで、これをお渡しするよう申されました。」

 匡胤が受け取って見ると、表にただ「封」とある。
 開いてみると、短くこう記されていた。
「趙普は王佐の才を持つ。決して取り逃がすな。公子はいずれ君となり、必ず重く用いるであろう。くれぐれも忘れるな。」

 匡胤はそれを読み、心中で不満を漏らした。
「この苗光義、占いが当たるとはいえ、あちこちで軽々しく言い触らすのは困る。もし当今に知られたら、どうなっていたことか。」

 そう思って、慌てて懐にしまい込んだ。

 鄭恩がそれを見て尋ねた。
「二哥、その当たるっていう苗先生は、何て書いてきたんだ。」

 匡胤は答えた。
「周主が即位して赦書しゃしょ(免罪)を出したから、早く家へ帰って親に会え、と書いてある。」

 鄭恩は言った。
「なんだ、そんな話か。楽子はすごいことが書かれてるかと思ったぜ。」

 そこへ童子が香り高い茶を運んできた。
 皆で飲み終えると、出立の支度となった。

 趙普は家の者に後始末を命じたが、自分の乗り物がなかった。
 すると鄭恩が進み出て、歩いて行くと言い、自分の馬を趙普に譲った。

 一同は門を出て、それぞれ鞍にまたがり、従者を連れ、手綱を緩めながら禅州へ向かった。

 帥府に着くと、皆下馬した。
 匡胤は先に柴栄へ会い、狩りで兎を追い、趙普と出会った一部始終を語った。
 そして言った。
「いま外におりますが、これほどの高士、兄上は必ず抜擢なさるべきです。必ずや見るべき働きをいたします。」

 柴栄は聞き終え、命じた。
「すぐに賢士をお通しせよ。」

 趙普は中へ入り、柴栄に拝謁した。
 柴栄はその人物の俊秀さを見て心から喜び、その日のうちに王府参軍に任じた。
 都へ上って朝見を済ませてから、あらためて大用に薦めるつもりであった。

 他の兄弟たちも皆、順に顔を合わせ、その日は何事もなく終わった。

 翌日、柴栄は帥堂で盛大な宴を開き、兄弟一同と趙普を招いて酒を酌み交わした。
 山海の珍味が並び、客も主も大いに興じていた。

 ちょうど正午の頃、門官が慌てて堂へ駆け込み、凶事を報告した。
 この一件が、のちに――
 思いもよらぬ災厄を招き、夜も眠れぬ憂いを生むことになる。

 まさに、

 目の前の民は劫難ごうなんに遭い、
 国の上には後継をめぐる深い憂いが生じる。

 さて、その凶事とは何であったのか。
 それは次回に語られることになる。

独語。
 王朴がそうそうに消えたと思ったら、予想以上に趙普の登場が早かった。
 諸葛亮を意識しているとしか思えない風雅なご登場でした。
 軍師といえば諸葛亮!
 この年代の趙普はまだ余裕で下級官吏をやっており、近い将来に雍州(長安)の将軍に見込まれて、中央官僚に推薦されることになります。
 ちょうどその頃は後周朝が南唐朝と淮南で戦争していた頃。趙匡胤と出会ったのはまさに最前線。
 柴栄は趙匡胤の援けとするため、趙普をそのまま向かわせたのでした(鬼の人事と言うなかれ)。
 ところで日本のWikipediaの「趙普」のページにある、エピソードの段で「森鴎外は趙普を水滸伝の呉用のモデルだとする」という話の中で、野史について言及しているところがあります。
史纂左編しさんさへん》ですね。
 南唐の将が拠る清流山を攻め落とせない趙匡胤は、困り果てて近隣の村人にいい手はないものかと尋ねると、村はずれにとても聡明な先生がいるとのことで、趙匡胤は平服に着替えて会いに行きました。それが趙普だというのです。趙普は一計を授け、趙匡胤を勝たせたのでした。
 この計略を授けた隠棲の士が趙普というのは完全に作り話なのですが、《黙記》巻上にも同様の話がありまして、趙匡胤が南唐の拠点を陥とす功績の裏話として出てくる隠棲の士、趙学究というのですが、趙姓でもあり趙普を仮託したのかな、といった所感。
 学究とは先生というほどの意味ですが、件の呉用のあざなとしても使われていますね。


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